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デジタル新時代のマーケティング考とは
近年、日進月歩のデジタル技術、生活やビジネスへの浸透が年々顕著なデジタル・デバイスの普及、COVID-19感染拡大による生活様式の変化に伴うデジタル・シフトの加速、これらによって限られた人々の限られた範囲や用途での「デジタル」活用から、オンライン、オフラインを問わず広範囲な情報をデジタルで統合した形で、多くの人が利用可能となる総デジタル化社会ともいえる時代に近づいています。
膨大な情報をデジタルで管理・活用していくことが当たり前となる「デジタル新時代」に向けてマーケティング周辺でも、AI/機械学習、CX、DX、OMOなど、新たな取り組みが活発化しているのは周知の通りです。
Unyoo.jpでは、そうした「デジタル新時代」だからこその「マーケティング」について思いを広げていきたいと考えております。
Unyoo.jp編集長 佐藤康夫
これまでの連載を振り返る
本連載では、マーケティング/人材育成プランナーであり青山学院大学経営学部講師である山本直人氏を迎え、この「デジタル新時代」にどのような思考で「マーケティング」と向き合うべきか、皆さまのマーケティングスキルの習熟度をひも解きながら、あらためて「マーケティング」の基本をおさらいしていきます。
連載 第1回「”オートマ+カーナビ”環境で、マーケティング人材は 育つのか?」はこちら
「しっかり分析」は当たり前になってきたけど
新年度が始まり、新たな環境で仕事をスタートさせている人も多いと思います。いろいろと学ぶことも多いかもしれませんが、それ以上に「慣れる」ということも大切です。
学びは体系的にできますが、習慣は自分自身に何かを課すことから始まります。
同じ職場で同じ教育を受けたとしても、差がつく理由の一つが、この「習慣」なのです。
そしておもしろいことに、優れたプロフェッショナルは何らかの習慣を持っているものです。自分なりに思考するための時間や空間を大切にして、充電して知識を得るためにオフタイムの使い方を工夫してます。
今回は、マーケティングの仕事をする上で必要な習慣として「観察」の大切さについて考えていきます。
「観察」という行動は、小学校の頃に教わったと思います。植物の発芽や、昆虫の行動、あるいは天体の動きなどを自分の目で確認して記録していくことが第一歩でした。
それでは、ビジネスの世界で「観察」の重要性を職場で聞かされたという経験はどれだけあるでしょうか?
「しっかり分析しよう」という言葉はよく使われると思います。タクシー広告などを眺めていても、とにかく「分析する」ことの重要性がアピールされています。
その一方で、「観察する」ことはどのくらい大切にされているでしょうか?
「観察は主観だから」という落とし穴
いろいろな会社の方と話しているうちにわかったのは、観察というのは、どうやら個人的な主観であり、ことによると「単なる思い込み」と捉えられやすいということです。
「私の息子は炭酸が好きだけど、500ccじゃ物足りないみたいだ」
「いや、娘はいまのボトルは量が多くて飲み切れないからもっと小さいボトルがいいと言ってる」
もし飲料開発でこんな会話があったとしても、これだけではたしかに思い付きのように見えます。しかし、実際には増量された商品や、スリムなボトルで量を減らした商品も登場してます。実際にニーズはあるのです。
最初は主観的観察から考えた思い付きのように見えても、それを仮説として検証する方法はいくらでもあります。
そのためにも、まずは観察をおこなうことが起点となるはずです。その具体的な方法として3つ挙げたいと思います。
1つ目は「自分の観察」です。特に、何らかの消費行動をした時の心理の掘り下げです。
2つ目は「他者の観察」です。その際の、情報の宝庫は街ですから「タウン・ウォッチング」は有効です。
3つ目は「周囲との対話」です。周りの人の行動に対して「どうしてそうしたのか?」と聞くだけでも学べることはいろいろあります。
では、順に説明していきましょう。
「自分の買い物」は消費者心理の宝庫
まずは自分の観察です。「何かを購入した時」に、後から振り返って、自らの心理の変化を探るのです。
購入というのは、決断を伴います。
しかし、そういう本を読む前にまず生身の人間の心理をきちんとつかんだ方が、仕事に活かしやすいと思います。
自分自身の行動を振り返ることはもっとも簡単ですし、何よりも「いま現在」の世の中の流れを反映していることも多いのですから、テキストの事例よりも実践的になります。
さらに、職場なのでケースを共有すれば大きなヒントが見つかることもあるでしょう。
自分の観察こそが、マーケティングの仕事をする上で、まず行うべきだし、ずっと続けるべき習慣なのです。
街は欲望の反映である
さて、次の習慣として挙げるのは他者の観察、とりわけタウン・ウォッチングです。
街というのは、刻々と変化します。そして、その変化は人々の欲望を反映していると捉えられます。
この2年間でも街の風景は大きく変わりました。スーツの販売店や居酒屋は減りましたが、テイクアウト専門店やワーキングスペースは増えました。
観光バスは少なくなりましたが、デリバリーの自転車はよく見るようになりました。
これもまた、生活が変化したことで人々の欲望が変化したことを表してます。
また、店舗の売り場に行くと「誰がどのようなものを買っているか」がよくわかります。 スーパーマーケットでも「料理好きな人」「スナック菓子ばかりの人」「多忙そうな人」などさまざまです。
もちろん、こうした消費行動の分析はオンラインでも可能です。しかし、購入者が「どんな人となりか」というのはリアルで観察したほうが情報量は格段に多いと思います。
よく「ペルソナ」を作成する時に見かけるのですが、いかにももっともらしいプロファイルをつくっても、結局うまく機能しないことがあります。
これは、データだけに頼っていて観察が不足しているケースが多いのです。
オンライン上では、売れているものの情報に偏っていく傾向があります。実際の売場で「これ、どんな人が買うんだろうな?」と思うような商品にヒントを見つけることもできます。
また、コンビニエンスストアの棚から、エリアの特徴を推測することもできます。一見品揃えは似ているように見えますが、私がよく見るのはワインです。
「いちばん高いワインがいくらか?」というのはエリアによって結構異なるので、その周辺の特性を推し量る参考になります。ちなみに今までみた最高値は夏の避暑地のコンビニでした。
街で人の行動を観察したことで仮説を立てれば、ユニークな切り口でデータ分析も可能になると思います。
人と話せば必ず発見がある
このような習慣の中で、もう1つ大切なことが「周囲との対話」です。
オフィスでお弁当などを持ち寄ってランチにする時、「なぜそれを選んだのか?」をさりげなくたずねてみる。昨夜見たテレビやウェブサイトの話をしてみる。
優れたマーケターは、そうした友人や家族との会話を世間話にとどめないで、思考のきっかけにすることができます。もっとも根掘り葉掘り聞くのは気をつけた方がいいとは思いますが、ちょっと意識してみてはどうでしょう。
衣類や電気製品など、比較的店員と話す時間のとれる売り場であれば、そこから得られる情報も多いでしょう。製品の話をするだけではなくて、「どんな人が買うんですか?」と聞いてみるだけでいろいろな発見もあります。
旅先でホテルや旅館の人と話すのもおもしろいと思います。「景気ウォッチャー調査」という政府のリサーチは、消費現場の人にヒヤリングしていますが、それと同じようなものです。景気の動向などが「肌感覚」でわかるのです。
知らない人と話すのは苦手、という人もいるでしょう。だとすれば、まずは身近な人との会話を意識的に変えてみることから始めればいいと思います。
わざわざデプスインタビューをしなくても、仮説を考えるきっかけにはなるでしょう。
同じところをグルグル回らないように
このように観察の大切さについて、実際の方法も含めて書いてきましたが、この2年間で「他者の観察」「周囲との対話」の機会が大きく減ったことに改めて気づかれたと思います。
そのような状況でオンラインにおけるデータ分析は、さらにその重要性を増したと思います。しかし、そろそろ潮目が変わって来たのではないでしょうか。
そして、最近気になることがあります。それはデータ分析の精度が上がることによって、どの会社も同じような結論になってしまいがちだということです。
もっとも可能性の高いターゲットに集中したことで過当競争になり、最後は値引きに走るようなパターンも見られます。
潜在ニーズを発見して、「これは価値があるな」と納得してもらうには、ち密な観察から仮説を立てていくことが求められると思うのです。
偉大な科学的発見も、最初は観察から生まれたものが多くあります。そこからデータを収集して体系を確立していくという流れになるのです。
せっかくの観察から得られたことを「独善」としてしまうのはもったいないでしょう。
また、こうした観察を組織のトレーニングとしておこなうことも可能ですし、定期的にレポートを共有しながら戦略に反映させていく方法もあります。
デジタル化によって高度なデータ分析が進んだ今こそ、生の観察からの仮説構築にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。