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『アナリティクス賢者訪問』連載の趣旨
アナリティクスに携わる人は多くいますが、それぞれに分析に対する考え方や思いは異なるもの。同連載は、アタラ合同会社コンサルタントの大友が、アナリティクス業界を牽引する著名な方々のもとを訪れ、それぞれの分析に対する考えや、魅力に感じる部分などをお聞きしています。
今回の賢者:株式会社クロス・フュージョンの衣袋宏美さん
第2回目は、株式会社クロス・フュージョンで代表取締役を務める、衣袋宏美さんにお話を伺いました。今回は、後編記事をお届けいたします。
ツールが進化するのではなく、ユーザーが使い方を考える時代に
大友:前回は、衣袋さんの経歴を紐解きながら、数字や分析に対する向き合い方を中心にお話を伺いました。今回は、少し未来の分析の話と、衣袋さんにとっての分析とは何かをお聞きできればと思います。
ここ数年、BIツールやダッシュボード作成の需要が増えてきていると感じています。そんな状況の中、Google アナリティクスの役割も徐々に変わってきているのではないかと思います。衣袋さんは、Google アナリティクスは今後どのように進化していくと思われますか?
衣袋:最近「アプリ+ウェブ」版という、思想自体が全く異なるバージョンはでてきたものの、従来のGoogle アナリティクスの機能自体はこの1年ほとんど進化していないと思います。では、そのGoogle アナリティクスがさらにリッチ化するのが良いのかというと、そうでもないだろうなというのが私の意見です。基本的にはもう十分だろうということです。
むしろ今後重要なのは、ローデータの活用でしょうね。複雑なことがしたいのであれば、ローデータからBigQueryに飛ばして、SQLで自分のやりたい集計、カスタムレポートを作ればいいのだと思います。そこまでハイエンドな集計が必要でない人は、ツールが標準で提供しているレポートや機能を使えば良い。
また、今まさに進んでいる部分で大切なのは様々なツールの「連携」活用だと思います。これからはGoogle アナリティクス、Google 広告、Google オプティマイズ、BigQueryと、様々なものが集約していく世界ですし、それによって色々なデータを繋げるといったことも容易にできるようになりました。そのため、まずはきちんとそれぞれのツールで正しいデータを取得し、望ましい集計がされるように設定すること、そして繋げてはいけないデータを連携して変な解釈をしないように気をつけることが大事です。
そもそもGoogle アナリティクス単体でもディメンションの組合わせによっては解釈不能なデータが出てくることすら知らないのに、違うツール同士で組み合わせてしまうなんて、目も当てられないです。だから今後は、ユーザーがより一層一つ一つのツールを正しく理解し、連携する場合の動作にも気をつけていく必要がある。ツール群をまとめて扱う難度は、むしろ高くなっていくと思います。我々コンサルティングを行う者は特に、どの組み合わせで変なものが出るのか、しっかりと気をつけないと土台が崩れてしまうと思います。
大友:ツールというよりは、人間側が気持ちを引き締める必要があるということですね。
衣袋:もしツール側にリクエストするとすれば、私が分析の型を称しているものに近いことを機械学習で自動で分析してくれるようになれば良いなと思います。
例えば分析の型の一つとして、集客とコンバージョンの掛け合わせなんかは皆が最初にやることだと思いますが、本当に手の回らない小さな企業などでは、リソース的にも知識的にもそれすらできない場合もあると思います。それを自動的に分析し、組み合わせによる差分を見て、優劣をつけ、優秀な方をおすすめするところまで担ってくれれば、当然成果は出ます。その程度のことは決められた分析の型どおりの集計レベルであり、技術的には可能で、Google アナリティクスの「インサイト」という機能でも、その程度のアウトプットをみることはできます。
しかし、所詮よく知られた分析の型通りの集計では、私達のレベルからすると当たり前のことしかアドバイスしてくれません。Google アナリティクスの「インサイト」という機能は多分、分析の型の集計レベルではなく、一応機械学習して自動的に賢くなる仕様だとは思いますが、なかなか思うようにはいかないのではないでしょうか。でも私や皆が知りたいのは、想像すらしていなかった何か、まさにインサイトだと思います。
大友:そうですね。
衣袋:また、リサーチでも分析でもそうですが、何かしらの目的があり、そのために分析があります。でもその目的は業種業態、企業によってポイントが異なる。そうすると、コンバージョンデータ(成功・不成功)を教師データとして機械学習させると口で簡単に言えても、ウェブサイトやビジネスの進化に応じて変わるポイントに対応するのは相当難しいと思います。セグメントをかけていくとどんどんデータ量も少なくなりますので、機械学習が得意とする大量データで賢くなっていくのとは相反するのが分析とも言えます。そのため一時期、分析も機械学習で自動化できる時代がすぐ来るのではと思ったのですが、最近は機械学習による分析と改善提案の自動化は、広告の最適化分野で自動化が進むようには簡単にはいかないのではないかと思い直しています。
日々変わる人間の行動理解を、探求しつづける旅
大友:ここまで色々な視点から衣袋さんの分析に対する考えをお聞きしてきましたが、改めて衣袋さんにとって分析とはどのようなものなのでしょうか?
衣袋:私にとって分析とは、人間の行動を理解するための礎です。それはリアルでもネットでも変わりません。例えば日経BPでメディアリサーチを行っていた時の話ですが、メディアリサーチは突き詰めれば良い記事を書く、また良い広告を売るためのデータ収集です。定期購読者の申し込みフォームやアンケートを集計するだけでも、読者の役職や年収、趣味趣向がつまびらかになり、一人一人の顔が見えてくるわけです。それをもとに広告営業をするから、良い広告が売れる。また、編集部が良い記事を書くために、読者は何を読んでいて、何が好きか嫌いかの調査も行いました。
インターネットの時代は、従来の広告とコンテンツに加えて、ユーザーが購買するまでの行動や口コミなどあらゆる人間行動の情報が瞬時にわかるようになりました。だから、これまでの30年間はリアルでもネットでも、ずっと人間の行動の理解のために分析を行ってきたと言えます。
大友:リアルであってもネットであっても、人間の行動を理解するというベースは変わらないということですね。
衣袋:リアルとネットの大きな違いと言えば、20~30年前は、例えば10万人が該当対象者になる調査を行う場合、その10万人から1000人をランダムに選んで、その人たちだけにアンケートで質問し、得られた回答の結果を100倍に拡大して10万人全体の状況を推計するという考え方でした。これがウェブサイトになると、全数調査が簡単に、安く、ほぼ全自動で実現可能になった。これが私の中では調査・分析の世界の大きなパラダイムシフトでした。ただ今はもう、これが当たり前じゃないですか。今の人にとっては、これが当たり前で昔のことを知らないから、このありがたみが分からないんじゃないかと思います。
大友:これは当時、相当な衝撃を受けられたのでしょうね。
衣袋:しかも、ネットの場合購買行動も含めてすべて繋がっているというのが素晴らしいです。ただ、人間の行動はテクノロジーの進化や外部環境の変化でもどんどん変化します。だから常に正解も変わる。その正解を見つける旅を続けることが、私には面白いのです。そもそも正解/不正解があるわけではなく、変化する行動原理があって、それは何だろうと主にデータから思いを巡らし続けるのが楽しいです。
私は数字の緻密さも好きですが、人間の奥底にある深層心理を学ぶことも好きです。それを知っていればデータの見方も変わってくると思います。
自分が心から面白いと思える仕事をしてほしい!
大友:現在分析の業務をされている方に、何かアドバイスはありますか?
衣袋:皆さん、分析結果をもとに成果を上げてお客さんの売上を増加させなきゃいけないなど、分析でもってやらなければいけないことはあると思いますし、それは頑張っていただきたいと思います。でもやはり基本は「面白い」と思えるところからスタートして、仕事を楽しんでほしい。やはり、面白いと思えることが大事だと思います。
大友:衣袋さん自身、分析を面白いと思えるからこそ探求の旅を続けていらっしゃるのだと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。ちなみに、同連載は今回インタビューさせていただいた方が「分析についての考えを聞いてみたい!」と思う方を教えていただき、私がインタビューに伺うという、リレー形式の連載になります。衣袋さんが、分析について聞いてみたい方はどなたでしょうか?
衣袋:株式会社ナンバーの渋谷泰一郎さんです。渋谷さんとは私がアナリティクス アソシエーションで各種セミナーを開催していた頃に知り合い、多分師匠の一人として仰いでもらっているのではないかという関係性です。現在は私も同社の顧問を務め、毎月お会いして話をしています。渋谷さんにもぜひアウトプットし、言語化してもらえればと思います。
大友:大変貴重なお話をありがとうございました。今回の対談で衣袋さんのご経歴から培ったもの、仕事との向き合い方、分析に対する考え方、業界展望など様々なお話を伺うことができました。
ご紹介いただきありがとうございました。次回もぜひお楽しみに!