目次
『プログラマティック広告最前線』連載の趣旨
デジタル広告が総広告費に占める割合はグローバルでみても年々増加しており、このデジタル広告のデファクトスタンダードとなっているのが、広告在庫の自動売買に対応するプログラマティック広告です。5Gに代表される通信システムの発達やIoTの普及も相まって、テレビや屋外/交通広告(以下OOH)といったデジタル広告に分類されない媒体においてもプログラマティック化が進んでいます。
そこで本連載では、マーケティング先進国の欧米の事例を中心にプログラマティック広告の最前線をお伝えするとともに、最前線の少し先の世界を考察しています。また、日本国内の最新事例についても、キーパーソンとの対談を通して紹介していきます。
第七回では、アドベリフィケーション・サービスを提供するIntegral Ad ScienceのCEO (最高経営責任者)に2019年1月に着任したLisa Utzschneiderさんと、同社のエバンジェリストの山口武さんに、アドベリフィケーションの現在と未来についてお聞きしました。
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第八回となる今回は、IDソリューションをグローバルで提供するLiveRampのヘッドオブパートナーシップス 今井則幸さんに、Cookieに依存しないIDソリューションの最前線を伺いました。
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話し手:
LiveRamp Japan株式会社
ヘッドオブパートナーシップス
今井則幸さん
聞き手:
アタラ合同会社 高瀬優
Cookieに依存しないエコシステムを
高瀬:はじめに、今井さんの自己紹介とご経歴をお聞きしてもよろしいでしょうか。
今井:今井と申します。いわゆるRTBの業界には10年ぐらいおりまして、最初は当時の米国のYahooが買収したRight Mediaというアド・エクスチェンジ・プラットフォームの会社で働いていました。その頃はちょうどRTBの黎明期でしたね。その後、DSPのMediaMath、Sizmekを経て、2019年の春からIDソリューションを提供するLiveRampにジョインしました。
ちなみに、Right Mediaの前はOvertureにおりましたので、デジタル広告業界にはトータルで15年ほどいることになりますね。
高瀬:ありがとうございます。LiveRampに参画された理由もお聞きしてよろしいでしょうか。
今井:プログラマティック広告のエコシステムの中で、これまで各プレイヤーはCookieに依存する部分が大きかったと思いますが、今後はCookieに依存しない方向に進んでいくでしょう。3rd Partyデータの使われ方が問い直され、特に米国では1st Partyデータにマーケット全体が移行しようとしているタイミングということもあり、IDソリューションを提供するLiveRampにジョインしました。
高瀬:御社の中で今井さんはどういった部分を担当されていますか。
今井:2019年秋にグローバルで提供を開始したパブリッシャー向けのソリューションを提供することに注力しています。
高瀬:バイサイドのプラットフォーマーとのパートナーシップもご担当されているのでしょうか。
今井:そうですね、もちろんそこもサポートしており、バイサイドだけではなくセルサイドのプラットフォーマーともパートナーシップ強化に努めています。LiveRampは事業主のオフラインを含む1st PartyデータをID化し、デジタルマーケティングに活用していただくというソリューション提供からスタートしています。主にバイサイド側の事業主の利活用が多かったですね。
高瀬:なるほど。そうしましたら今の回答に関連する質問になるかとは思うのですが、御社の名前は聞いたことがあっても、具体的にどういった事業をしているのかイメージがつかない方もいると思うので、改めてどういうサービスを提供されているかお聞きしてもよろしいでしょうか。
今井:先ほど少し申し上げた通り、もともと広告主がお持ちの1st Partyデータ、特にオフラインデータをデジタルマーケティングに活用することは難しかったと思うんですね。オンラインデータであれば、DSPやSSPでCookieを活用してターゲティングする手法がありますが、オフラインデータを活用する機会はあまりなかったというのが現実だと思います。
一方、昨今では、広告主はCRMデータをどんどん拡張していく傾向があり、このCRMデータすなわち1st Partyデータの活用ソリューションとして、LiveRampは1st Partyデータを匿名化した形でLiveRampのIDに置き換え、このIDとCookie IDやデバイスIDをシンクさせ、デジタルマーケティングに活用していただけるものをご用意しています。これがIdentityLinkというサービスになります。
「LiveRampはDMPを提供していますか?」と聞かれることが多いのですが、実際はDMPではなく、裏側でお客さまが活用したいデータをIDに変換したり、複数のデータベースを一つにまとめるためのキーとするIDを生成するソリューションを提供しています。
パブリッシャーの1st Partyデータ活用を促進
高瀬:2019年10月にリリースされたパブリッシャー向けソリューションについて伺えますか。
今井:これまでLiveRampのソリューションはバイサイド中心に活用されていました。一方で、セルサイドのパブリッシャーの中には1st Partyデータをしっかり持っているところもあるのですが、実際のところ活用しきれていないケースがほとんどでした。というのも、プログラマティック広告の在庫を持つパブリッシャーは、リターゲティングやオーディエンスターゲティングが広告収入の大部分を占めており、これに依存する傾向があったからです。
しかしながら、昨今のITP、先日のGoogleのChromeの発表にもあったように、Webブラウザの3rd Party Cookieの利活用の制限の影響によって、パブリッシャーの広告収入が減少してきてしまっているということもあり、Cookieに依存しないIDベースのソリューションをパブリッシャー向けに提供開始しました。
弊社が本ソリューションで実現しようとしている世界を説明しますね。まず、広告主の1st Partyデータ、主に使われているのは個人情報になるメールアドレスですが、これを暗号化し、LiveRampのIDに置き換えます。パブリッシャーのサービスにユーザーがログインする際に、ユーザーIDをLiveRampのIDに置き換えます。グローバルでもメールアドレスがユーザーIDとして利用されており、同じように暗号化し、安全な環境の下でLiveRampのIDに変換します。これらのIDを突合することによって、Cookieに依存せずにOne to Oneのターゲティングが実現できます。
高瀬:なるほど。ご説明いただいたIDベースのOne to Oneのターゲティングを実現するためには、数多くのDSPとSSPとの連携が必須だと思うのですが、連携に向けた取り組みは進んでいるのでしょうか。
今井:アイデンティティによるターゲティングをより活発に実装するために、プログラマティックバイイングのプロトコルであるビッドストリームにLiveRampのIDを入れ込んでいく動きを取っています。グローバルだけではなく、もちろん日本のDSPやSSPと連携の話を進めております。
私が担当しているパブリッシャーとの連携においても、よくご質問いただくのはその点です。せっかくIDを送っていただく環境をパブリッシャー側で用意していただいても、実装されなければメリットはありませんからね。
高瀬:ちなみにグローバルでみて、このIDベースでバイイングできるDSPは具体的に何がありますか。
今井:例えばMediaMath、Amobeeなどが対応していただけていますし、SSPではIndex Exchange、OpenX、PubMatic、Rubicon Projectなどが挙げられます。日本のDSP、SSPは2020年4月以降でしょうか。
高瀬:なるほど。いま挙げていただいたDSPやSSPで対応しているとなると、IDベースのターゲティングはかなり活用されているのでしょうか。
今井:日本はまだこれからです。USなどではすでに活用が始まっていますが、まだCookieも使える世界ではあるので、IDベースのターゲティングへ移行していただいている段階だと思います。現時点では、まだCookieベースでのお取り引きの方が多いかもしれません。
高瀬:まさに移行期という感じですね。
今井:そうです。改めて2020年1月のChromeの発表を含めて、Cookieの利用制限がより厳しくなり、また「期限」も出てきました。この移行期にCookieに依存しない環境づくりをしていきましょうとパブリッシャーの方とはコミュニケーションをとっています。
Walled Gardenの外の世界が持つ可能性
高瀬:お話を伺っていると、膨大なIDベースの情報を持っているGoogleやFacebookのWalled Gardenの外の世界が広がっていく可能性があるように思い、これが実現すれば非常に面白い流れになるなぁと感じました。
今井:これは米国のデジタル広告費のデータですが、現在ではデジタル広告費のうち7割程度をGoogle 広告とFacebook広告が占めています。一方で、ユーザーの接触時間のグラフを見ていただくと、実は一日あたりのGoogleとFacebookの利用時間は5割程度です。
これは利用時間が5割のサービスに対して広告費の7割が使われていると見ることができます。利用時間と広告費がアンバランスですよね。
こういった背景もあり、弊社としては、ユーザーが残りの5割の時間を過ごしているであろう、さまざまなコンテンツを持っているパブリッシャーがオープンRTBの世界でしっかりとマネタイズできる環境を構築すべく、IDソリューションを提供させていただくことで実現できればいいなぁと考えています。さらに効果的・有効的にIDソリューションを利用していただけるように、Deal ID(PMP)をご利用いただけます。
高瀬:ユーザーの接触時間という点では、Walled Gardenはそのアプリに接触している間はユーザーのことを理解できますが、それ以外の時間におけるユーザーのことを理解することは難しいのではないかと考えています。
一方で、デジタル広告費の大半がWalled Gardenに投下されている現状は無視できないと思っていて、Walled Gardenの外のパブリッシャーにも今後、勝機はあるとお考えでしょうか。
今井:はい、あると思っています。というのも、GoogleやFacebookといったWalled Gardenにデジタル広告費が集中しているのは、やはりIDベースでターゲティングできるということが一番大きなポイントだと思っています。このIDベースのターゲティングがWalled Gardenの外でも実現できるようになれば、デジタル広告費の投下先を集約させる必要がなくなっていきます。ユーザーの利用時間を加味すれば、この広告費のバランスが半々になるかもしれませんし、あるいは逆転することも可能性としてはあるのではないかと考えています。
中立的なポジションで共通IDを生成
高瀬:IDソリューションを提供するプレーヤーは御社以外にもいると思っていて、Walled Gardenの外のエコシステム構築という観点では、業界全体で足並みをそろえた上で共通IDを生成していく必要があると考えています。そういった中で御社が果たされている役割を伺えますか。
今井:弊社としては、まずは中立性を保つというところポイントだと考えています。現在グローバルで、DSPやSSP、BIツールやDMPを含む550社以上のパートナーと連携させていただいており、あくまでも弊社はそれぞれをつなぐ共通IDを提供し、ハブステーションになるというユニークなポジショニングにあるのかなぁと考えています。
高瀬:米国では、アドレッサブルTVの世界でパブリッシャーを横断したオーディエンスターゲティングを可能にしようという動きを業界団体のOpen APが推進していますが、WarnerMediaが脱退するなど足並みをそろえるのに苦労している一面があるかと考えています。御社の中立的なポジションであれば、テレビの世界でも共通IDを生成することは可能でしょうか。
参考リンク
今井:弊社としては、昨今ほとんどのテレビがネット接続されたスマートテレビ化していることを踏まえると、テレビもデバイスの一つであると考えています。NetflixやHuluに代表されるSubscription Video On Demand(SVOD)サービスが普及していく中で、例えばこれらサービスのログインIDをLiveRampのIDに置き換えることができれば、テレビの世界でも共通IDを生成することは可能でしょう。
高瀬:それこそ御社のIDソリューションをOTTのパブリッシャーが利用することで、現在御社がWebの世界で実現しようとされていることをテレビの世界でも将来的には実現できる可能性はあるかもしれませんね。
今井:そうですね。もうそういった世界も見えてきているかなぁという印象は受けます。
高瀬:実際にテレビ業界のパブリッシャーとのパートナー関係構築は進めているのでしょうか。
今井:そうですね。日本のテレビ業界の方ともお話をさせていただいていますので、タイミングが整えばいろいろな取り組みができると思っています。
高瀬:今後が非常に楽しみですね。ひとつの共通IDで、Web、アプリ、テレビを横断できるようになれば、Walled Gardenの外の世界がより広がっていくように感じました。
今井:はい。デバイスを横断できるということも、弊社の提供するIDソリューションの一つの特徴だと考えています。
安全な形でIDソリューションを提供
高瀬:これまで伺ったお話を全て実現するのが理想だと思う一方で、こういった取り組みを進めるにあたっては、さまざまな課題もあるのかなぁと勝手ながら考えています。具体的に課題だと感じていることはありますか。
今井:ご存知の通り、昨今、日本でも個人情報保護に関する法規制の強化を進める動きがあります。法令を遵守する形であれば個人データを活用できるはずですが、広告主やパブリッシャーの方々は個人データの利用をちゅうちょしてしまっていて、個人データ利用に踏み出すことができないケースが多く、これが日本のマーケットの特徴かなぁと感じています。ここに対して、弊社は安全なかたちでIDソリューションを提供できるということを啓発していくことが大きな課題ですね。
高瀬:企業のデータ活用を促進していく国を挙げた取り組みとして情報銀行の整備が進められている一方で、個人情報保護強化のトレンドがそれを大幅に抑制してしまっているというのは、なんだか皮肉に感じます。
少し大きな話にはなりますが、情報銀行のような仕組みの整備が進められるなかで、御社のようなIDソリューションを提供するプレーヤーの立ち位置は今後どうなっていくとお考えでしょうか。
今井:大きな話ですね。情報銀行といえども、裏側ではIDでひも付けをしないと個人が特定できないと思うので、こういったインフラの裏側でIDを安全な形で統合し、共通IDに変換して提供するというのが我々の役目になってくるのかなぁと感じています。
高瀬:ありがとうございます。最後に、御社のようなIDソリューションを提供するベンダーが、今後デジタル広告のエコシステムの中で果たしていく役割を伺えますか。
今井:これまでのお話でお伝えしているように、活用できるデータを安全な形でしっかりと活用していただける環境を提供するというのが一番大事だと考えていて、その際に我々の中立性がポイントになってくると思います。また、もう一点重要なポイントはユーザーに選択権を渡す、つまりコンセントマネージメントだと思っています。LiveRampはそのソリューションも提供しています。
IAB Tech Labもオンラインユーザーの標準ID策定をDigiTrustで進めており、IDソリューションに対する注目度は高まっていると思うので、我々がエコシステムの中で果たせる役割というのも大きくなっていくでしょう。
高瀬:本日はどうもありがとうございました!
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