2024年10月、Criteoは、コマースに特化したサプライサイド・プラットフォーム(SSP)「コマース・グリッド」の日本での提供開始を発表しました。このコマース・グリッドを含むコマース・メディアプラットフォームを展開するCriteoは、今、リテールメディアについてどう考えているのか。その課題や解決策、さらには日本のリテールメディアについて、CriteoのHead of Platform Strategy マイケル・グリーンさんにお話を聞きました。
話し手
Criteo
Head of Platform Strategy
マイケル・グリーンさん
聞き手
アタラ株式会社
代表取締役CEO
杉原剛
目次
まず解決すべきはリテールメディアの断片化
杉原:自己紹介をお願いいたします。
マイケル:マイケル・グリーンといいます。私は、いわゆるプラットフォーム戦略、リテールメディア事業など当社の製品をどのように構築するか、広告代理店、ブランド、小売業者のニーズにどのように対応するか、といったことを統括しています。
杉原:まず、グローバルなリテールメディア戦略で、現在どのようなことを考え、取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
マイケル:グローバルなリテールメディア事業として戦略的に注力していることの一つが、リテールメディアの断片化(フラグメンテーション)の解消です。ブランドと広告代理店にとって、この問題を解決する必要があるということです。市場アナリストが予測するように、このまま永続的にリテールメディアが増え続けることはないでしょう。
私たちが考えているのは、三つの大きな断片化問題を解決することです。
一つ目は、小売業者間のクロス・フラグメンテーションです。グローバル・ブランドや広告代理店のパートナーにとって、Criteoコマースメディアプラットフォームに来ると、一つのプラットフォームから220以上のリテールメディアにアクセスできることは、非常に大きな価値だと思います。
統一したワークフロー、測定、最適化が全て機能し、しかも、それが一か所で実現できます。私たちは、それをさらに発展させるために、今年初めに「SKUファースト最適化」という概念を考えました。この考え方は、プログラマティックがオーディエンスでターゲティングしたように、リテールメディアではプロダクトでターゲティングしよう、というものです。つまり、まずターゲットとする小売業者を選ぶのではなく、売りたいプロダクトから始めてはどうかという考え方です。
そして、それらがどこに在庫があるのかを見つけ、AIを使ってキャンペーンを自動生成する。あとはCriteoが全てやってくれる。もちろん、透明性を保ち、自身でコントロールできることも重要です。というのも、ブランドは小売業者それぞれに対する戦略を持っているからです。
杉原:広告主にとっては効率的にプロダクト販売ゴールを追うことができますね。
マイケル:私たちが解決しなければならない二つ目の断片化は、クロスチャネルの断片化です。現在はスポンサードプロダクトが中心ですが、多くの広告主や多くの小売業者のビジネスにとって、さまざまな広告フォーマットのサイト内ディスプレイ、サイト内動画、店舗内広告が重要であることも理解しています。
これらは、ショッパージャーニー分析やマーケティング戦略に取り組む上で本当に重要なことです。私たちは何年も前からディスプレイ広告プロダクトを市場に投入してきましたが、Amazonのような大手がやってきたことがCriteoのプラットフォームでも実現できるようにするために、さらなる活性化が必要でした。
よって私たちは、スポンサードプロダクトで非常にうまくいったこと、例えば、高度な自動化、AIを活用したパフォーマンスの最適化、優れたセルフサービス機能などを全て取り入れ、それらを初めてディスプレイ広告にも導入するために、過去12カ月間、多くの取り組みを行ってきました。
私たちは、広告主がAmazonのディスプレイや動画で慣れ親しんだ全ての力を、Criteoのオールインワン・プラットフォームを通じて220のリテールメディアで手に入れることができるようにしたいと考えています。スポンサードプロダクトも含めてです。他社は、ここまではやっていません。
このような断片化は、まずオンサイトで、次にオフサイトの機能で解消します。インストアについてはこの後少し話しますが、より多くのチャネルを獲得し、それらに対応できるようにすることは、とても重要です。
そして解決すべき第三の断片化は、地理的な分断です。私たちの最大の顧客は世界的にメジャーなブランドであり、個々のチャネルへの予算配分を最大化するためには世界標準が必要なのです。
Criteoは米国でも欧州でも、うまく機能しています。では、二番目に大きな広告市場であるアジアではどうでしょうか。多くのブランドにとって、そこで何ができるのでしょうか。
グローバルブランドやエージェンシーのパートナーにとって、地理的な分断を解決し、重要な市場、全てをクロスリテーラーやクロスプラットフォームの機能で利用できるようにすることは、非常に大きなチャンスだと思います。
リテールメディアのインハウス化は意味がない?
杉原:なるほど。リテールメディアの断片化、クロスチャネルの断片化、地理的な断片化の三つの断片化をCriteoは解決するということですね。
マイケル:その上で一つ付け加えるとすれば、リテールメディア・ビジネスが収益ミックスの本当に重要な部分を占めるようになったことで、小売業者はリテールメディア・ビジネスについて、これまでとはかなり異なる考え方を持ち始めていると思います。
市場では「インハウス化」という言葉をよく耳にしますが、それは簡単には実現しません。インハウス化を実施するためには、営業担当者を何人も雇い、Amazonのまねをして技術スタック全体を構築しようとすることまで、あらゆることが必要となります。私たちが注力していることの大部分は、小売業者のテクノロジー・スタックの多種多様なテクノロジーとより相互運用しやすくなるように、私たちのプラットフォームをどのように進化させるかということです。
つまり、CDPから検索最適化プラットフォームまで、小売業者のエンタープライズ・テクノロジー・スタックの中で、リテールメディアをよりうまくオーケストレーションできるようにすることです。過去数年間で比較的小規模なリテールメディア・ビジネスを構築してきた小売業者の大半がそうであったように、サイロ化するのではなく、です。
コマース・グリッドが小売業者のノンエンデミック広告配信を可能にする
杉原:なるほど、分かりました。ノンエンデミック広告(特定のECサイトやアプリにおいて商品やサービスを販売していない企業が、そのECサイトやアプリに出稿する広告のこと。リテールメディア広告の一種)がトレンドになりつつあるように感じますが、Criteoの取り組みはどうなっていますか。
マイケル:はい、Criteoでは2024年10月、日本市場においてコマース・グリッドSSPを提供することを発表しました。それが何を意味するのか考えてみてください。これは、私たちの小売パートナーがノンエンデミック広告に対応するための戦略の核となる部分です。
ノンエンデミックのブランドがリテールメディアで広告を配信したいと考えた際、リテールメディア・プラットフォームを探そうとすると思います。ですが、旅行や自動車メーカーの広告主であれば、例えば、私たちのCommerce MAXのようなリテールメディアのデマンドサイドプラットフォームを使わずとも、普段使い慣れているDSPがあれば配信できます。コマース・グリッドを使うことで、ノンエンデミックな広告主がテクノロジー・スタックを変更することなく、小売業者のデータをノンエンデミック広告の配信に活用することができるのです。
杉原:コマース・グリッドは、リテールメディア戦略上、非常に重要ということですね。
マイケル:その通りです。
欧米に遅れをとる日本市場。独自の歩みを生かしつつ他国のベストプラクティスを取り入れたい
杉原:日本市場に対しては、どう思いますか。
マイケル:他とまったく違う市場ですね、いろんな意味で。私が住んでいる米国や、欧州の多くの市場と比較すると、ここでのeコマースの普及率はまだ比較的低いです。そのため、eコマースよりも実店舗での販売の比重が大きいのは明らかだと思います。
とはいえ、eコマースの重要性はますます高まっていくでしょう。そして、私たちのパートナーである小売業者の多くは、すでにeコマースを持っていたとしても、まだ収益化できていないのが現状です。
ですから、複雑な実店舗ビジネスに手を出す前に、eコマースでこの市場で採掘できるチャンスはたくさんあると思います。しかし、いったん物理的な小売の世界に足を踏み入れると、デジタルの世界で見られるレベル以上の断片化に直面することになります。そのため、私たちは多くの時間をかけ、どのようにすれば小売業者のための包括的なソリューションを作ることができるかを考えています。
デジタル分野における当社の専門知識と、実店舗での対応ニーズを結びつけることはできますが、実店舗の取り組みはいろいろ断片化されていることを考えると、当社だけでは対応できません。そのため、現地のパートナーと協力し、市場に働きかけて実現する必要があります。今週、パートナーシップ担当のSVPと一緒に来日したのですが、日本でこのエコシステムをどのように構築していくかを考え抜くことは、ミッションの一部です。
杉原:例えばサイネージ一つとっても、いろいろなサイズや仕様のものがありそうですよね。
マイケル:そうですね、デジタルサイネージはまさに断片化されている部分です。 私たちはこの1年間、Criteoのプラットフォームの上のレイヤーに位置するようなパートナーのエコシステムを構築することに費やしてきました。どの市場にも、そのようなテクノロジーを構築し始めているベンダーが数多く存在します。その多くは私たちのAPIの上にシステムを構築し、包括的なリテールメディアを構築すべく相互接続し始めています。
杉原:ローカル企業とのパートナーシップには、一つの鍵がありそうですね。
マイケル:その他に、私たちが日本市場でもっと深く探ってみたいと思っていることは、グローバル・ブランド・パートナーと共に、どのようにこれを加速させることができるか、ということです。先ほど、グローバルスタンダードを持つことが、いかに重要かということをお話ししました。そして、この市場の育成について考えると、2、3年ほど欧米に比べて遅れていることは承知していますが、たとえ取り組みの仕方が異なることがたくさんあっても、見習えることもたくさんあると思います。ですから、Criteoのグローバルな実績、他の国で成功した企業を例に、それをどのように活用し、この市場に反映できる知見を得るか、それが重要になると思います。
杉原:日本は他国と比べるとeコマース比率が高くないため、リテールメディアの取り組みも、どうしても遅れたり、独自の歩み方になりつつありますが、他国のベストプラクティスから学べるところは多分にあると思います。
目指すべきはリテールメディアの標準化
杉原:その他に、どんなことに取り組んでいらっしゃいますか。
マイケル:これまでお話ししたように、この分野には多くの断片化の層があり、私たちは4年以上、この問題の解決をしようとしてきました。しかし、野球に例えると、実際は1〜2イニング目にいるにすぎないと思います。私がこの会社に入ったとき、私たちはリテールメディア事業をブラックボックスのように運営していました。広告予算を投入すれば、商品の販売数を教えてくれますが、その商品がどこで売れたかは分かりませんでした。
私たちが最初にしなければならなかったことは、ブラックボックスを一度壊し、ある意味、自分自身を断片化しなければならなかったということです。なぜなら、最終的にブランドが期待するのは透明性であり、そのためには小売業者ごとの成果を理解する必要があるからです。
今、私たちは、テクノロジーを旧来のブラックボックス・ネットワークに戻すのではなく、どうすれば両者の長所を生かすことができるかを考えています。例えば、広告主が「私はこの商品が売りたくて、このくらいの広告予算があり、ビジネス目標はこれだ。目標を達成するための戦術も複数ある。AIよ、私の目標を達成するために、さまざまな小売業者と、さまざまな戦術にまたがる適切な広告予算配分を把握する手助けをしてくれ」と考えるだけで、自動で実行してくれたら便利ですよね。でも、ビジネスの個々のニーズに応じて、人が入札の倍率を上げたり下げたりすることもできる。それを両方可能にするような基礎技術はかなり複雑です。
また、米国のMRC(Media Rating Council:1963年に設立された非営利の業界団体。テレビ、ラジオ、印刷、インターネット業界の大手企業や、広告主、広告代理店、および他の業界団体などで構成され、合法かつ信頼できる、有効性の高い測定サービスの実現を目的としている)のような業界標準化団体と協力して、成功を測定する方法をすべて導入し、インプレッション、クリック、コンバージョンがどこでも同じことを意味するように、全小売業者が一貫した方法で測定する必要があります。
杉原:伺っているだけでも技術的に非常に重たいですね。リテールメディアの標準化もIABでようやく策定されましたが、一定の成果は期待できるのでしょうか。
マイケル:そうですね。特にオンラインだけでなく、インストアに関するものが出てきましたね。ただ、IABが直面している課題は二つあると思います。一つは、技術的な観点から標準化を実現することが難しい場合があることです。特に、小売店には物理的なハードウェア・インフラの制約があるため、こうしたことが非常に難しい場合があります。また、異なる測定をしたり、異なる創造的な基準を持つことで、積極的な差別化ができると考えるリテールメディア企業も存在します。特に欧州では、標準化を進めることに抵抗があるようです。
杉原:小売業者の標準技術への抵抗については、まったく同感です。日本市場に関して、一つ別の質問があります。米国には50の州がありますよね。日本には47の都道府県があります。そしてどの都道府県にも、非常に強力な地場の小売店があります。でも、それぞれの規模は本当に小さいので、集約する必要があると思うんです。全国的というのは言い過ぎかもしれませんが、例えば、九州地方、本州地方、北海道地方など、地域的な集合体が必要です。デマンドサイドが魅力的と思うようなボリュームを形成するために集約する必要があると思うんですが、どう思われますか。
マイケル:そうですね。ある意味、日本の小売業には、細分化された米国の小売業に近い要素があると思います。米国も大きな国です。全国規模の小売業者もあれば、地域密着型の小売業者もたくさんあります。欧州を見ると、つまり英国やフランスに行くと、一握りの全国規模の大きなコングロマリットが全てを支配しているように感じます。英国の食料品は4社に集約されていますが、米国には何百もある。
杉原:ただ米国では、Amazon、ウォルマート、ターゲットなど上位10社で全市場のかなりの割合を占める、という調査を見たことがあります。
マイケル:そうですね、しかし、そこが課題であると同時にチャンスでもあると思います。 メディア費用と、費やされたメディア時間という古い例えがありますよね。私は、小売店のメディア費用は、人々が実際に商品を購入しているGMV(流通取引総額)に比例されるべきだと思います。でも今日、それは大きく偏っていますよね。
Amazonだけで米国のリテールメディア市場の70%を占めています。ですが、Amazonで全商品の70%を販売している企業は、ごくわずかです。ですから、そこから何かを得なければなりません。私たちは、そのためのソリューションを構築できると思います。
もちろん、それは時間がかかるし、多くの技術が必要で、トラフィックを集約する必要がある。しかし、それは絶対に必要なことです。そうしなければ、全ての資金が1社や2社に流れてしまうだけでなく、消費者が商品をその1社や2社以外で購入しようとしているモーメントを取りこぼし、広告主が自社の広告費を効率よく活用できないことになるからです。
杉原:なるほど、よくわかりました。今日はどうもありがとうございました。