日本でも“リテールメディア”は、注目を集めていますが、先行して取り組んできた米国の状況はどうなっているのでしょうか。2023年11月2日に米国で開催されたAdweek主催のRetail Media Summit(以下:リテールメディア・サミット)に参加してきましたので、その最新情報をお届けします。
リテールメディアとは何か?に関しては、以前私が執筆したこちらの記事を参照してください↓
目次
リテールメディア・サミットとは?
リテールメディア・サミットは、ミネソタ州ミネアポリス市で開催された、1日のみのカンファレンスです。1トラック20分程度で、全12セッション。スピーディに回していく形式で、要点をついたさまざまな話が聞けて、時差ボケで眠くなる暇はありませんでした。
カンファレンスの規模としては比較的小さめ(全参加者は250名程度)でしたが、かなり活気に満ちていて、セッションのみならず、ネットワーキングランチやディナーも盛り上がっていた印象です。
パネルディスカッションの中心的な話題は
12セッションのほとんどはパネルディスカッション形式で行われ、そのうち半分はブランドと小売業者が共同で取り組んでいることからの学びを共有するものでした。
食品大手General Mills(ゼネラル・ミルズ)と食料品の即日配達サービスを運営するInstacart(インスタカート)、チーズブランドのTillamook(ティラムック)、スーパー大手Albertsons(アルバートソンズ)、製薬大手Bayer(バイエル)とドラッグストアCVS Media Exchange(CMX)といった具合です。
それぞれの会社でさまざまな取り組みをしているものの、どのセッションでも共通して話していたポイントが5つありました。
1. テストし学ぶ
新しい概念であるリテールメディアは、そのあるべき姿も、統合的なキャンペーンの中でどのように活用していくかも、決まったものはありません。さまざまなアイデアをテストし、そこから学んでいくことを貪欲にやっていく必要があります。
2. ブランドは、パートナーをチームの一員として扱う。透明性とコミュニケーションが重要
広告予算を外部ベンダーに預けるといった感覚では、うまくいきません。組織の一員のように考え、戦略やゴールなどを含め、全てにおいて透明性をもったコミュニケーションが必要です。
3. ショッパーを中心に据え、伝えたいメッセージが何かを考える
ショッパー体験がどうあるべきか、どのようなメッセージをどのようにして伝えたいかを、常にショッパーの視点に立ち戻って真剣に考えましょう。
4. サイロを作らない。オムニチャネルで取り組む
リテールメディア単体でキャンペーンを考えることはしません。オムニチャネル、統合マーケティングの中で考え、実施します(General Millsなどは「オンライン/オフライン」という切り分けは控え、ウェブ上の取り組みを切り分けて言及しないとならない場面では「コネクテッド(な体験)」と語っていました)。
5. 正しいエキスペリエンスの次にマネタイゼーションがくる
言うまでもありませんが、リテールメディアのマネタイズには一定の時間を要するので、たくさん広告予算を投下し、広告を配信するという意識になりがちですが、それはエキスペリエンスを毀損することにもつながるので、逆の発想で、あるべきエキスペリエンスを常に考えましょう。
米国ほど取り組みが進んでいても、やはり実験的な取り組みが多いため、ブランド、小売、エージェンシー、プラットフォームなど「自分ごと」として共創プロセスを実行できるパートナーを選び、共同で試行錯誤を繰り返していくことが重要なのだと思いました。
米国の取り組みは四合目
米国のリテールメディアは日本と比べてどの程度進んでいるのだろう、というのも今回のカンファレンスで理解できればと思ったことの一つです。
登山に例えると、1合目は、小売企業がリテールメディアプラットフォームを構築するフェーズです。2合目は、先進ブランドがPoCを実施し始めるフェーズ。日本はちょうど1合目と2合目あたりにいると思います。3合目は、追随するブランドの活用が拡大するフェーズ。4合目は、ブランドと小売業者/リテールメディア子会社とでJoint Business Plan(以下、JBP)を実施するフェーズと考えました。
JBPは、もともと小売業の用語で、顧客・売場起点で、ブランドと小売業が直面している課題をお互いに理解した上で、継続的かつ、体系的に解決していく協働プロセスのことをいいます。近年では、広告業界でも、プラットフォームとブランド大手の間でJBPを実施することが活発になってきました。
登壇した会社は全てJBPを実施していると話していて、具体的には、データ分析をベースに、戦略やゴール、それぞれの役割分担や拠出するリソースの「握り」を行っていると説明していました。
- カテゴリベースの売上達成目標の設定
- 新しい広告枠、広告フォーマット、ターゲティング等の共同考案とトライアル
- 季節キャンペーンの企画 など
特に2の新しい広告枠、広告フォーマット、ターゲティングなど、必要とされる新機能をブランド、小売事業者間で一緒に考えるという点が非常に興味深いと思いました。商品開発を共同で行い、密接に連携してお互いのビジネス向上を目指しているというのは、全てのパネルディスカッションで感じたことでした。
リテールメディアの定義や形はさまざま
リテールメディア・サミットのセッションで、リテールメディアのエコシステムの一部を掲げる興味深い企業が2つあったので紹介します。
事例① クリエイター・コマースという概念を発明したといわれる LTK
LTKは、人気インフルエンサーだったAmber Venz Box氏が創業し、急成長中のインフルエンサーの直販プラットフォームです。「クリエイター・コマース」という概念を発明したといわれており、現在約3000万人のユーザーが毎月LTK経由で買い物を行っているといいます。
LTKは「クリエーター」と呼ばれるインフルエンサーが、自分の制作した動画や写真などのコンテンツに商品購入用のリンクをタグ付けできるようにしていて、フォロワーがそれをクリックしてさまざまな連携サイトで購入すると、クリエーターにアフィリエイト収入が入る仕組みとなっています。
同社はリテールメディア・インフルエンサー・プログラムのリーダー企業を自認しています。インフルエンサーが集客し、リテールメディア各社に送客する、リテールメディアの収益化パターンの一つになりそうです。
事例② B2Bに特化した Intuit SMB MediaLabs
企業向けソフトウェア大手のIntuit(インテュイット)は、過去から所得税申告書作成用のTurboTax、会計ソフトウェアのQuickBooks、メール配信用のmailchimpなどを開発・販売していますが、そのユーザーである全米の数多くの中小企業(Small Medium Business – SMB)の巨大なデータを活用し、1000万の中小企業ユーザーにリーチできる広告プラットフォーム、Intuit SMB MediaLabsを展開しています。
ソフトウェアやサービスもオンライン経由で直接販売しているので、これも小売業者。しかもB2Bに特化したユニークな立ち位置(しかもQuickBooksは業界でもっとも使われてるソフトウェア)。リアル店舗はありませんが、リテールメディアの一つの形といっていいでしょう。
エージェンシーの役割は?
リテールメディアが増えていく中で、エージェンシーはどのような役割を担うことができるのか、ということにも興味がありました。エージェンシーはM&Mやスニッカーズで有名なMars Wrigley(マース リグレー)とThe Mars Agency(ザ・マース・エージェンシー)のセッションとStarcom(スターコム)による単独のセッションがありました。
Mars WrigleyとThe Mars Agencyでは、ハローウィーンに、リテールメディアだけでなく、実店舗、そして今年はニューヨークのタイムズスクエアの大ビルボードの広告配信を全て連携させたキャンペーンを展開したとのことでしたが、The Mars Agencyが統合的なキャンペーン企画、運営を担ったようです。
また、リテールメディアでは、広告キャンペーンが見込み客を生み、実際に売上に及ぼした影響について直接把握できる「クローズドループ測定」または「クローズドループアトリビューション」が大きな利点です。
登壇各社とも「計測環境はまだ途上」という意見でしたが、それが充実してきたら、リテールメディアで得られたデータやインサイトをベースに、他の施策に活用していくことができるようになるため、エージェンシーはデータ分析し、データドリブンな形で施策全体に展開利用していくドライバーになることが求められるのではないでしょうか。
海外に学びつつ日本の状況にあったリテールメディアを
今回参加したリテールメディア・サミットでは学ぶことが非常に多く、実りのあるカンファレンスでした。進んでいる市場の動向を把握することで、数年先を見据えた動きができるのはメリットですが、日本の小売環境は海外のそれと全く同じわけではないので、日本ならではのリテールメディアの進化もあるように思います。良いところは取り入れつつ、日本の状況にマッチしたリテールメディア市場の構築が重要だと思いますし、これからの可能性の大きさを考えると楽しみだと改めて思える、とても貴重な機会だったと思います。
※本記事は「Web担当者Forum 」の連載「杉原剛のデジタル・パースペクティブ」からの転載です。
※本記事の内容、所属、肩書きは公開当時のものです。