次世代クリエイティブ人材とは:クリエイティブと向き合う 第3回:電通デジタル 田中寿さん、和田純一さんに聞く

クリエイティブと向き合う第三回

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各広告プラットフォームにおける機械学習の活用が進んだ結果、これまで広告運用者が調整していた「入札」や「ターゲティング」の自動化が標準的なものとなっています。

一方で、広告の「クリエイティブ」に関しては、レスポンシブフォーマットが主流となってはいるものの、アセットそのものの自動生成は過渡期にあり、入札やターゲティングと比較するとコントロールできる余地が大きい領域です。それは、クリエイティブが広告パフォーマンスに与える影響が相対的に大きくなっていることを意味します。

第3回となる今回は、株式会社電通デジタルにおいて2023年6月、DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYを設立された、株式会社電通デジタルの田中寿さん、和田純一さんに「アカデミー立ち上げへの思い」と「次世代クリエイティブ人材」について、お話を伺いました。

話し手:
株式会社電通デジタル
CR領域執行役員
田中寿さん

株式会社電通デジタル
エクスペリエンステクノロジー部門 部門長
和田純一さん

聞き手:
アタラ合同会社
マネージャー/コンサルタント
高瀬優

クリエイティブの基礎技術を伝えるDENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY

高瀬:まず自己紹介をお願いします。

田中:株式会社電通に入社後、メディア局、営業局、クリエーティブ局、電通デジタルCR領域管掌など、さまざまなポジションを経験してきました。2023年1月からは、電通CXCC局からの出向で、株式会社電通デジタルのクリエイティブの領域執行役員を務めています。

和田:ネット専業広告会社に入社し、Webサイトの構築・運用のプロジェクトマネジメントや、Google Analyticsなどを活用したアクセス解析コンサルティング業務を行っていました。2014年に株式会社ネクステッジ電通(現・株式会社電通デジタル)に移籍し、2016年にアドバンストクリエイティブセンターの立ち上げへ参画、ダイレクトクリエイティブのプランニングからPDCA、AIを活用したクリエイティブソシューションの開発などを担当しました。2021年にアドバンストクリエイティブセンターのセンター長に就任しています。

高瀬:ありがとうございます。最近、御社はDENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYを設立されましたが、その背景を、まず伺えればと思います。

田中:2023年の1月1日に私が電通から電通デジタルに出向経営で赴任し、クリエイティブ領域の担当になりました。電通デジタルは、まだ8年目の若い会社で、クリエイティブで一番長い社員でも新卒1期の社員は30歳と若く、中途採用の社員を除くと、クリエイティブディレクターでも経験は8年以下なんです。彼らに、きちんと基礎技術を伝えたいと思い、まず電通デジタルにおけるクリエイティブの学校として、DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYを設立しました。

DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY

DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY のロゴ。

 

実は、電通でも、そうした学校はなく、師匠の背中を見て覚えるような、属人的な方法で育成を行っていました。僕が電通にいたときにも、師匠や周りの人から技術を盗まなくちゃいけない、というプレッシャーに非常に苦しみ、不安にさいなまれながら1~2年ほど鳴かず飛ばずでクリエイティブをやっていたので、そうした不安をなくしてあげたい、という気持ちもありました。

電通デジタルは「デジタル」という名前を背負っていることもあり、クリエイティブの技術をできるだけ型化して、短時間で多くの人に伝えたいと思いました。そこで、単純に学校をつくるのではなく、クラスを新入社員向けの「ENTRY CLASS」から「BASIC CLASS」「EXPERT CLASS」、少数精鋭の「ADVANCED CLASS」の四段階に分けました。Webで見られる技術習得の動画講座を提供する他、一番上のADVANCED CLASSでは外部から講師を招いて講座を行ったり、クライアントを2社ほどピックアップし、実際に提案する研修などを行っています。現在、設立一年目ですが、広告賞やアワードの受賞もかなり増えています。来年、再来年と結果につながっていくといいな、と思っています。

高瀬:ありがとうございます。電通にも、そのような学校がなかったというのは意外でした。

田中:選ばれた一部の人が、さまざまなジャンルを学ぶ外部講習型の取り組みはありますが、クリエイティブに特化した全社を横断する講座はありません。組織の研修としての取り組みを見える化していきたい、という思いが、DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYの始まりですね。

参加資格は広く、クリエイティブの素養がある社員

高瀬:DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYの対象になるのは、クリエイティブ領域の社員の方々なんでしょうか。

田中:クリエイティブの素養があれば対象になります。僕は、もともと電通の媒体局の所属で、その後に営業局を経て、クリエイティブに移りました。媒体局、営業局のときは、それなりに頑張ってはいましたが、成果としては、それほどでもなかった。そのときは自分の才能が、まさかクリエイティブにあるとは思ってもいなかったんですよね。僕に限らず、そういう社員って少なからずいると思うんです。もちろん、適材適所で人員配置をしますが、やはり把握しきれていない才能もありますから、できるだけ多くの人に機会を与えたいと考えています。

例えば、一番上のADVANCED CLASSは、新入社員以上、部長以下が対象で、メディア部門など他の部門の社員も受けられるようになっています。また、EXPERT CLASSは職種別で、すでにクリエイティブ領域の社員が対象です。逆に、一番下のENTRY CLASSはオープンで、オンライン開催なので誰でも受けられるようになっていて、クリエイティブ領域だけに閉じてはいません。一部、閉じたクラスも設けながら、門戸を開いている、といった形をとっています。

電通デジタル 田中さん

電通デジタル 田中さん

 

高瀬:デジタル広告領域でも、ターゲティングや入札部分などでは前々から自動化が進んでいて、直近では、クリエイティブが今まで以上に注目されはじめている、というのが、DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY設立の背景の一つでもあると思うんですが、実際に、社内での反響はどうでしたか。広告運用者にとって、今後は、よりクリエイティブの知識が必要になってくると考える方も多いと思うのですが、そうした方からすると非常に興味深いプログラムなので、大きな反響があったのではないでしょうか。

田中:電通デジタルは現在、全社員で2500名ほど、クリエイティブ領域に550名ほどが所属しているのですが、200名以上が聴講しています。さらに、上長のパーミッションを取りながら試験を受ける必要がある、最も難しいADVANCED CLASSにチャレンジしている社員が約半数の90名ほどです。実際に選ばれた社員の中にはプラットフォーム部門出身の社員も5、6名いて、最終的に30名くらいに絞りましたが、かなりの反響がありました。

「クリエイティブ力」とはアウトプットの軸となる課題解決のアイデアを生む力

高瀬:DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY設立のプレスリリースの中で、何度か「クリエイティブ力」という言葉が使われていました。クリエイティブ力とは、どういうものだとお考えですか。

※参考サイト

田中:クリエイティブ力は、いわゆる英語の「クリエイティビティ」の意味合いです。創造性とか、創造力といった訳になると思います。

全ての広告活動・マーケティング活動というのは、クライアント企業に課題があり、さらに、その課題の手前にはインサイトがあり、そこにアイデアを当てなければならない。クリエイティブは、そのアイデアを考える諸作業だと思うんですが、この作業は、デジタルマーケティングの領域だろうが、マス広告の領域だろうが、変わりません。例えば、医者の仕事も一緒で、問題があって、病状があって、それに対して患者が抱えている課題があって、処方箋がある。全部一緒なんです。

こうしたクリエイティブシンキングは、デジタル領域にも非常にフィットしますし、今、すごいスピードで進化している効率化も、突き詰めていくと、最後は内容が重要になってくると思っています。効率化と同等の重要度で、内容、質の話が時代とともに迫ってきていると感じます。

クリエイティブ力を一言で言うと「課題を解決できるアイデアを生みだせる力」です。課題の対処法が決まっているものに関しては、引き出しから「はい、これ」って出せばいいんですが、課題って、さまざまじゃないですか。解決方法が複数パターンある場合に、アイデアをもって、それを解決できることが、僕はクリエイティビティだと思っています。

先日、あるコンサルタントと話したのですが、コンサルタントの方は課題に対しての正解というか、正しい当たり前を当てにいくのが、うまいんです。ただ、それにすら効果がない場合が、やはりあります。対応方法が正しいのであれば、最終的にクライアント企業にやってもらえばいいんですよね。

しかし、必ずしも、そうはいかないときがあります。その場合に、課題に対するインサイト、要は、対象者や市場の本音を見抜いて、それを効果的に突いてあげることによって変化を生む、というところがクリエイティビティです。その変化を生む方法として、逆転の発想だったり、置き換えの発想だったり、目的の変更だったり、いろんな技術を使って、普通では出ない回答を見い出す。「1+1=2」が当たり前のところを「1+1=いろいろ」というように、答えをいくつも提示してあげるのが、僕はクリエイティブ力だと思っています。

高瀬:かなり奥が深い話ですね。一般的に「クリエイティブ」というと、アウトプットの制作物そのものにフォーカスしてしまいがちですが、そのアウトプットの軸になる課題解決のアイデアを出せる力がクリエイティブ力だ、という明瞭な説明には、すごく納得できました。

田中:ありがとうございます。まさに、それが言いたかったんですよ。思い付きのアイデアや、広告的なおしゃれ、かっこいい、かわいい、といった制作物のアウトプット寄りの考えの人が多いせいで、みんな自信が持てなくなってしまうんです。自分は美大や芸大出身じゃない、みたいに。

でも、それはアートディレクターという職種の人の仕事です。クリエイティブに関していうと、課題をアイデアで解決することがメインの仕事で、課題をちゃんと把握できて、アイデアを当てる技術があれば、別に美大、芸大出身じゃなくても、クリエイターになれると僕は思っています。

必要なのはセンスよりも本質を見抜く力

高瀬:和田さんは、いかがですか。

和田:電通のクリエイターを見ていると、本質を見抜く力、本質を掘る力が、すごい。いきなりアイデアから考えずに、まず本質を考え抜かないと、アイデアって輝かない。だから、その本質を掘る力が重要だと思うんです。僕は、本質を掘る力とアイデアを出す力、この両方がクリエイティブ力だと思っています。この力を、みんなにつけてもらいたい、というのが僕の中ではDENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY設立の意義です。

電通デジタル 和田さん

電通デジタル 和田さん

田中:日本の歴代のクリエイターが、いろんな語り口でしゃべってきていますよね。やはり本質を見抜く力は大事です。

コンサルの方々は、これを「ジョブを整理する」というらしいんですが、僕らの言葉でいくと「本質を見抜く力」なんだと思います。大きく違うのは、僕らはアイデアも生まなくちゃいけない点です。そして、その「本質」がずれていると、アイデアも全部ずれちゃうんですよ。

先ほど、医者の仕事に近いと話しましたが、例えば、患者が「頭が痛い」といっても、なぜ頭が痛いのか本質を見なくちゃいけないですよね。ゲームのしすぎなのか、飲みすぎなのか、片頭痛なのか、遺伝なのか、それが分からないと出せる薬、つまり、アイデアが違うし、渡せる処方箋が違うと思うんです。やはり、活躍できる一流のクリエイターは、その本質を見抜く力が高い。

高瀬:和田さんがおっしゃる「本質を掘る力」は、課題自体を正しく抽出するところも含めて大事ということですね。

和田:そうです。かなり掘っていかないと、本質には、たどり着かないんですよね。

高瀬:課題の本質を深掘りして、正しく抽出しないと、当てるアイデアも違ってきてしまうので、本質を掘る力とアイデアを出す力の両輪が必要だと。

和田:はい。両輪が重要ですね。

高瀬:ありがとうございます。クリエイティブというと、アウトプットの制作物そのものにフォーカスされがち、という話もありましたが、もう一つ考えてしまうのが、いわゆるセンスの部分ですよね。クリエイティブの仕事と聞いたときに「自分にはそのセンスがないから」と遠ざけてしまう人もいると思います。クリエイティブ力を「課題解決のためのアイデアを生む力」だと定義すると、大事なのはセンスではなく、誰にでもポテンシャルがあるといえるのは、すごいですね。

田中:そうだと思います。センスというのは、本質を見抜いてから、アイデアを当てる作業が早い人です。ぱっと状況を理解して、ぱっとアイデアが浮かぶ、その判断が速い人が、センスがある人なんだと思います。逆に言えば、誰でもプロセスを踏むことで、ちゃんと近いところまで持っていけるんです。もちろん、最終的に、職人でいう手技感に近い部分もありますが、僕たちは、誰もがクリエイティブ力を身につけられると信じて、DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYをやっています。

次世代クリエイティブ人材に必要なのはアイデア力、テクノロジー力、チャレンジ精神

高瀬:DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMY設立のプレスリリースに書かれていた「次世代クリエイティブ人材」について、求められるスキルセットとマインドセットの具体例があれば聞かせていただけますか。

田中:僕からすれば、次世代クリエイティブディレクターは和田なんですよね。

和田:いえいえ。

田中:あくまで目標値ですが、次世代クリエイティブ人材とは何かというと、例えば今だと、AIチャットのプロンプトが書けるか、画像生成ソフトが使えるか、メタバースの知見があるか、あるいは、縦型動画のInstagramやFacebook、Xなど、いろいろな媒体に関する知識があるか、というように引き出しが多いことは、まず大切です。その上で、先ほどの医者の例でいうと、症状を聞いたときに、西洋医学だけではなく東洋医学もあわせた、さまざまなジャンルの知識の引き出しから処方箋が出せる、というのが、僕は次世代クリエイティブ人材だと思っています。

電通は、テレビCMのコンテ割りやコピーライト開発、上流でのコピーライティングやマーケティングといった、いわゆる4マス(新聞・雑誌・テレビ・ラジオの4媒体)を得意としていましたし、電通デジタルは、ボトムファネル(購入後の顧客の行動を表したファネル)を得意していました。次世代クリエイティブ人材とは、デュアルファネルでの上流・下流というような分け方だけではなく、どこの課題にも対応できるような人のことです。病院でいえば、救急科でしょうか。

デュアルファネル

デュアルファネル。認知から購買までの新規顧客獲得のファネルと、一度購買した後の既存顧客を管理するファネルを合わせたファネルのこと。

画像引用元:https://www.dentsudigital.co.jp/services/communication/xp/dual_funnel_creative

 

和田:ああ、なるほど。

田中:分からない範囲がない、というイメージです。だから、電通はデジタルを学ぶべきだし、電通デジタルは本質を見抜く力をつける、というように、今は電通グループ全体でクリエイティビティを上げている最中ですね。

高瀬:マインドセットとしては、どのようなものが求められますか。

田中:どんな課題やクライアント企業でも、苦手反応なく受け取れる、より好みをしない、マインドでしょうか。昔かたぎのクリエイティブディレクターの方は、やりたい範囲、解決したい課題が偏っている傾向があります。ただ、世の中にも、いろいろな課題があるので、幅広く対応できるマインドセットは重要です。救急科のようなマインドですね。

和田:あとは、なんでもやるために、チャレンジ精神が必要じゃないでしょうか。

田中:そうですね。テクノロジーのような新しいものも恐れず受け入れ、さらに新しいものを生んでいく、チャレンジ精神は必要だと思います。

高瀬:かなりハイパー人材ですよね、次世代クリエイティブ人材、なかなかハードルが高そうです。

和田:僕自身も全然できてないですし、そこまでやれる人材は、なかなかいませんが、育成の三本柱として掲げているのが、先ほどお話ししたアイデア力、テクノロジー力、チャレンジ精神です。DENTSU DIGITAL CREATIVE ACADEMYは、これを育てるためにやっています。「本質を掘る力」と「アイデアを出す力」を内包するのが、アイデア力です。

高瀬:課題解決のためのアイデア力を豊かにしていくために、日頃から意識するといいことなどありますか。

田中:これは僕の言葉だけではなくて、いろいろな人が言っているのですが「アーカイブ力」。過去の引き出しです。例えば、医者は、さまざまな世界中の事例や症例を読みますよね。やはり、それがないと自分が出す処方箋が正しいか、正しくないかの基準が持てません。同じように、僕が日々行っているのは、例えば、Aという仕事をもらったら、そのヒストリーやアーカイブなど周辺分野を詳細に調べることです。そうすることで、初めて本質が見えてくる。

高瀬:アイデア力という言葉だけにとらわれると、ゼロイチで何かつくらなきゃいけないのかな、という印象があるんですが、まずはベースになる、いろいろな引き出しを持った上で、ゼロイチに取り組むことが大切ということですね。

田中:おっしゃるとおりですね。まねないために学ぶ、という考えです。まねないために過去の例を見て、まねないからこそゼロからイチにできる、ということですね。

高瀬:素晴らしい。そうですよね。過去の例を知らないでゼロイチをつくったと思ったら、実は、すでに過去にあった、という。

田中:ありますよね。

高瀬:なるほど。参考になります。

アタラ 高瀬

アタラ 高瀬

 

課題解決の良いアイデアを生み出す“後輩プランナー”として、AIを積極的に使う

高瀬:御社では人材を育てる取り組みの一方で、人に頼らない生成AIにも力を入れていますが、今後どのように共存していくのか、見解をお聞かせいただけますか。

田中:今は変革の時代だと思っています。もちろん、こうした変化は過去にもたくさんあり、ラジオがあって、新聞があって、テレビが出てきて、インターネットが出てきて、衛星テレビやインターネット局、メタバースが出てきて、AIも、そのうちの一つの変化だと思っています。次世代クリエイティブ人材と名乗る以上は、AIとも上手に付き合う必要があります。

ただ、クリエイティブ領域から見るAIは、あくまで課題解決のための一つのツールです。タイムパフォーマンス的な要素に限らず、より面白いアイデアを生むためにAIが必要であれば使う、というスタンスです。医者でいえば薬の一つのようなもので、新薬が出たときに、それが分からないから使えない、ではなく、持ち手の一つとして使えるようにしておく。それと同じように、クリエイティブ領域でもきちんとAIと向き合っていきたいと思います。AIを使うことで、これまではできなかった課題にも対応できるようにもなったので、うまく付き合って有効活用していきたいです。

和田:電通デジタルでは、無限に人の可能性を拡張したいという思いで「∞AI(ムゲンエーアイ)」というサービスをつくっているのですが、田中と話している中で「人×AI」だから無限なのであって、もし人のほうがゼロだったら掛けてもゼロだよね、という話になったんです。AIはツールなので、使う側の人をどんどん育成してスキルアップさせていかなくちゃいけない。そのためにも、人材育成とAIという両極に取り組んでいます。

高瀬:クリエイティブにおいては、課題解決のためのアイデアを生む力がクリエイティブ力、という定義でしたが、そのアイデアをもって実際のアウトプットをつくっていく領域でAIをツールとしてうまく使っていく、といったイメージでしょうか。

和田:はい。アウトプットをつくる以外に、AIはアイデア出しにも役に立ちます。人間の脳は考えられる量が決まっていて、疲れもするし限界がありますが、そこをAIがサポートするんです。AIが、とんでもないことを言うから思い付くアイデアや気付きがある。もちろん、人間が考えていないとAIが出してくれた、いいアイデアに気づけず見逃してしまうので、両者が欠かせません。AIは、アイデア出しとアウトプットの両方で使えると思っています。

田中:実際に最近では、AIを企画の準備やサポートで使うことが多くなってきています。非常にアナログな言い方ですが、自分がクリエイティブディレクターで、非常に優秀で実直な後輩プランナーを持ったような感覚です。

クリエイティブディレクターがアイデア出しで最初に悩むのは、どのインサイトに寄り添うかという点です。課題は一つでも、クライアント企業や顧客によってインサイトがいくつかあるときに、AIがどういうインサイトがあるかを取りこぼしなく出してくれるんです。人と違って、抜けがない点がよいですね。

和田:そうですね。

田中:インサイトを決めた後、クリエイティブディレクターはコピーライターに「このインサイトの切り口で、五つぐらいコピーのアイデア考えてきて」みたいな振り方をします。それをAIに任せる。アウトプットとしてはまだまだですが、出てきた案をベースに磨いたりすることもあります。

高瀬:課題解決の良いアイデアを生み出すためには、積極的にAIを使ったほうがよい、ということですね。

田中:そうですね。さっきのアーカイブに似ていると思います。アーカイブを否定する人って「まねてしまうから」という理屈が多いんですが、それはもう古い。まねないためにもAIの答えを聞いておくべきだと思うんですよね。なるほど、機械はこう考えるんだなと。それを分かった上で答えを出すという点では、アーカイブと同じです。つまり、AIの活用はアーカイブが増えたと捉えられます。今後はコンペなどでも事前にAIに聞いて出すのが当たり前と考えないと駄目ですよね。

高瀬:そうですね。

田中:AIを使うという前提がある上での勝負だと考えています。

高瀬:いいアイデアを生み出すためのアーカイブとしてのAI活用についてお話しいただきましたが、一方で、現在の風潮やトレンドの部分については、AIではキャッチアップが遅れてしまう気がしています。そこを敏感に感じ取る感覚も、次世代クリエイティブ人材の大事な素養としてあるのかなと思うのですが。

田中:おっしゃるとおりですね。

和田:そこは、まさに人間側がやるべきことですよね。これからは分かりませんが、今はまだ、人間側がやるべきこととして、そこが残っている。

田中:AIってひと言で言うと、過去の歴史、統計だと思うんです。過去を知って未来をつくるので、両方大事ですし、AIでデータが取れてない部分は、今この瞬間を生きている僕らが付加していく必要があると思っています。

生成AIで生み出せるクリエイティブ、生み出せないクリエイティブ

高瀬:今のお話にも通じるのですが、生成AIで生み出せるクリエイティブと生み出せないクリエイティブについては、どのようなものがありますか。

田中:AIは、やはり感情をつかさどる部分が弱いと思います。もちろん、感情を表すようにプロンプトを打つと、悲しい、楽しい、といったものは出てきます。しかし、自動で画像や動画を生成したときに、言葉に対しての絵や動画という認識をするので、どうしても全体を通した感情の抑揚などは苦手だと感じます。例えば、悲しい感情の場合では、全部が泣ける感じになってしまう。「やきもち」「ジェラシー」のような難しい感情や「フェロモン」や「おいしそう」といった五感的な要素も苦手です。情感や行間の表現が苦手なのかなと思います。

高瀬:確かに、そうかもしれませんね。

田中:今の画像生成系AIツールだと、全てワンカットずつになっちゃうんですよね。トータルの指示を読み込んで、その上で各カットに、どれくらい味付けするかの配分が結構、難しいんです。

高瀬:いかに感情に訴えるかという部分は、人が本能的に持っているものというか。

田中:そうですね。

高瀬:感情に訴えるためのテクニカル面にしても、細かな調整の部分はAIには難しいということでしょうか。

田中:そうですね。モメンタムを捉えること、人の感情や五感的なもの、あとは、フィーリングといったものが難しいですね。

高瀬:和田さんは、どのようにお考えですか。

和田:僕も、そこは一緒で、やはり本当の意味での心が揺さぶられるクリエイティブは、まだまだAIでは難しいんじゃないかと思っています。

これは、いろいろなところで話しているんですが、将棋の藤井聡太さんの話です。将棋も強さだけであれば、AIのほうが強いんですよね。しかし、棋士の魅力って強さだけではないから、藤井聡太さんが、あんなに騒がれるわけです。そもそも本当の意味で、何に心を揺さぶられているのか、といった話が、クリエイティビティにつながるのだと思っています。

人が最後に情熱を込めてつくったものに、人は本当に心を揺さぶられる。本質的な魅力がアウトプットにも出てくるのだと思います。AIと協業してつくったものであっても、それは同じだと思います。

田中:最近、CMのメイキングって多くないですか。

高瀬:確かに、多いです。

田中:でも、AIってメイキングがないんですよ。プロンプトだけなんです。でも、最近メイキング、つまり「こうやって、ああやって、これだけ頑張って撮った」というようなものが多い。そこに答えがあると思うんです。

人は、不完全な過程を楽しむんですよね。ゴール自体もうれしいんだけど、マラソンと一緒で過程があってのゴールが楽しいんです。だから、AIのデメリットは、間違える過程がないことじゃないでしょうか。正解しか出せないから、ハッピーエンドを迎える前の憂いを持てない。

高瀬:確かにドキュメンタリーなどを見ていると、ドラマがあって引き付けられますが、AIにやらせていたら、そのプロセスは飛ばしてしまいますね。

田中:そうなんですよね。メイキングがプロンプトになってしまう。

高瀬:確かに、すごく、つまらないものになりそうですね。

デジタルにおけるクリエイティブとの向き合い方

高瀬:最後に、デジタルにおけるクリエイティブとの向き合い方について、ご意見を伺いたいと思います。

和田:僕は、デジタル広告で大量制作や効果改善を、ずっとやってきました。デジタル広告は、質はもちろん大事ですが、それ以上に量で勝負という世界です。特定の誰かにターゲットを絞らなくても、幅広いターゲットの、いろいろなインサイトに刺さるクリエイティブさえつくることができれば効果が出せる、というのがデジタル広告の良さであり、それは今後も続くと思っています。問題は、その中で、人間が何をするのかです。もちろん、AIによって、ある程度のところまでは自動化できると思い、∞AIに挑戦していますが、最終的には人間なんです。

しかし、デジタルがそれだけだとは思っていないんですよね。そういう一面もあれば、YouTubeなどのデジタルのメディアに向き合っている時間は確かにあって、そこで心を動かされるものがある。デジタルクリエイティブの大量生産されたもので心を動かされることはあまりないけれど、逆に、デジタルクリエイティブの中で本当に心を動かすものをつくっていくっていうのが、今後の次世代クリエイティブ人材に求められるものなんだと思っています。

高瀬:なるほど。

田中:デジタルクリエイティブとクリエイティブって、別に境目はなくて、受け取る消費者側にとっても境目はないと思うんです。PCだ、スマートフォンだ、テレビだ、屋外広告だ、なんだと分けているのは僕ら側であって、あくまで中心となるのは、それらの体験を受け取る人なんです。人を中心に考えたときに、デジタルの分量が増え、スマートフォンに接する時間が長くなっているから、やることが増えたように感じますが、実は、やることは昔から、そんなに変わっていません。

クリエイティビティとは、基本的には本質を見抜くことであるし、デジタルクリエイティブに求められることも全く一緒です。ただ、アプローチの方法が違う。もちろん、得意、不得意はありますが、基本的な違いはないので、境目をなくして課題をよいアイデアで解決していきましょう、という世界に突入したなと。AIが、どんどん境目をなくしてゆき、さらに、それがAIを加速させているんだと思っています。

高瀬:ありがとうございます。デジタル広告はクリックして買ってもらう、といったパフォーマンスがメインなので、反応がいいバナー広告を大量につくる作業などはAI任せられると思います。それを任せた分、課題解決のためのアイデアを絞り出し、動画などの、よりリッチな表現に向き合っていくことが大事だと、お二人のお話を伺って思いました。

和田:素晴らしいまとめ、ありがとうございます。

田中:さすがコンサルタントですね。ジョブの整理をしていただきました(笑)。

高瀬:恐縮です。本日はお時間をいただきありがとうございました。

※当記事の内容、所属、肩書きなどは、記事公開時点のものです。

※これまでの「クリエイティブに向き合う」連載記事はこちら

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