ユーザーを識別し、情報を記録・保持することができるCookieは、リターゲティングや行動ターゲティング、アトリビューション分析などに幅広く利用されており、企業のデジタルマーケティング活動に欠かせない技術でした。
一方、EUで施行となったGDPRや米国カリフォルニア州のCCPAといった法規制に加え、AppleのITPや2022年を予定しているChromeの3rd Party Cookieサポート終了といったWebブラウザの仕様変更など、グローバルかつ業界全体でCookieの利用を制限する動きが出てきています。
そこで本連載では目前に迫っているクッキーレス時代の到来に向けて、識者との対談を通じ、その全容を明らかにすると同時にマーケターが今から準備できることを明らかにしていければと考えています。
第1回は、米国に本社を置くデータ&デジタルメディアのコンサルティング企業 MightyHiveのCOO クリストファー・マーティンさんと日本担当カントリーマネージャー松崎亮さんに、クッキーレス時代のターゲティングや効果計測、データの在り方などについてお聞きしました。
※参考リンク:
第2回となる今回は、クッキーレス時代に向けてGoogleがイニシアチブをとり議論が進められているPrivacy Sandboxのポイントを理解することで、クッキーレス時代を紐解いていきたいと思います。
目次
Privacy Sandbox 3つのポイント
2019年8月にGoogleが発表したPrivacy Sandboxは、ユーザーのプライバシーに配慮しながら、Web広告の文脈ではクッキーレスで、トラッキングと計測を可能にするためのブラウザAPIの新しい標準規格の提案です。World Wide Web関連の技術の標準化推進を目的とした非営利団体であるWorld Wide Web Consortium (通称W3C)で2021年2月現在も議論が進められています。
※参考リンク:
Privacy Sandboxは複数のブラウザAPI標準規格の提案を含んでおり、なかでもWeb広告の根幹をなすターゲティングと効果計測にかかわる以下3つがPrivacy Sandboxを理解するうえでポイントとなります。
・FLoC
・TURTLEDOVE
・Conversion Measurement API
ここからは、本記事執筆時点でGitHubで公開されている情報を基に、具体的に上記3つの内容を見ていきます。
FLoC
FLoCは、”Federated Learning of Cohorts”の略語で、日本語に訳すと「コホートの連合学習」となります。具体的には、似たようなブラウジング習慣を持つブラウザをグループ化することにより、クッキーで実現していた「個人」ベースではなく「コホート」ベースのターゲティングを実現するというものです。
※参考リンク:
ブラウザは、訪問ページURLやコンテンツ等のブラウジング履歴に基づいた機械学習アルゴリズムによりコホートに分類されます。上記参考リンクにも記載がありますが、ブラウザ個々のブラウジング履歴はいかなる場所にもアップロードされることはなくブラウザ内に保持され、ユーザーのプライバシーを担保するような設計となっています。
ブラウザ内にデータを保持した状態でのFederated Learning(連合学習)は、以下動画を視聴するとイメージが湧きやすいかもしれません。興味のある方はぜひ視聴してみてください。
TURTLEDOVE
TURTLEDOVEは”Two Uncorrelated Requests, Then Locally-Executed Decision On Victory”の略語で、日本語に訳すと「相関のない2つのリクエスト、およびローカルで実行された勝利の決定」となります。
このままだと理解が難しいため、”Two Uncorrelated Requests”(相関のない2つのリクエスト)と”Locally-Executed Decision On Victory”(ローカルで実行された勝利の決定)の2つに分けて内容を見ていきます。
※参考リンク:
まず、Two Uncorrelated Requests(相関のない2つのリクエスト)は、”A contextual request”と”An interest-group request”の2つを指します。
“A contextual request”は、Webページから広告ネットワークへの広告表示に関するリクエストで、ページURLや広告サイズなどの情報を含みます。一方、”An interest-group request”は、ブラウザから広告ネットワークに送信される、該当のブラウザが属するinterest-groupに関するリクエストです。
このinterest-groupに関して、上記参考リンクには以下記載があり、リマーケティングリストやカスタムオーディエンスがこれに該当すると考えてよいかと思います。
The advertising industry today uses a variety of terms to refer to variations on the idea of what we’re calling an interest group, including “user list”, “remarketing list”, “custom audience”, and “behavioral market segment”.
次に、”Locally-Executed Decision On Victory”(ローカルで実行された勝利の決定)ですが、これは広告オークションを広告サーバー上ではなくブラウザ上で行うことを指しています。これにより、ブラウザがinterest-groupの情報を保持した状態で広告を表示できるようになるとのことです。
ここまでの説明をまとめると、TURTLEDOVEは、従来の1つの広告リクエストを2つの異なるリクエストに分け、かつ広告オークションを広告サーバ上ではなくブラウザ上で実施することで、ユーザーのプライバシーを担保しながらパーソナライズド広告の配信を実現しようとするものです。
ここまでの説明と併せて、AdExchangerの以下動画を視聴するとTURTLEDOVEに対する理解が深まるかもしれません。興味のある方はぜひ一度視聴してみてください。
このTURTLEDOVEの構想をベースとした広告配信の初期のプロトタイプとして、Googleは新たにFLEDGE (First “Locally-Executed Decision over Groups” Experiment)をGitHubで公開しており、2021年を通して実践的なテストを繰り返していくとのことです。
Conversion Measurement API
GitHubでは、”Click Through Conversion Measurement Event-Level API”と記載があり、クリックスルーコンバージョンの計測を実現するためのAPIとなります。
※参考リンク:
コンバージョン計測の概要は次の通りかと思います。広告をクリックすることによりインプレッションイベントのログがブラウザに記録されます。このブラウザによるコンバージョンイベントが発生し、その情報はWebページに設置されたピクセルから広告サーバに送信されます。
広告サーバはエンコードしたコンバージョンデータをブラウザに送信し、インプレッションイベントのログとコンバージョンデータがブラウザ内で紐づけられます。同時に、この紐づけられたデータをブラウザから広告サーバに送るようスケジュール設定もされるとのことです。
つまり、ブラウザ内にインプレッションとコンバージョンデータを保持した状態でコンバージョンレポートを広告サーバに送るかたちを取ることで、コンバージョンに至ったブラウザを特定することを困難にしています。
企業からユーザーへ、個人からコホートへ
ここまで、Privacy Sandboxを理解するうえで重要な3つのポイントとなるFLoC、TURTLEDOVE、Conversion Measurement APIの概要を見てきました。これら3つを通してクッキーレス時代を紐解いてみると、データの主導権は企業からユーザーへ、ターゲティングと効果計測は個人からコホートベースへ移行するトレンドが見て取れます。
Privacy Sandboxの文脈では、ユーザーは「ブラウザ」を指しますが、いずれのポイントも、これまでのようにデータは広告サーバに集約されず、各ブラウザ内に保持されます。EUのGDPRや米国カリフォルニア州のCCPA、日本においては改正個人情報保護法といった法規制も然り、データの主導権が企業(広告サーバ)からユーザー(ブラウザ)に移行する流れを汲んでいると言ってよいのではないでしょうか。
また、これまでの個々のユーザー(ブラウザ)ベースから、似た特徴をもつユーザーグループ(ブラウザの集合)、すなわちコホートベースのターゲティングに移行するトレンドも見ることができます。ターゲティングと表裏一体の効果計測に関しても同じことが言えるのではないでしょうか。
※参考リンク:
FLoCはクッキーベースの広告と同等の効果を実現
2021年1月25日、GoogleはPrivacy Sandboxの進捗状況を発表しました。自ら期限を設定したクッキーレス時代の到来が目前に迫っているなか、なんとか議論を前進させようとする意図を発表内容とタイミングから感じました。
※参考リンク:
発表によれば、Googleの広告チームが実施したテストは、FLoCがクッキーベースの広告とほとんど同じぐらい効果的だと示したとのことです。以下はテスト結果に関する記載の引用です。
Our tests of FLoC to reach in-market and affinity Google Audiences show that advertisers can expect to see at least 95% of the conversions per dollar spent when compared to cookie-based advertising. The specific result depends on the strength of the clustering algorithm that FLoC uses and the type of audience being reached.
(インマーケットやアフィニティGoogleオーディエンスにリーチするFLoCのテストは、FLoCがクッキーベースの広告と比較して、少なくとも1ドル換算で95%のコンバージョン獲得を期待できることを示しています。具体的な結果は、FLoCが使用するクラスタリングアルゴリズムの強度やリーチしようとするオーディエンスタイプによって異なります。)
AdExchangerの以下記事にある通り、このテスト結果に対する業界関係者の声は様々です。結果を支持する声も一定数あれば、”GSS (Google Says So) methodology”をGoogleは使ったという皮肉や、YouTubeや検索などのGoogleサービスに適用しない限り不公平であるといった批判的な意見もありました。
※参考リンク:
Googleによれば、FLoCベースのコホートは、2021年3月にリリース予定のChromeの新バージョンで公開テスト可能になり、同年の第2四半期にGoogle 広告で広告主とFLoCベースのコホートのテストを開始する予定とのことで、これらを通してFLoCの実力は徐々に明らかにされることでしょう。
Privacy SandboxはオープンWebの救世主か
FLoCはクッキーベースの広告と同程度の効果をもたらす。クッキーベースの広告に依存してきたWalled gardenの外、すなわちオープンWebの世界にとって、Privacy Sandboxは救世主となり得るのでしょうか。
オープンWebを主戦場とするプレイヤーたちは、Privacy Sandboxの議論に参加しながら、The Trade Deskがイニシアチブをとって開発が進んでいるUnified ID 2.0でクッキーレス時代において攻勢をかけようとしています。LiveRamp、Index Exchange、Criteo、Nielsenなど、エコシステムのあらゆるプレイヤーがクッキーレス時代に向けてUnified ID 2.0連合を形成し始めています。
※参考リンク:
Unified ID 2.0は、暗号化かつハッシュ化されたEmailアドレスをキーにターゲティングと効果計測を実現するための統合IDソリューションです。自らサービスを提供することでユーザーと直接関係性を持ち、結果として膨大なログインユーザー数を誇るWalled gardenにオープンWebのプレイヤーが対抗するための苦肉の策とも言えるでしょう。
クッキーレス時代に向けて、Web広告のエコシステムでは大きな地殻変動が起こっています。そして、Privacy SandboxとUnified ID 2.0は、オープンWebの今後を占う2つのツールとなるでしょう。