男性の育児休業取得推進の動きもある一方で、女性が家事・育児のメインであることは、変わりがないのが現状です。未就学児がいる共働き家庭の家事・育児の1日の平均時間は、夫が家事26分、育児41分、妻が家事155分、育児188分であるという調査結果もあります。*
こうした状況下において、変化が激しいデジタル広告業界で女性が出産・子育てを経て、働き続けることの大変さは想像に難くありません。制度が整いつつある今でも、時間の制約のある中で価値を生み出し続けること、同僚との関係性を築くことに、何かしら、もやもやを抱える人も少なくないでしょう。
しかし、この業界で長年活躍し続ける女性も多くいます。そのキャリア継続、活躍の秘訣は何でしょうか。また、キャリアを継続するために個人に必要なこと、組織として必要とされることは何でしょうか。本対談では、20年以上この業界で活躍する、Index Exchange日本担当マネージングディレクターの香川晴代さんにお話を伺いました。聞き手は、香川さんが第1子を出産、育休復帰したころに、オーバーチュア(現:ヤフー株式会社)で同僚であった、アタラ合同会社CEOの杉原です。
*出典:大和総研「家事・育児を分担する男性がついにマイノリティではなくなった」2022年10月18日
話し手:
Index Exchange
日本担当マネージングディレクター
香川晴代さん
聞き手:
アタラ合同会社
CEO
杉原剛
目次
- 1 2000年以降、デジタル広告業界6社でキャリアを積む
- 2 仕事が楽しくて出産直前ぎりぎりまで走り回っていた
- 3 復帰後は時間の感覚の違いに戸惑う一方で新たな部署からの誘いも
- 4 時間も付き合いも制限だらけの中で、どう乗り越えてきたのか
- 5 ビジネスで得た「スピードと柔軟性」が育休明けの仲間への対応につながる
- 6 数十人が集まる会議室で女性の上司が「晴代の妊娠」を高らかに宣言
- 7 育休明けすぐに「2人目産みなさい」。グレースは個人の幸せを考えた的確なアドバイスをくれた
- 8 必要なのは制度だけでなく制度の利用を快く受け入れるカルチャー
- 9 いちばん大切なのは「自分は何がしたいか」
- 10 ロールモデルは外にいてもいい。自分にはできるはず、と前向きに進もう
2000年以降、デジタル広告業界6社でキャリアを積む
杉原:まずは簡単に自己紹介をお願いします。
香川:Index Exchangeの香川晴代です。2000年にデジタル広告業界でのキャリアをスタートしました。DACの国際事業部、オーバーチュア、アマゾン・ジャパンで日本での広告事業立ち上げに関わり、フェイスブック・ジャパン、動画アドテクノロジーのアンルーリーを経て、現職となります。アタラの杉原さん、剛とは、オーバーチュア時代の同僚で、かれこれ20年のお付き合いとなります。
杉原:気づけば、もう20年にもなるんですね。あとで話しますが、当時からファーストネームで呼び合っているので、今回もそうしたいと思います。では、Index Exchangeの概要について教えてください。
香川:Index Exchangeには、2019年に日本担当のマネージングディレクターとして入社しました。Index Exchangeはグローバルな独立系アドエクスチェンジ企業で、カナダに本社を置いています。当社のテクノロジーは、メディア・バイヤー(広告枠を購入したい人/マーケターと代理店)とメディア・セラー(広告枠を売りたい人/パブリッシャー、アプリ制作者、ストリーミング・プロバイダー)間のプログラマティック取引を可能にするもので、メディアオーナーには収益の拡大を、マーケターにはあらゆるスクリーン、広告フォーマットを通じて消費者にリーチする価値を提供しています。また、国内外DSPパートナーとも密に協業をしています。
仕事が楽しくて出産直前ぎりぎりまで走り回っていた
杉原:今回のテーマは女性のキャリアについてですが、晴代にとっての転機は出産し、育児をしながら働くことになったことでしょうか。
香川:剛もよく知っているとおり転機になったのは、やはりオーバーチュア勤務時代、第1子の出産ですね。2005年に出産しましたが、当時、妊娠・出産したメンバーがおらず前例がなかったことで、戸惑いが多かったです。
杉原:出産ぎりぎりまで仕事していましたよね。マネージャーだったし。
香川:本当に、ぎりぎりまで働いていましたね。でも仕事が楽しくて仕方がなかった。「会社でいつまで走っているの? 晴代さん」って、周りの人から言われたこともありました。臨月の大きなおなかで走り回っていたんですよね。それくらい中毒的に楽しかった。夜遅くなろうが、睡眠時間を削ろうが。セールスにいるときは「みんな、終電には必ず乗ろう。でも、その前にお弁当を食べよう」みたいなのが普通でしたよね。
杉原:残業もめちゃくちゃ多くて大変だったけど、やればやるだけ結果が出る時期でしたよね。
香川:1日たりとも同じ日がなかった。頑張れば、頑張っただけ、時間やエネルギーを注いだだけ、結果がついてきました。一方で、出産年齢にもタイムリミットがあります。よく言われますが、出産を考える時期と女性のキャリアが軌道に乗ってくる時期って、本当に重なります。私もそうでした。だから仕事が面白くて、もうちょっと、もうちょっと、もうちょっとって、先延ばしにしていました。
子どもを授かることができたときは、もちろん嬉しかったですよ。でも、この先どうなるんだろう、という不安もいっぱいでした。オーバーチュアは爆発的な成長の真っただ中で、出産で1年休んだら、私はもうまったく使いものにならないかもしれない。いろんなことが猛スピードで進むことが見えている中で、産休中、育休中の1年は完全にオフラインになってしまう。私、帰ってきて価値があるのかしら、という不安しかありませんでした。
復帰後は時間の感覚の違いに戸惑う一方で新たな部署からの誘いも
杉原:出産後、1年のお休みを経て復職したときにいちばん戸惑った、ということですが、どんなことに戸惑ったんでしょう。
香川:育休明けで戻ってきたときには、時間の感覚の違いに愕然としました。これまでは時間の制限もなく働くことができたのが、夕方6時になったら何があっても保育園のお迎えのために帰らなきゃいけない。出産以前とでは、まったく時間の感覚が違いました。女性としてキャリアを続けていくには、フレキシブルな働き方をサポートしてくれるような企業でなければ、思い切り仕事して、家庭も充実させてというのは無理だな、と痛感しました。
でも、キャリアも家庭も両方充実させたい、と言っていたら「あなたの生き方は“欲張りズム”だね」と、ある人に言われたんですね。
杉原:そんなこと言われたんだ!
香川:今だとハラスメントかもしれないですが、2005年の当時は、まったくそう捉えませんでしたけどね。ああ、そうか、自分はそういう路線なのか、とむしろ納得しました。今でも若い方たちとお話しするときに「子どもが生まれてから時間がなくて、でもキャリアも諦めたくなくて」と言われたら、ずっと私も欲張ってきたんだよ、と言います。「欲張りズムでやってきたんだよ」と。
杉原:なるほど、欲張りズムが原動力でもあったんですね。で、育休明けの周りの反応はどうでしたか。
香川:1年たったら自分は浦島太郎になっているんじゃないか、と思っていたのですが、帰ってきたらそんなことはなく、焦っているのは自分だけだったんですよね。さらに、それまでずっとセールスの所属でしたが、サプライサイドのパートナー営業の部署から「人が足りないからおいで」と声をかけてもらい、異動しました。
時間も付き合いも制限だらけの中で、どう乗り越えてきたのか
香川:声をかけてもらった一方で、とにかく私には時間がなかった。さらに異動した先は少数精鋭のチームで、私以外は全員男性だったんです。
杉原:確かにそうでしたね。
香川:だから男性がうらやましかった。男性は帰ったら、ご飯が用意されていて、ひょっとしたら、もうお風呂も用意されていて、シャツにアイロンもかかっていて、明日も頑張ってね、という励ましの言葉があるくらいの完全なサポート体制があるかもしれない。それに対して、私は帰ったら違う人生がある。帰ったら育児が始まる。言葉も分からない、食事も自分でとれない、何をしはじめるか分からない相手との時間が始まるわけです。この違いをどうやって埋めればいいの?対等に戦って価値を、結果が、出せるわけないじゃん!と思っていましたね。
杉原:そんなふうに思っていたんだ……。
香川:私も負けん気が強かったし、呼んでもらった新しい部署で結果や価値を出していかなきゃいけない。新しい仕事も勉強中だったし、教えてもらいながらやっていましたし。
さらに、当時は、やらなければいけないこと、優先度の高いことが50も100もありました。中でも、インパクトの大きな業務のうち、三つとか、五つとかに、とにかくフォーカスして、限られた時間で結果を残すしかない。育児をやりながら働いてきた人は、みんなそうじゃないかなと思いますが、どこにフォーカスすれば自分が出せる最大の結果を出せるのか、プライオリティのつけかたをサバイバルで体得していきました。だって、6時には1回仕事を終わらせて、帰らなきゃいけないわけだから。
杉原:プライオリティをつけること、タイムマネジメント。言うはやすし、ですよね。
香川:本当にそうでしたね。あとは、クライアントやチームとの会食に、自由に行けなくなることもつらかった。当時は、若い組織で、子どもがいる人も少なくて、とにかくよく飲みに行くカルチャーだったんですね。私は2次会、3次会……と行くわけにはいかないですし、できるだけ夜の会食も厳選して出掛けなければいけない中で、チームとの関係、クライアントとの関係が薄れるんじゃないか、それが自分の仕事の成果にも影響するんじゃないか、と悩みました。
杉原:プライオリティをつけたり、タイムマネジメントをしたり、飲み会のような商習慣を突っぱねなければいけなかったり、育児中で、そういう悩みを抱え込む人は多いと思う。
香川:私も、この状態がハンディになっているんじゃないか、とは社内では言えませんでした。本当は言ったほうがよかったのかもしれませんが、みんなが時間も気にせず飲みに行っているのが、うらやましくてたまらない、でもできないから仕方ない、と飲み込む…みたいな感じでした。
「時間がないというハンディを背負っているし、仕事も子育ても全然いけてない」と自分では悶々とする一方で、別のチームに声をかけてもらって、着任したら、すぐさま最大のパブリッシャーアカウントをアサインされ、責任ある仕事に就きました。声をかけてくれる仲間がいること、よくしてくれる環境がありながら、さらなるチャレンジを与えてもらえることは、すごくありがたかったですね。「この人(小さな子どもを抱えていて)まともに働けないし」と思われていたら、そんなふうに声をかけてくれて、チャンスをもらえることなどなかったでしょうから。
ビジネスで得た「スピードと柔軟性」が育休明けの仲間への対応につながる
香川:もう一つよかったのが、当時のオーバーチュアは、とにかく「スピードと柔軟性」。私たちがやっていたオーバーチュアの検索連動型広告は、当時、予約型がありませんでした。国内の大手広告代理店に行ったら「そんな金額が月末まで確定しないようなものを扱えない」って猛烈に反発されたでしょう?
杉原:「買い切りさせてほしい」とかも言われてたよね(笑)。
香川:もうとにかく不確定要素の多い、前例のないものを猛スピードで提供していくために必要だったスキルが、いかに変化とスピードに対応して、柔軟にいろんなことをトライ・アンド・エラーでやっていくか、というスキル。だめだったら、じゃあ次の新しいアイデア出す。そして、共感してくれる人を探して売っていく中で、優先順位をつけて、いかにスピードに遅れないようにやっていくか、柔軟に考えていく。あのビジネスを一緒にやってきたからこその働き方のスタイルになったんだと思いますね。
杉原:よくも悪くも秀逸なビジネスモデル以外なんにもない組織だったと思っています。ミッション・ビジョン・バリューさえ、自分たちで作ったじゃない。なんにもないからこそ、ビジネスに対しても、育休明けたばかりの仲間がいるという状況にも、柔軟に対応できたっていうのはあると思うんですよ。
香川:そうかもしれないですね。
数十人が集まる会議室で女性の上司が「晴代の妊娠」を高らかに宣言
杉原:こうした「スピードと柔軟性」の組織環境があって、われわれの上司だったセールスチームのトップのグレース・フロムさん(現:CRITEO株式会社 北アジア地域最高責任者 兼 日本取締役社長)の、やはり強力なリーダーシップが当時大きかったと思うわけですよ。少なくとも僕のオーバーチュア在職中には、出産を迎える女性はいなくて初でした。僕がよく覚えているのは、グレースが「晴代に子どもが生まれます。晴代をみんなでサポートしよう」と高らかに宣言したこと。
香川:いつも営業会議をやっていた会議室に40人から50人くらい集まって。「晴代が子どもを生まないと日本は子どもがいなくなります」みたいな、彼女らしい表現で、すごく励ましてもらって。そのぐらい大事ですよ、とおっしゃっていました。
杉原:みんな妊娠中の女性には、きっとサポーティブだったとは思うんだけど、グレースがああいうふうに、われわれに宣言したのと、そうでなかった世界を想像すると、僕は結構違っていたと思っていて。
香川:もう本当にそう思います。
杉原:だから、このリーダーシップは大きかったと思うのと、初代CEO鈴木さん(故・鈴木茂人氏)がつくったファーストネーム文化に代表される、カルチャーづくりも大きかったんじゃないかと思っています。役職もあったし、ヒエラルキーはあったけれど、気持ちはみんなフラットだったんですよ。
香川:あとは、すごくオープンなコミュニケーションだった。
杉原:そういうことに賛同する人たちの集まりでもあったと思うし、フラットにみんな「こういうときだから、みんなで助け合おうぜ」、香川さんじゃなくて「晴代をサポートしようぜ」みたいなマインドセットはあったと思うんですよね。一方で「晴代をサポートする」となっても前例がなかったのもあって、周りの人たちの中では、どうサポートすればいいんだっけ?というのはありましたね。何かあったら、もちろん対応するけど、何やればいいか分からない、おっかなびっくりみたいな感じで。だから分かりやすく「席を空けますよ、座って座って」とか「荷物をお持ちしますよ」とか、それぐらいしか思いつかなかったし、できなかったですね。
香川:なんか戸惑っている反応だったのは、よく覚えています。男の人たちみんなが。
杉原:そうだよね。晴代は、それをどう思いました?
香川:正直、ちょっとちやほやされて、うれしかった。前例もなくて、私の不安をグレースなりに、みんなで払拭しようとしてくれていることへの純粋な感謝でいっぱいでした。
あとは、そのグレースが宣言したその場でマタニティウェアをお祝いとして、プレゼントしてもらったんですね。それが公式にマタニティですよ、という宣言のようでした。妊娠してすぐは公表できずに、安定期に入るまで隠している期間が必ずあるので、とても心強かったのをよく覚えています。
杉原:彼女も出産して、仕事も第一線でずっとやってきた先輩ですしね。当時は、グレースのご自宅でのパーティに、みんな招いていただいたり、彼女自身が家族を会社に連れてきたりして、家族との関わり方を目の当たりにしたりしていました。ふだんから家族をはじめプライベートな話もしていましたしね。そうやって、グレースは家族がモチベーションになって仕事と家庭の両立をずっとしてきた人なんだな、と僕らは思っていました。
香川:コロナ禍になって、日本の多くの会社の中でも、家庭がZoomから垣間見える、家庭の話ができる、といった状況になりましたが、私たちがオーバーチュアにいた頃は、当たり前にみんなプライベートライフがあって、当たり前に仕事があって、その両方の話を、みんなしていましたよね。それも大事なカルチャーでした。
育休明けすぐに「2人目産みなさい」。グレースは個人の幸せを考えた的確なアドバイスをくれた
杉原:晴代としては、グレースのこと、どういうふうに思っているんですか。
香川:私に大きな影響を与えてくれた人で、ロールモデルの一人だと思っています。実は、育休から戻って初めての1on1で「2人目産みなさい」と言われたんですよね。私は「え、先週戻ったばかりですけど?2人目なんてないない」と思ったわけですが(笑)。
でも、彼女は上司として仕事の話をする以前に、個人としての私にアドバイスをくれたんですね。私の幸せをいろいろ考えてくれて、親身になって的確なアドバイスをくれました。もうまさにロールモデルである以上に「支援者」であり、味方になってくれる人です。
杉原:素晴らしいリーダーシップですしね。
香川:だから、とても影響を受けていますね。ピープルマネージャー(メンバー個人の成功にコミットすることで組織の成果を上げるマネジメントを行うマネージャー)の代表みたいな人ですし。
一方で、別の会社の話ですが、シングルで子ども嫌いです、というタイプのマネージャーが上司だったときは苦しかったですね。私が6時に家に帰って、どんなはちゃめちゃになっているかって、この人は一切想像できないんだなと思って。そのときは、どうしよう…と一時、途方に暮れましたね。いまだに男性中心の業界の中で、同じ思いを抱えている人も、たくさんいらっしゃるかもしれません。
必要なのは制度だけでなく制度の利用を快く受け入れるカルチャー
杉原:一方で、オーバーチュアのように柔軟性のある会社もあれば、制度がガチガチに固まっている会社もあります。すると、まったく状況が違いますよね。産休・育休制度はもちろんあるけれども、制度があることと、実行しやすいのとは、別だと思うんですよね。
香川:それはもうカルチャーによるところが、きっと大きいですね。
杉原:なので、経営者、マネージャーとしては、マタニティリープ(産休や育児休業)にしても、パタニティリーブ(男性の育児休業)にしても、取りやすい組織のカルチャーをつくっていくのが僕は大事かなと思っています。アタラでは、Do’s and don’ts(すべきこととすべきでないこと)、つまり、こういうことは推奨しています、こういうことはなるべくしないカルチャーなんです、ということは入社時のオンボーディングでも話しています。例えば、マタニティでも、パタニティでも、休暇取得を推奨しています、ということは入社時に話すんですね。ただ、実際に当時者になったときには「戻ってこられますか?戻ってきたいのですが……」と不安な声を聞きます。こちらとしては「もちろん、ぜひ戻ってきてくださいね、お願いします。両立のために、うまく調整することもできますよ」という気持ちですし、そのような制度も、カルチャーもつくっているほうだとは思うのですが、両立の不安や、元の仕事に戻れるかという不安は、どうしても生まれるのが現状です。
香川:さらに、アタラは以前から、ずっとリモートワークですよね。子育て中は本当にありがたい。
杉原:2009年の創業時から、ずっとリモートワークですね。きっかけとしては前職のGoogleのときに、Work from home制度がゆるく存在していて、その生産性の高さを実感していたことです。今は「それぞれのライフステージやライフスタイルに合った働き方を提唱し実践する」をアタラの働き方として実践しています。ライフステージ型の制度は、今や、どこの会社でもあると思います。20代、30代、40代は男女ともに、いろんなことが重なる時期なので。女性だと出産もありますし、男女ともに育児がある。昇進で責任が増すタイミングもくるし、自分あるいは周り、親も含めて、健康や介護の問題も出はじめる年代ですしね。ライフステージに合わせて柔軟に働けないと厳しいし、そういう制度はもちろん、それを受け入れるカルチャー、サポートできるカルチャーが大切だと思っています。
香川:本当にカルチャーが大切だと思いますね。オープンなコミュニケーションがベースにあれば「私はこういうライフステージなんです。こんなふうにしたいのですが、サポートしてもらえませんか」と言えるでしょう。もちろん、お互いを助けあっていこう、というのが価値観として組織に浸透している、悩んでいることや要望があるってことを言える風通しのよい組織であれば、ちゃんとニーズに合ったサポートを双方提供できるようになると思いますね。
だから、働く側の視点からいうと、自分がそこの企業のカルチャーにフィットしているかを、それぞれが見極めることも大切ですね。そうでなければ、働く場所を変えなければいけなくなりますから。
杉原:今は以前に比べて転職も当たり前になって、選択肢が増えましたからね。逆に、経営側、マネージャー側からすると、その部分を見られているわけなので、とても大事なことですね。
香川:カルチャーや価値観が合うチームと、共通のゴールに向かってチームワークで働いていけるのが、本当に幸せに働くということだと思っています。だから、合わないと思ったら働く場所を変えることも選択肢ですし、一方で、転職を考える人、これから就職しようという人には、働く先を決めるときに、その会社のカルチャーがどうなのかというのは、とても大事なポイントだと思うんですよね。柔軟な働き方が許容される会社なのかどうか、カルチャーを見極めて、引き続きキャリア伸ばしたい人は頑張ってほしいなと思います。
いちばん大切なのは「自分は何がしたいか」
杉原:働く場所を変えるにあたって、子どもを育てながらキャリアを伸ばすためには、サポーティブな組織を選ぶのも大事なんでしょうか。
香川:大事だと思います。キャリアディベロップメントの中でいちばん考えるべきは「自分は何がしたいか」だと思うんですね。なりたい自分にいきつくためには「こんな経験が必要で、かつ、出産・子育てをしながら仕事も続けていく」というシナリオだったとしたら、それをかなえてもらえる場所を自分から探していかないといけないでしょう。
杉原:そうですね。僕らは何度も外資系の会社を中心に転職してきたほうだから、その考え方は当たり前のように定着しているかもしれないけれど……。
香川:日本の会社でキャリアをスタートして、とても会社に対するロイヤルティが高い人からしたら「そうは言っても、そんなに柔軟にはできないし、育ててもらったところに恩もある」というのもあるかもしれないですね。
杉原:確かに。それも大事な価値観ではあるけども、というところですよね。
香川:自分がもっとキャリアを伸ばしていきたい、仕事も思い切りしていきたいと思っている中で、組織に柔軟性がなく、支援もなくて、力を発揮できない場所だったとしたら、とてもしんどいですよね。働く本人も経営側も双方不幸かと思います。
ロールモデルは外にいてもいい。自分にはできるはず、と前向きに進もう
杉原:おそらく、その働きやすい場所の一つとして、ロールモデルがいるかどうか、というのも大きいのではないかと思います。晴代は、出産して子育てしながらキャリアを伸ばしているロールモデルとして、グレースが身近にいたわけですが、この業界まだまだ男性が多いですし、ロールモデルだといえる人がいない人も多いと思うんですよね。そういう人は、どうやってロールモデルを見つければいいと思いますか。
香川:社内でなく、外でも探すというのは一つの方法だと思います。
私自身、グレースや、Facebook初の女性役員となったシェリル・サンドバーグのようなロールモデルがいたり、周りからサポートしてもらえる恵まれた環境にいたから今があります。だからこそ、頑張りたい女性を応援することをパーソナルミッションにしています。
これまで採用側として面接をするときに「ロールモデルやメンターになってくれる人が自分の周りになかなかいない。組織に女性はいるけれど、自分の目指す働き方、価値観じゃない」といった話をされることが多かったんですね。面接のような場で、個人の立場で話す場だと、そういう話ができる方がいたわけです。なので、採用でご縁がなかった方に対して、いつでも連絡くださいね、といったことは細々とやっていました。
ただ、それではサポートできる人数も、深さも十分でないのでは、と思うところもあり、そして、現職の同僚の女性たちから「ぜひやりなよ!」と背中を押してもらって、デジタルマーケティング業界の女性同士のサポートネットワーク「Women in Digital Marketing/Programmatic」をつくることにしました。まだ詳細は決まっていませんが、もう少し体系立てた形でサポートできる立場の人、サポートを探している人が集まって、組織外でオープンな会話や相談、情報交換ができるセーフなスペースです。Facebookグループを立ち上げ、現在90名ほどの参加者がいます。8月10日にキックオフを行いましたが、具体的なニーズを模索しながら進めていこうと思っています。
杉原:僕はそこには参加できませんけど、そういうネットワークできる場はすばらしいと、とても期待をしています。最後に、この業界でキャリアを伸ばしていきたいと考えている女性に向けてのメッセージをお願いします。
香川:やりたいことのために少しリスクを取ることも必要かなと思っています。日本の女性の場合、特にいろいろ抱えているものも多いから「自分にはできないんじゃないか」と自分で自分を制限してしまう。それは本当にもったいないことです。
成長したい自分がいる。ならば、リスクを取りながらも、自分にはできるはずだからチャンスを探していこう、という前向きな姿勢でいきましょうよ。もちろん、いろんな人の、いろんな価値観があるけれども、大丈夫だから頑張ろうよ!と伝えたいですね。
杉原:力強いメッセージありがとうございます。このキャリアに関するテーマは、業界にとっても、働く人・経営側双方の幸せのためにも、とても重要だと考えています。次は、より現場に近い方とのディスカッションを予定していますので、引き続きよろしくお願いします。今日はありがとうございました。
※香川さん主催のデジタルマーケティング/プログラマティック広告に関わる女性たちのためのネットワーク「Women in Digital Marketing/Programmatic」はこちら
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