日本のリテールメディア市場は活況を呈してきましたが、時折「コマースメディア」という言葉も耳にするようになりました。リテールメディアの別の言い方? と思われる方もいるかもしれません。コマースメディアは、海外ではリテールメディアと同じくらいのスピードで増えており、企業の最先端のデジタルの取り組みとして注目されています。
今回のコラムでは、コマースメディアとは何か、リテールメディアとどう違うのかを解説します。
リテールメディアとは?
リテールメディアとは「リテール = 小売業者」「メディア = 媒体」を組み合わせた造語で、小売業者を主体とした、顧客と接点を持つメディアまたはプラットフォームのことです。
リテールメディア上で実施可能な施策は大きく分けて2つあります。
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- 小売業者が保有するECサイト、アプリ、店舗サイネージなどのオウンドメディアに広告を出稿できる「オンサイト広告/オンサイト配信」
- 小売業者が保有するデータを活用し、Google 広告など外部の広告プラットフォームに広告配信することができる「オフサイト広告/オフサイト配信」
また、属性情報や購買・行動履歴を精緻なターゲティングに活用し、広告アクションから購買、さらにはライフタイムバリューの把握までを会員IDを中心に行うことができます。
そして、その結果をキャンペーン最適化に繰り返し活用し、目標に近づけることができる、いわゆる「クローズドループ測定」ができることもリテールメディアの特長の一つです。
海外ではウォルマートが展開するウォルマートコネクト(Walmart Connect)が有名ですが、日本でも「楽天市場などのEC専業」「ツルハドラッグやマツモトキヨシなどのドラッグストア」「セブン‐イレブンやファミリーマートなどのコンビニエンスストア」「イオンネクストやイトーヨーカ堂などのスーパーマーケット/GMS(General Merchandise Store)」「ヤマダ電機などの家電量販店」が先行してリテールメディアに着手しています。
コマースメディアとは?
一方、コマースメディアは、リテールメディアをモデルにしてさらに拡張したものです。
コマースメディアとは、「コマース = 商取引(が発生する業者)」「メディア = 媒体」を組み合わせた言葉です。つまり、小売業者以外でも、会員情報や購買履歴などのファーストパーティデータを多く保有している企業は、小売業者がリテールメディアを構築したように、コマースメディアを構築し、広告を事業とすることができます。
コマースメディアもリテールメディアも精緻なターゲティングやクローズドループ測定ができる点は共通していますが、コマースメディアは「オープンインターネット」のコンセプトに従い、ブランドはプログラマティックにインターネット全体に広告を配信できます。
リテールメディアは、主に小売業者のオウンドメディアを通じて収集したファーストパーティデータに限定するのに対し、コマースメディアは他のパブリッシャーや広告主のファーストパーティデータやシグナルを加えます。
コマースメディア | リテールメディア | |
対応業種 | 対応業種 金融、旅行、IT、サービスなど幅広く対応 | 小売に特化 |
ファーストパーティデータ | 企業が保有する大規模なファーストパーティコマースデータを活用。また他のパブリッシャーや広告主のファーストパーティデータやシグナルを加える | 主に小売業者のオウンドメディアを通じて収集されたファーストパーティコマースデータに限定する |
クローズドループ測定 | 可 | 可 |
オープンインターネットへの対応 | 可 | △オフライン配信で提供する企業もある |
最新の例としては、2024年6月、航空大手のユナイテッド航空が発表したメディアネットワーク「Kinective Media」が挙げられます。発表資料によると、活用するデータは、次の通り。
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- ユナイテッドモバイルアプリのデータ:iOSおよびAndroidの合計ダウンロード数は1億1,000万を超え、月間セッション数は約1億
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- ユナイテッド航空のマイレージプログラム、マイレージプラス(MileagePlus)のデータ
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- ユナイテッド航空の機内エンターテイメントシステム(座席背もたれに設置された約10万台のスクリーンを含む)のユーザーデータ
となっており、広告主はこれらのユナイテッド航空のデータを使用して匿名化された視聴者セグメントを作成し、ユナイテッドのモバイルアプリ、機内エンターテイメントスクリーンシステム、ユナイテッド空港ラウンジ、空港サイネージなどでリーチできます。
平均飛行時間に基づくと、旅行者1人当たり3.5時間の視聴が可能ということですので、没入感の中での広告視聴も可能ですし、ファーストクラスやビジネスクラスの旅客をターゲットとした富裕層マーケティングにも活用できそうです。
その他、金融業界ではチェース銀行、ホテル業界ではマリオットホテル、タクシーやデリバリー業界ではウーバー、企業会計ソフトウェアのインテュイットなど、さまざまな業界から新しいアドネットワークが立ち上がっています。日本ではNTTドコモのドコモ アドネットワークが代表例です。
コマースメディアは概念的にはリテールメディアを包含しつつ、さらに業種的にも機能的にも発展させた形といってもよいでしょう。
誰もがアドネットワークの時代。しかし、構築や維持にはチャレンジも
コマースメディアはリテールメディア同様、簡単ではありません。構築には高度なデジタルシステムやデジタル広告の専門知識が必須ですし、専門の営業や運用管理チームも必要です。
構築するだけでなく、組織を横断して取り組んだり、収益化したりするまでに時間を要するため、経営層がこのビジネスを成長させることにフルコミットすることも求められます。
それでも優良なデータを大量に保有する企業にとって、コマースメディアは魅力的な新規ビジネスになりうる取り組みです。特に米国を中心とした海外では「Everyone is ad network」と半ばやゆされるほど、コマースメディア、リテールメディアが増殖している状況です。当面このトレンドは続くと思われますし、日本でも同様にコマースメディアが今後も出てくるのではないでしょうか。
広告主としては出稿する場が増えるのはよいことですが、数多くのメディアの中から自身のゴールに合ったものを選定し、効率的に運用する能力が求められます。新しいコマースメディア、リテールメディアが出現した際に、そういった視点を持ってみてはどうでしょうか。
※本記事は「Web担当者Forum」の連載「杉原剛のデジタル・パースペクティブ」からの転載です。