米国において、インターネット回線に接続されたConnected TV(以下CTV)でのストリーミングコンテンツ視聴は広く浸透しており、Comscoreによれば、2020年3月時点で米国の7,240万世帯がストリーミングコンテンツをCTVで視聴しています。
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デバイスとしての存在感もさることながら、従来のリニアTVと比較してより精緻なターゲティングや計測が可能であるため、CTVに対するバイヤー(広告主やエージェンシー)の投資意欲も高まっています。IABが2020年6月に公開した調査レポートによれば、調査対象の半数以上のバイヤーがリニアTV向けの予算をCTVへシフトすると回答しており、CTV市場はコロナ禍においても堅調な成長を見せています。
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日本においてもCTVの普及は拡大しており、2020年5月の総務省の発表によれば、2019年のCTVの個人利用率は13.5%となり、2018年の6.5%から大きく伸長しています。また、SMN株式会社と株式会社デジタルインファクトによる国内コネクテッドテレビ広告の市場動向調査によれば、2020年の国内コネクテッドテレビ広告市場は102億円と前年比1.6倍の見通しとのことです。
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そこで本鼎談では、SMNのCTVにおけるテレビ視聴データを活用したサービスConnected TV Data Bridge(以下TVBridge)の着想から実現までを統括したネクスジェンデジタルの谷本さんと、SMNの高岡さんに、本サービスの概要とテレビ視聴データ活用の今後についてお聞きしました。
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話し手:
ネクスジェンデジタル株式会社
代表取締役社長 谷本秀吉さん
SMN株式会社
事業戦略室 室長 高岡 滋さん
聞き手:
アタラ合同会社
マネージャー/コンサルタント 高瀬優
目次
メーカーの垣根を超えたCTV領域での取り組み
高瀬:谷本さんと高岡さんの現在の業務内容を教えてください。
谷本:私は今年の3月までSMNで執行役員としてアドテク事業の事業戦略・商品企画を担当していました。現在は、SMNの新グループ会社のネクスジェンデジタルに専念するため、その職を離れましたが、本サービスの着想から実現に至るまでのところを統括している立場とともに、ネクスジェンデジタルとしてもTVBridgeの販売運用に携わっています。SMNは約6割がソニーグループの資本で、一般の投資家にも出資いただいている東証1部に上場している会社です。SMNのアドテクノロジー事業において、Logicadが比較的業界では知名度の高い商品になっております。
Logicadのシステムを活用した例では、ソニーだけではなく国内メーカーの垣根を越えてパナソニック、シャープ、東芝映像ソリューションとともにTVBridgeを実現しました。そのため、SMNで培った技術力とアドテクノロジーのノウハウを生かした今回の協業になったのではと思っています。そういった意味では、私は4メーカーとのアライアンスにおける交渉と商談を担当していました。高岡さんも基本的には一緒です。
SMNの場合、ソニーグループで培った技術を持っており、ソニー出身のエンジニアや機械学習エンジニアとの交流があります。そこでLogicadを開発しています。少し前のトピックで言うと、VALIS-Cockpitという国内でも特許を取得したマーケティングAIプラットフォームがあるのですが、そちらの開発の事業戦略として高岡さんと私でリードしてきました。今回はLogicadのシステムを使いつつ、マーケティングデータの可視化という部分でVALIS-Cockpitを活用し、テレビ視聴データを活用する広告ソリューションが実現できないかという趣旨でTVBridgeという商品を実現しました。
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高瀬: TVBridgeのサービス概要をあらためて教えていただけますか。
谷本:はい。概要を話す前に少し背景をお話しさせてください。私はアメリカやヨーロッパ、そしてアジアなど各国のカンファレンスにこれまで参加する機会があったのですが、やはり昨今、アドテクノロジーにおける新しい話題は食傷気味かつ枯渇気味だったので、なにか新しいものがないかと考えていました。その中でも注目すべき領域はおもに3つあります。1つはDOOH(デジタルOOH)、2つ目は音声(ヒアラブル)広告、そして3つ目がCTVです。CTV領域はアメリカで特に進んでおり、アジアでもやはりCTVの可能性という点で、アドテクノロジーのグローバルカンファレンスでは注目を集めるセッションとなっていました。
そういった中で、ソニーグループにはブラビアというCTVがありますので、テレビ視聴データを活用した広告サービス連携はソニーグループ間では既に行ってきました。そのなかで広告主の方に、ボリュームを持った、より拡張性の高いサービスとして提供するため、日本でも何かCTV文脈の広告商品を実現できないかという考えもありました。そこで、複数の国内大手のテレビメーカーの企業と協業することにしました。
今回のTVBridgeは、日本におけるCTVの普及はもちろん、テレビメーカーの垣根を超えることでデータの母数という課題を解消したサービスです。
高岡:TVBridgeはサービスの総称で、その下にDSPのTVBridge AdsとDMPのTVBridge DMP の2つがラインナップとしてあります。TVBridge AdsはLogicadをプライベートブランドとして提供してもらっていて、テレビ視聴データターゲティングに特化したDSPになっています。TVBridge DMPはDSP以外の広告プラットフォームにデータ連携して配信することができるサービスです。
全体イメージとしては、テレビ視聴データはこのDMPに全て集約します。テレビ視聴データは、「テレビCMを見た」「特定の番組を見た」などといったデータです。これらユーザーセグメントをTVBridge Adsに連携するのか、FacebookやTwitterといったソーシャルメディアに連携して配信をするのか、広告媒体を複数選べるという形になっています。
TVBridge Adsに関しては、冒頭に谷本からも話のあった弊社のマーケティングAIプラットフォームVALIS-Cockpitと連携することで、ユーザー解析による新しいセグメントの発見やクリエイティブの最適化まで実現することが可能です。
IPアドレスと広告IDでテレビとデジタル広告を融合
高瀬:TVBridge DMP と連携可能なDSP以外の広告プラットフォームの例としてFacebookとTwitterの名前が挙がりましたが、現時点で他に連携可能な広告プラットフォームはありますか。
高岡:DMPの中身はADIDやIDFAと対象ユーザーのIDのリストで、このリストをCSV形式でお渡しする形になっています。つまり、広告IDをインポートできる広告プラットフォームが対象になります。
谷本:主要広告プラットフォームは広告IDをインポートできる機能が備わっているので、連携先も多いと考えています。IDFAやADIDに関しては有効期限を設けて広告利用の目的のみに提供するという形なので、共通IDを持ってサービス提供しています。
高瀬:テレビ視聴ユーザーの広告IDはどのように特定しているのでしょうか。
高岡:CTVが繋がっているインターネットと同じIPアドレスにつながっているPCやスマートフォン、タブレットを、IPアドレスをキーにしてシンクするということをやらせています。そうすることによって、このCTVでAという番組を見たデバイスを推定して、広告配信の在庫として活用するというものです。
高瀬:テレビ視聴データは、OTTではなくCTVにおける従来のテレビ番組・CMの視聴という理解で合っていますでしょうか。
谷本:はい。地上波、BS含めた従来のテレビ番組とテレビCMです。
高瀬:CTVという文脈では、近年特にアメリカを中心に広告配信先デバイスとして脚光を浴びているかと思いますが、御社のTVBridgeはあくまでCTVにおける従来のリニアTV視聴ユーザーに対してデジタル広告でアプローチするという点で興味深いです。
谷本:ありがとうございます。やはり従来のリニアTVはメディアとしてまだまだ強力だと考えています。そのため、TVBridgeはテレビとデジタルのマーケティングの融合策によっての相乗効果を上げることに行き着くと思っています。それはやはりテレビを信頼しているからで、例えばドラマ『半沢直樹』も30%も視聴率を取るぐらいなので、まだ圧倒的コンテンツとして見ている層は一定数いると思うのです。そこに補完する形での「ながら視聴」をしているデバイスに当てていくという補完的なやり方もあります。一方で、テレビを見ていないという層も一定数いるのは事実でしょう。特に若年層はそうなのかもしれないです。
そのときに、テレビでずっとコミュニケーション施策を図っていた大手企業、例えばテレビCMを大量に出稿している企業なども、もっとコミュニケーションの領域を広げていきたいと思ったときに、ではターゲット層としてテレビ視聴データを1つのターゲット層の軸としてデジタルでもコミュニケーションを取っていくという、場合によってはそのユーザーはテレビを見ていないかもしれなくても、未視聴ユーザーに対してアプローチしていくというところも含めて、私はこのテレビというものをもう一度、価値の再定義という意味では非常に大きいメディアであると思っています。また、そこに補完関係と相乗効果を見いだすところが1つのチャレンジだと思っているのです。
また、テレビ番組も同じようにデータ活用できるので、例えば特定のニュース番組を見るユーザーにどのようなユーザー層が多く含まれているかということを、広告主の商品、サービスの特徴という観点から見ることでプランニングの可能性も広がるとは思っています。
高瀬:ちなみにテレビ視聴データの取得については、ユーザーからどのように許諾を取っているのですか。
谷本:データの取得に関しては、今回大きな特徴としてアピールするところでもありますが、まず個人は一切特定しない、個人非特定のデータであるということが前提です。CTVの初期設定でCTVメーカーがデータ活用に関する許諾をユーザーに求める機能がありますが、その中でオプトインのかたちでユーザーから許諾を得ているデータのみを活用しています。つまり個人は非特定であり、オプトイン型の許諾を取っているというのが最大の特徴です。
高瀬:取得するデータとしては、IPアドレスと具体的な視聴番組でしょうか。
高岡:そうですね。ここは正確にお話すると、テレビメーカーから、テレビ視聴履歴でマッチング用にIPアドレスを委託されているデータのみを取得しています。
谷本:この視聴データを広告商品として仕立てる際、SMN側にもLogicadで培ったSMN IDがIDFA、ADIDも含めて3.3億ユニークブラウザー相当分あります。その3.3億IDとテレビ視聴IDが約500万あり、この2つをシンクさせた際のデータは現時点で約2,100万ユニークブラウザー分に相当するものになっています。
また、その2,100万に対してどのような趣味趣向や属性があるかわれわれの推計技術によって分析して仕分けすることができるので、それを広告主のニーズに合わせてセグメントに区切ることも可能です。例えば、某飲料メーカーが関東限定で販売している飲料水があるとして、関東ローカルでテレビCMを1カ月で1,000GRP流したとします。このテレビCMに当たったユーザーに対してTVBridge Adsを活用して広告配信したい場合、それが中高生をターゲットとした飲料水であれば、テレビCMに当たったユーザーを抽出し、その中でも若年層のセグメントに対して広告配信することができます。
心地良いコミュニケーションづくりのための共通IDを
高瀬:iOSにおけるIDFA取得のオプトイン化が、現時点では来年の早いタイミングで実装予定かと思いますが、今後テレビ視聴データのデジタル広告活用という観点で、IDFAオプトイン化後までどのように見据えていらっしゃいますか。
谷本:それは非常に難しい質問ですね。確かにポストクッキーを見据えたというところで言うと、テレビ視聴ID自体はクッキーではないので、そこには可能性があると思っています。一方で、SMN IDに置き換える際はクッキーを多分に使っています。これは難しい問題にはなるのですが、私はやはりIDFAやADIDといったCookieに代わる何か共通の広告IDは残ってしかるべきだと思っているので、こちらをベースとした推計技術を強化して、一定のボリュームを確保していきたいと思っています。
あともう1つ気にしなければいけないのは、生活者やユーザーに対して気持ち悪い広告に仕上がってしまってはならないという点です。心地良いコミュニケーションづくりというところにちゃんと足元を据えれば、協業という形でクッキー問題やオプトインといった課題に対して、もう少し違う踏み込み方があるのではないかとは期待しています。
ポストクッキーの部分では、ユーザーから許諾を得ていて、個人情報にひも付かないIDというのは1つの活路だと思っています。クッキーに頼らない技術で言うと、例えばDOOHや音声広告は違う可能性を持っていると考えています。
いずれにしても、IDFA取得をオプトイン型にするということになると、これまで共通IDとして使われていたものもまた少し違う流れになるでしょう。今のTVBridgeだけではまだまだ解決策はないのですが、使われていいというレギュレーションはやはり整備すべきだと思います。難しいですね。
高瀬:それこそ御社だけではなくもれなく全プレーヤーが影響を受ける問題ですよね。IDソリューションを提供するLiveRampやSSPのIndex Exchange、CriteoとThe Trade Deskの協業など、業界内でのコラボレーションがさらに進めば、ポストクッキー時代もIDベースでのターゲティングをWalled Garden外である程度の規模感をもって実現できるかもしれません。
谷本:そうですね、まさにLiveRampやIndex Exchangeの構想に私どもも共感するのは、やはりルールを守ってユーザーに不利益を与えないIDというものの可能性を模索するべき、という点です。テレビ視聴データもそういったIDとして大きい役割を担えるのではないかとは思っています。
高瀬:OTT/CTV市場が日本と比較して活況を呈しているアメリカにおいては、OTTプラットフォームのRokuがDSPのdataxu(データシュー)を買収してOneViewという広告プラットフォームを、スマートテレビメーカーでもあるサムスンがDSPをローンチするなど、プラットフォーマーやメーカーの動きが活発です。御社はスマートテレビメーカーをグループ会社として持っていることが大きな強みだと思っているのですが、こうした米国におけるRokuやサムスンの動きについてどのように見ていらっしゃいますか。
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谷本:おっしゃる通りで非常に注目しています。アメリカにおいてサムスンのスマートテレビはかなりの普及台数であると認識しており、Samsung Adsに関しても注目していました。Rokuはもちろん、Huluも広告ありのプランをアメリカではすでに提供しており、AVOD(Ad-supported Video-On-Demand)もOTT領域で再認識、再注目されているのではないかと思っています。
日本は放送に関連する法的権利や契約が多分にあり、アメリカとはまったく違う市場環境だと理解しています。その上で、日本発のメーカーという強みを活かして新しい価値づくりができるのではないかとも思っています。もちろん今回協業するテレビメーカー4社とこれからも積極的にディスカッションしていきたいと思っているので、次の何か新しい動きについては、まさにアメリカのCTVの進め方に着目しています。
現時点のTVBridgeに関して言えば、これまでも似たようなコンセプトのソリューションは日本国内においても存在していました。ただ、TVBridge以前のこれらソリューションと決定的に異なるのは、「中立性」だと考えています。テレビ視聴データを活用したマーケティング活動を広く普及していきたいという想いが根幹にあります。
高瀬:ありがとうございます。少し大きな話にはなってしまうのですが、例えばサムスンはスマートテレビだけではなくスマートフォンや冷蔵庫のメーカーでもあります。IoTでリビングルームにあるサムスン家電がサムスンIDにより繋がれば、極端に言えば自社で完結するエコシステムを作れてしまいますよね。御社のTVBridgeはメーカーを横断したお取組みですが、メーカー間でのコラボレーションが進めば例にあげたサムスンのようなエコシステムを作ることも可能なのかなと思いました。
谷本:チャレンジのしがいはあると思いますが、まずはTVBridgeをしっかりと広く使ってもらうことで一定の市民権を得たいと考えています。その先を見据えたところでいうとやはりIDに着目していて、高瀬さんがおっしゃったように可能性を広げていくことが社会的に大変重要だと思っているからです。生活者のベネフィット、メリットは何なのかというところにちゃんと向き合わないといけないと思っています。
やはり心地良いコミュニケーションが絶対必要だと思いますし、自制することをしなければ、リターゲティング広告などは、過剰に特定のユーザーを広告で追い続けることによりユーザーに不快感を与えてしまいます。これはアドテクノロジー業界全体の課題として、そのような結果を招かないような適切な対応をしてなければならないと思います。見たくもない広告に追い回されることで、ユーザーは広告に対して、ないしはその企業やサービスに対してマイナスな印象を受けますし、ブランド価値という観点においては毀損する可能性もあるでしょう。そこをIDというアプローチで解消していきたいと常々思っています。
マスとデジタルの相乗効果が1つのテーマ
高瀬:今後の御社の展望について教えてください。TVBridgeはかなり大きな反響があったかと思いますが、その先のお話をお聞きしたいです。
谷本:ソニーグループのマーケティングテクノロジー会社であるSMNだからこそできることは、やはり技術アプローチによってマーケティング課題を解決していくことだと考えています。今回のTVBridgeはまさにその最たる例ですが、今後もいろいろな可能性を模索していきたいと考えています。
高瀬:VALIS-EngineというAIエンジンも提供されていますが、AIの領域も今後引き続き注力されていく予定ですか。
谷本:まさしくそうです。AIはやはりわれわれにとってのコアな強みにしています。Logicadもそうですし、先ほどのマーケティングAIプラットフォームのVALIS-CockpitもVALIS-EngineというAIを活用しています。それで言うとこのTVBridgeもそうです。AIというものが何をもたらすかについてはまだまだ道半ばだと思いますが、行き着くところはコミュニケーションの心地良さという体験だと私は考えているのです。「技術がふんだんに使われているな」という気持ち悪い感覚のものよりは、結果的にすごく心地良く、新しい体験や新しいメッセージの在り方が考えられるものになるように、グループとしてはAIとテクノロジーは引き続き注力していくことになるかと思います。
高瀬:なるほど、ありがとうございます。当面はTVBridgeでテレビ視聴データを活用したデジタル広告の配信に注力されるかと思うのですが、OTT領域でもアドテクノロジー事業を展開する予定はありますでしょうか。
谷本:今のところはありません。しかし、テレビというデバイスの可能性はまだあると思うので、そういった領域で何か新しい取り組みができるのであれば踏み込んでいきたいです。
今回の商品に関しては、地上波テレビという大きなマスとデジタルの相乗効果を1つのテーマとして商品リリースにこぎ着けています。まずはそこをわれわれの1つのベンチマークとして、テレビをデバイスという観点で見たときのOTT領域やほかの部分についても今後は見据えていけたらと思っています。
高瀬:分かりました。本日はありがとうございました!