Google ChromeによるサードパーティCookieのサポート廃止の実質的な中断が発表されたのを受け、より危機感を強めて対応を進めるマーケターがいる一方で、安堵するマーケターもいます。しかし、本当に安堵していてよいのか、引き続きサードパーティCookieに依存せずにマーケティング活動を行うべきなのか、今こそ考えるべきタイミングです。
2024年9月18日に開催された「Advertising Week Asia 2024」において行われたセッション「サードパーティCookieに依存しない世界を切り開く未来に向けて、今やるべきことは何か?」では、この現状に対して、今ある課題、そして今後の対応策や取り組み方について議論が行われました。その様子をレポートします。
登壇者
The Trade Desk Japan株式会社
Client Service, Lead Associate Account Director
服部和磨さん(モデレータ)
株式会社ベネッセホールディングス
Digital Innovation Partners デジタルマーケティング部 課長
大野皓平さん
株式会社Hakuhodo DY ONE
プランニング&テクノロジーデザイン本部 テクノロジー推進局 局長
鈴木智之さん
アタラ株式会社
代表取締役 CEO
杉原剛
目次
日本ではすでにCookieレスが相当進んでいる状況
今回の登壇者4名は全員、業務上Cookieの動向に関わっているという共通点がありつつ、立場はそれぞれ異なります。ベネッセホールディングス 大野さんは広告主でかつ、ホールディングスグループ横断のデジタルマーケティング関連担当、Hakuhodo DY ONE 鈴木さんは広告代理店のアドテクノロジー系部署の責任者、The Trade Desk Japan 服部さんはDSP事業者、アタラ 杉原はデジタル関連のコンサルタント会社、そしてインターネット広告業界のアナリストという立ち位置で、各方面から同じテーマを掘り下げるディスカッションとなりました。
さらに、4名に共通するのは、今回のGoogleの発表があったからといってCookieレスへの対策をストップすべきではない、安心している場合ではない、という危機感です。
Cookieレスによる影響は、広告ターゲティングや効果測定に及びます。
「今回の発表は、Googleによるうっちゃり、もしくは巴投げ。Googleにしてやられた!という印象です。Googleの新しいアプローチとしては、何らかのタイミングでユーザーがサードパーティCookieをオン、もしくはオフにできる、というものになるでしょう。一方で、ブラウザやOSのシェアから見ると、日本ではすでにCookieレスは相当進んでいます」(杉原)
特に日本では、iPhone利用者が7割近くを占めていることから、すでに7割のモバイルデバイスでCookieレスは進んでいる状況です。Googleによる「新しいアプローチ」が導入されると、全ブラウザの9割近くがCookieレスになるという予測もあります。
一方で、Googleはプライバシーサンドボックスの審査を行っている英国の競争・市場庁(CMA)当局との調整なしに、サードパーティCookie廃止に向けての対応を止められる状況にありません。
「つまり、対応するしか方法がないという状況だということです」(服部)
Cookieレスの世界でマーケターはどう対応していくべきか
こうした状況下において、Cookieに依存せずに進んでいくにはどうすればよいのか、登壇者4名で考えたという3ステップが紹介されました。それが、以下の「把握→整理→実行」の3ステップです。
ステップ1:把握する
まずは、Cookieレスの自社への影響範囲を把握するところがスタートです。マーケティングや経営戦略、Web広告への投資状況を確認し、ターゲティングや効果測定ができなくなることでの利益低下を試算し予測します。さらに、できなくなることの代替策を理解しておくことも把握のステップの中では重要です。データプライバシーについて、活用できるファーストパーティデータ、代替ソリューションについてなど、今後のステップに向けて把握しておきます。
このステップで分かった結果は、投資やコストにも絡み、結果として「経営戦略に直結する影響度の大きな話」(杉原)につながるものとなります。
実際、Cookieレスの影響が大きいリターゲティング投資対効果の現状把握を行ったというベネッセホールディングスでは「2019年から2023年にかけて、リターゲティング投資額は徐々に減少してきているものの、CPA(顧客獲得単価)の悪化が止まりません。2019年度と2023年度を比べると、CPAは166%に高騰しています。また、試算したところ、2019年と同じコンバージョンを2023年度にリターゲティングで獲得するならば、10億円以上の追加投資が必要ということも分かりました」(大野)
ステップ2:整理する
ステップ2の「整理」では「自社データの整理」と「プライバシー調整」がポイントになります。
自社データの整理とは、自社データとして何を保持していて、何を活用できるのかを整理することです。例えば、以下のようなデータが自社データとしてよく蓄積されていますが、その棚卸しが必要です。
会員情報(氏名/E-mail/電話番号など)
Web/APP 行動ログ
購入/申込/注文履歴
エンゲージメント(メールマガジンメルマガ/SNS/広告など)
定性調査(アンケートなど)
オンラインだけでなく、オフラインデータもあります。
「ベネッセはDMなどオフラインの施策が強い会社です。メールアドレスではなく郵送のDMでの利用が前提の個人情報取得が多い。例えばDM発送履歴というフラグがあり、そのフラグが立っているお客さまがどのような検討状況なのか、などイメージしながら、棚卸し・整理の際にどう活用するか考えて新たなフラグを立てることをしています」(大野)
また、データを活用するためには、プライバシーに関する調整も必要になります。法務部門、マーケディング部門、情報システム部門といった複数プレイヤーとの調整は避けて通ることはできません。クライアントとのプライバシー調整に携わることの多い鈴木さんによると、複数プレイヤーにわたる調整が必要ゆえに、半年以上という長期間を要することになるといいます。
「Cookieレスに関しては、まずマーケティング部門に相談します。しかし、マーケティング部門ではファーストパーティデータの利用可否や範囲を判断できないため、法務部門に確認を求めます。ここで行き詰まることも少なくありません。法務部門から承認が得られた場合、データのセキュリティの問題などを解決するために、情報システム部門やセキュリティ関連部門との調整が必要です。このプロセスには、早くて半年程度かかることが多く、非常に時間がかかります」(鈴木)
一方で、グローバルで見ると、プライバシー保護が日本以上に重要視されています。
「米国では50州、全てで個人情報保護に関連する法律が施行、または法案が提出、可決され始めています。データの保護は当然として、ユーザーがデータ削除を希望した場合に即時削除することが義務化されているケースが多い。今後、日本もここまで厳格化していく可能性も考えられます。企業は顧客がリスクを感じないよう最善を尽くすことが、国家から求められていくということでしょう」(杉原)
ステップ3:実行する
さて、各種整理が終了したら、3ステップ目は「実行する」です。このステップでは「ファーストパーティデータを収集しているか、そのデータは使える状態か」によって対応が分かれます。さらに活用方法として「ターゲティング」「効果測定」に分け、4象限の図に表現したのが下図になります。
Yes(ファーストパーティデータがあり、使用できる状態)に当てはまる場合、広告代理店としてクライアントにどのような対策を提案しているのかについては「ファーストパーティデータがあり、使用できる状態=ターゲティングができる、効果測定ができる状態です。ターゲティングでは、共通ID(確定ID、推定ID)やデータクリーンルームを用いたソリューションがすぐに使用でき、個人情報が必要なものとしては、カスタマーマッチやCDP基盤をそのまますぐに活用できます。効果測定についてもターゲティングでは、共通ID(特に確定ID)やデータクリーンルームが使用できます。一方、個人情報が必要なものとしては、タグやコンバージョンAPI(CAPI)、サーバーソリューションがコンバージョン計測の補完として活用できます」(鈴木)
一方、プラットフォーマーとしてThe Trade Deskでは、ファーストパーティデータを起点に構築する確定IDエコシステム「Unified ID 2.0 (UID2)」を提案するといいます。
「UID2は、セキュア、かつプライバシーセーフであるだけではなく、広告主にもパブリッシャーにもメリットがあります。また、確定IDを使うからこそ、複合的なクロスデバイス環境を実現できます。結果、パフォーマンス活用から新規リーチ獲得にまで活用できるのです」(服部)
UID2はLiveRampも使っている仕組みであり、SSP、パブリッシャー、DSP、データ・効果計測パートナーもどんどん増え、業界全体で広がってきています。
この取り組みに対して「パブリッシャー起点で、確定IDでマッチングする取り組みを強化していかなければ、広告主は動かないでしょう。広告主側からすると、プログラマティックが便利になりすぎて、自社の広告がどんな面に出ているか知らないことが多い。IDとIDをつながなければいけない状況なので、広告主も自社の広告が配信されている面のことを理解し、パブリッシャーと対話し、共通IDに対応していないパブリッシャーならば対応を呼びかけるなど、業界一丸となって取り組んでいかなければいけないと思います」(杉原)
ベネッセホールディングスのケース
Cookieレスに向け、新たなテクノロジーを使ってさまざまなトライをしているというベネッセホールディングスのケースについて、大野さんから紹介がありました。以下の表は、実施施策とそれに対する大野さんの所感です。
表を見た登壇者からは「厳しい評価だ」という声も上がりましたが、具体的に効果が出ているのはファーストパーティデータを活用した広告配信による施策だったとのこと。
「オフラインデータ、CRMデータも活用することによって、従来のリターゲティング施策に比べて大幅にパフォーマンスが改善しました」(大野)
また今後のCookieレスにむけた戦略としては「これまではオフラインのDMで認知を広げて、検討フェーズで切り口を変え、クロージングはWebで、という施策をとっていました。ただ、このままやっていても投資対効果が悪くなっていく一方です。これからは、自社のログデータと見込み顧客リストをひも付けた上で、認知からWebを活用するなど、オンラインとオフラインのミックスの形に向けて進んでいきたいと思っています」(大野)
最後には服部さんより「Cookieレスが進んでいくのは必然。明日からでもCookieレスに向けたアクションをぜひ取っていきましょう」という呼びかけで、セッションは終了しました。