デジタル広告において、プライバシー保護の意識が高まると同時に、サードパーティCookieの使用が制限されつつあります。Appleが推進するIntelligent Tracking Prevention(ITP)によってiOSデバイスではサードパーティCookieは廃止され、ファーストパーティCookieにも大幅な制限がかかっています。
GoogleもChromeブラウザにおいて、2025年にサードパーティCookieのサポートをオプトイン/オプトアウトする新しい仕組みを導入する予定です。このような動きにより、大きく依存してきたCookieベースの広告配信手法は見直されています。その中で改めて注目されているのが「アドレサビリティ(Addressability)」です。
端的に言えば、Cookieを使わずにデジタル広告を適切なターゲットに届けるための技術で、デジタル広告の効果を維持・向上させるための技術です。本記事では、Cookieレス時代におけるアドレサビリティの重要性とCookieレス時代の代替ソリューションをまとめて紹介します。
目次
アドレサビリティとは?
アドレサビリティは“address”からくる言葉です。addressは、名詞では「住所」、動詞では「〜を呼ぶ、〜に話しかける」という意味で使われますが、コンピューター用語でaddressableは「記憶装置上の特定の記憶位置にアドレスが付けてあり、その内容を参照できる」という意味で使われていたので、この意味に近いかもしれません。
デジタル広告文脈におけるアドレサビリティとは、特定のオーディエンスに対して、パーソナライズされた広告を配信するための技術を指します。簡単に言えば「誰にどの広告を見せるか」を効果的に管理・最適化する手法です。このアドレサビリティは、よりターゲットを絞ったデジタル広告配信を実現し、広告効果を高められる重要な技術です。
アドレサビリティ:精緻なターゲティングを実現する技術
デジタル広告の黎明期は、純広告が主流でマス広告と同じようにブロード(広範囲)にしか配信できませんでしたが、検索連動型広告や運用型広告と呼ばれるような、人や興味関心がある人に絞って広告を当てていく、ターゲティング広告の配信が可能になりました。
たとえば、広告主が「特定地域のM2層で、年収レベルが1000万円以上で、金融投資に興味がある人」というオーディエンスをターゲットにした商品のプロモーションを行う場合、適切なターゲティング技術があれば、効果的に指定されたオーディエンスにだけ広告を見せることができます。
これにより、広告主は、無駄な広告配信が削減され、広告効果も向上することが期待できます。消費者は、自分に関連性の高い広告を目にする機会が増え、ウェブサイトのユーザーエキスペリエンスも維持することができます。
以上の説明では「ターゲティング」という言葉に包含されてきましたが、アドレサビリティが実現されていなければ精緻なターゲティングはできないので、それを実現するための根底にある技術と思ってもらうといいでしょう。
アドレサビリティを担保! ポストCookie時代の代替ソリューション
Cookieの利用が制限されるなか、広告のアドレサビリティはますます求められます。その代替ソリューションとして注目されているものは、次のような技術や手法です。
しかしながら、アドレサビリティを担保する、単一ソリューションは存在せず、自社に必要なもの、実現したいことを考え、複数のソリューションを組み合わせていく必要があります。
1. デバイスID
スマートフォンやタブレットに割り当てられるユニークなIDで、特定のデバイスに向けたターゲティング広告に利用されます。これにより、ユーザーがアプリ内でどのような行動をとっているかを把握できます。
課題:AppleやGoogleが提供するデバイスID(IDFAやGAID)は、ユーザーが同意をした場合のみ追跡が許可されるため、同意のオプトイン/オプトアウト機能の導入が欠かせません。同一人物を特定したり、クロスデバイスでは精緻なターゲティングが難しくなったりすることがあります。
2. ファーストパーティデータ
企業自身が収集した顧客データで、会員登録時の情報や購入履歴が含まれます。たとえば、このデータをGoogleやFacebookなどの広告プラットフォームのデータと照合することで、データがマッチする既存顧客や、既存顧客に類似したような潜在顧客に対して拡張配信することができます。
課題:利用者から同意を得る必要があり、大量のファーストパーティデータを保有する企業は限られるため、一般的な企業では十分なデータ量を確保できない場合も考えられます。
3. 共通IDソリューション
プライバシーを重視した識別子(ハッシュ化されたメールアドレスや電話番号)を利用し、個人を特定せずに広告ターゲティングを実現します。
課題:各社独自で開発を進めているため、IDの標準化が進んでおらず運用コストが高くなる可能性があります。また、AppleやGoogleも独自ソリューションを推進しているため、共通IDが制限されるリスクも考えられ、競合企業間でデータ共有への抵抗感がぬぐえません。
4. コンテキスチュアル・ターゲティング
ユーザーの行動や属性に依存せず、コンテンツの内容に基づいて広告を表示します。たとえば、ユーザーがスポーツ関連の記事を読んでいる場合、スポーツ用品の広告を表示するなど、ページの文脈に応じた広告配信が可能です。
課題:ユーザー行動に基づくターゲティングが難しく、広告の効果が以前に比べて低下する可能性もあり、広告枠の競争が過熱し出稿金額が高騰する恐れもあります。
5. データクリーンルーム
個人を特定できる情報(PII)を公開することがない安全なデータ環境で、広告主やパブリッシャーがデータを照合できます。広告ターゲティングし、詳細な広告効果の分析ができます。
課題:プラットフォーム間で仕様が異なるため、データ統合や相互運用に課題があり、導入には専門知識が必要です。
6. ペルソナ・ターゲティング
大量のコンテクストデータ、セマンティックデータ、入札リクエストデータ、キャンペーンパフォーマンスデータとプレースメントレベルで取得された消費者アンケートデータを組み合わせたデータセットをAIにかけて細かいペルソナを作成し、広告ターゲティングに活用します。
課題:特徴的な属性や行動においては、ターゲティング精度の向上が期待できますが、潜在顧客を見逃すリスクもあります。データが不完全な場合は、期待したターゲティング精度が達成されない場合もあります。
7. CDP
高機能なCDPは、ウェブサイト、モバイルアプリ、CRMシステム、オフラインデータなど、さまざまなソースからデータを集約し、顧客プロファイルを作成します。この顧客プロファイルで、データを安全に管理しながら、パーソナライズされた広告を配信することができます。
課題:システムが異なるデータを統合する難易度が高く、個人情報の同意取得や管理に注意が求められます。導入や運用に費用がかかり、定期的なデータクレンジングや運用者の育成も求められます。
8. プライバシー・サンドボックス
Googleが提案する新しい技術的な仕組みで、ユーザーのプライバシーを保護しながら、広告主が効果的な広告配信を行うための方法です。インタレストベース広告、リターゲティング広告、レポーティング/アトリビューションを担う機能が発表されています。
課題:Googleが主導しているため他のブラウザではサポートされるか不明です。ターゲティング精度の低下や広告主側の適用負荷が高くなる可能性も考えられます。
AIと機械学習の活用:
たとえば、購買データをAIや機械学習にかけることで、識別子などを使わなくても広告ターゲティングを実現するような新しいテクノロジーが続々と出現しています。今後も新しいソリューションが世に出てくると予想されます。
アドレサビリティとプライバシー保護のバランス
アドレサビリティ技術が進化し、さまざまな選択肢から選べるようになりましたが、プライバシー保護をより一層意識する必要が出てきています。たとえば、EUのGDPR(一般データ保護規則)や米国カリフォルニア州のCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)、日本の改正個人情報保護法といった規制はすでに存在し、ユーザーの同意を明示的に得た上で、データを利用することや、第三者提供することが義務付けられています。
さらにここ最近、米国などでは週単位の個人情報保護法が軒並み可決しており、データ利用についての同意のみならず、データ削除に迅速に対応することなども厳密に規定されていて、企業のマーケターは対応に追われています。
データを利用する上で、ユーザーの同意が取られていなかったり、濫用、不適切な利用が広まってしまったら、場合によってはデータ活用自体、できなくなる未来がくる可能性もゼロではないのです。
今後も、アドレサビリティの発展と並行して、いかにプライバシーを尊重しながらデータを活用していくかも、大きなテーマとなり続けると思われます。ユーザーを第一に考えつつも、効果的な広告配信を実現するための戦略的な取り組みが求められます。
今回取り上げたアドレサビリティ技術の中で、特に新しいものに関しては、ソリューション提供各社へ取材し、本コラムでも取り上げる予定です。ぜひお楽しみに。
※本記事は「Web担当者Forum」の連載「杉原剛のデジタル・パースペクティブ」からの転載です。