運用型広告が上陸して20周年を記念してこれまで3回にわたって、オーバーチュア、Googleの日本市場立ち上げメンバーであり、検索連動型広告市場をけん引してきた佐藤康夫、杉原剛、岡田吉弘に、運用型広告が日本市場に受け入れられ浸透していくまでの歴史的背景や業界の流れを聞いてきました。
- 運用型広告上陸20周年記念 特別鼎談 第1部:運用型広告上陸の衝撃と日本市場参入への試行錯誤 はこちら
- 運用型広告上陸20周年記念 特別鼎談 第2部:大きくスタイルが異なるオーバーチュアとアドワーズ広告、Yahoo! JAPANを巡る攻防 はこちら
- 運用型広告上陸20周年記念 鼎談 第3部:進化・拡張を続ける運用型広告、時代はAI,リテールメディアへ はこちら
最後に、2023年に入って発表されたGoogle、Amazon、Metaなどで続くレイオフ、Microsoft 広告やChatGPTの台頭などのニュースを踏まえ、デジタルマーケターがどのような領域で研さんを積むべきか、実際にアタラ社内で取り組んでいることを中心に、新入社員や異業種から転職されてきた方、業界へ参入してくるプラットフォーマーに向けた話を聞きます。
語り手:
アタラ合同会社 会長 佐藤康夫
アタラ合同会社 CEO 杉原剛
アタラ合同会社 フェロー 岡田吉弘
今後のデジタルマーケターに求められる素養とは
Unyoo.jp編集部:運用型広告上陸20周年記念の鼎談全3回は各所からさまざまな反響がありました。あらためて歴史を語り、まとめることは、業界へ向けても意義のあることだったと思います。この業界は本当に動きが早く、全3回の連載が終わってからも、Google、Amazon、Metaらのレイオフ、Microsoft 広告やChatGPTの台頭など、大きなニュースが絶えません。この業界で働いていくために求められる素養、スキルについて伺えたらと思います。
杉原:そうですね、まず今後のことで言うと、AIの手綱をきちんと握ることは重要だと思います。もちろん、Search RPM(※Search Revenue per Mille:検索1000回当たりの売上)の構造を理解したり、プラットフォームの構造も理解したりして、お客さまの課題に対する理解を深めることも同じく重要です。あとは技術的な素養を組織全体として意識してつけていくということでしょうか。岡田さん、いかがですか。
岡田:そうですね「組織の中の個」で考えると、各々の個性が活きるかどうかの前に、仕事を前に進めるための基本的な土台がしっかりないと、活きるも何もないなと思っています。運用型広告の今までの20年間は、市場環境の変化が激しく、他の業界と比較して体系立った学習がしにくい環境だったと思います。規制産業でも、免許が必要な仕事でもないが故に、いろいろな考え方や方法が確立されるけれど、その賞味期限はかなり短かかった。こうして考えてみると、いわゆる学習コストが非常に高い業界なんだなと思うんです。学習コストが高いが故に、組織として体系立った学習環境や評価指標が提供できないことが多いから、結果的に組織の持続性が個々人のサバイバル能力に依存してしまう、という代理店・広告主は多かったなと感じています。
杉原:アタラでは、もう何年も社内勉強会「アタラ道場」を毎週やってますね。講師のことを師範という言い方をしますが、師範は自分も含め、コンサルタント全員。すぐに自分の回がくるので「インプット→アウトプット」を繰り返す感じになります。そして「アタラ道場」各回を全部動画アーカイブにして、いつでも誰でも見て学べるようにしてます。Unyoo.jpの記事執筆も考え方は同じで「インプット→アウトプット」の場。どんどん新しい知識を身に付けて自分のものにしていく。それができないと逆につらい業界かと。
岡田:そうですよね。賞味期限が短い知識よりも、長く使える知恵を身に付けないと、つらいですよね。
先ほどおっしゃったRPMの構造は、長く使える知恵のほうだと思います。現在は不況だと言われている割にクリック単価は高騰しやすいわけですが「どうして、こういうことが起こるのか?」と考えれば、おそらくRPMの式を因数分解すれば、ある程度説明が可能じゃないですか。ただRPMの式は、ほとんどの人が知らないまま運用していると思うんですね。だから、今触っている管理画面の先で、どういう力学が働いているか分からないし、分からないから仮説の精度が低いままで施策と結果の間に再現性がない。ルールというか、ビジネスの土台の部分を長く使える知恵として身に付けるようなサポートは必要なのかなと思います。
佐藤:確かに、そこが土台になっていますよね。
岡田:土台がしっかりインストールできれば、あとはどういう個性の集まりでも何とかなるのかなと思ったりします。技術を突き詰めることが好きな人も、クリエイティブを突き詰めてやっていきたい人も、この仕事は、どちらも活かしどころがあるはずなんですよね。
佐藤:手前みそですけど、Unyoo.jpの連載、山本先生の「誰でもデジタル時代のマーケティング思考」も土台の部分を固めるために必要な考え方だと思っています。
https://www.atara.co.jp/unyoojp/author/naoto-yamamoto/
岡田:まさに山本先生のようなファンダメンタルな思考が大事だと思います。
例えとしては小さいですが「アトリビューション」もその一つかと思います。われわれが啓発活動していたころは「バナーを売りたいだけだ」とか散々言われましたが、あれも現在は広告配信プラットフォームの中にアトリビューション的な発想はプリインストールされるようになりました。だから今、Google 広告の配信設定をしたら、基本はデータドリブンから始まるようになっていて、コンバージョン指標には最初から小数点が付いています。私も仕事で研修やトレーニングをすることが多いのですが、この間「コンバージョンは整数なのに、なぜ少数点以下があるんですか」という質問をもらうことがあって、土台ってこういうことだよな、とあらためて思いました。つまり、広告管理画面のコンバージョンは「この商品が1個売れた」とカウントしてるわけではなく「貢献度の評価」だから1未満の値が必要なんだ、という話をするんですけど。ここを混同している人には気持ち悪いままだと思いますが(笑)。
杉原:いつの時代も本質の理解が必要ですよね。
岡田:はい。トレーニングや研修のようなものは効果の有無を証明する手だてがあるようでなくて、ある程度時間が経たないと分からないんですけど、時間が経ってから気づいても時間は取り戻せないので。だから最初の質問に対する回答としては、短期的に分かりやすい単純なスキルよりも土台になるファンダメンタルを浸透させていくことが大事、という感じでしょうか。
デジタルマーケティング業界で働く面白さ、長く業界にいる理由
Unyoo.jp編集部:近年特にITやデジタルマーケティングの業界・関連役職の人材不足が叫ばれています。その課題に対処するため、経済産業省や総務省、自治体、企業がIT人材育成を推進するプロジェクトを立ち上げるなど、各所でさまざまな動きがみられるようになってきました。今後この業界に新しく入ってくる方に向けて伝えたいことはありますか。
杉原:僕は、20代でIT業界からオーバーチュアへ転職したのが、この業界への入口だったんですけど、初めて米国のオーバーチュア本社に行ったとき結構衝撃的だったことがあって。あのときは、まだ業界黎明期だったので、日本は本当に若い人ばっかりだったんですよね。でも米国本社には、さまざまな年齢の方がたくさんいて、年齢層が偏るようなことがなかったんです。あ、これは一つの業界として成り立ってるっていうことだな、アメリカのほうはいいなって思って。すごく印象に残ったので、変化が激しい業界ではあるものの、長く勤められる業界になるといいな、とは思っています。
岡田:ああ、そうか。日本だと、この業界に在籍している人たちの平均年齢は、大幅には変わってないかもしれないですね。少し上がったくらいでしょうか。少なくとも僕が現場に張り付いていた20代の頃、多くのインターネット広告代理店の平均年齢は20代で、ワークライフバランスなんてなくて、ずっと夜通し仕事してるみたいな、そういう感じでしたからね。持続可能かというと、まったくそうではなかったです。今は働き方改革が進んで労務環境もだいぶ改善されましたし、リモートワークが中心になって、だいぶ変わりましたね。
杉原:アタラも産休、育休を取得しているメンバーは結構いますよ。あと、僕がGoogle在籍時に”Work from Home”制度がなんとなくあって働きやすかったこともありました。だから、アタラは創業当初からずっとリモートワークを推奨しています。家族との時間を大切にしたいからリモートワーク中心でうれしい、助かる、という声もよく聞きます。
佐藤:そうだね。
杉原:佐藤さんは、この業界から離れていく人もいる中で、一二を争う長さじゃないかと思うんですが、それはどうしてでしょうか。
佐藤:やっぱり面白いからじゃないですか。カオスだからこそ面白い部分はありますね。AdWords上陸後20年間、日々技術革新は続き、新しいプレイヤーも続々と出現し続けているので、おお、こんなものが出てきたか!というのが、ずっと続いている感じですね。
杉原:長く業界を見てるから、見えてくる面白さがあるということでしょうか。変化するからこそ面白いとでもいうべきか。
岡田:僕はやっぱり、品質という概念がフェアなので気に入っているのが大きいかな。広告業界は元々、広告枠、広告掲載する場所を押さえて流通を握るという発想だったじゃないですか。だから広告主は広告代理店にアカウントを作る必要があるので、華やかだけど自由度が低くて古い産業だなという印象を持っていて、学生の頃は広告業界に特に興味はなかったんです。それが、最初の転職でGoogleのAdWordsに触れてみると、これはすごくフェアなモデルだぞ、と。ファーストプライスオークションだと、お金を持っているプレイヤーが正義ですけど、セカンドプライスオークションに品質の概念を組み入れることによって、その広告の品質が高ければ、必ずしも高いお金を払わなくてもインプレッションされるという、あらゆるプレイヤーにチャンスが提供されている。このフェアネスが僕はとても好きなんですよね。
もちろん、インターネット広告業界の全てがよいものなのかというと、全然そんなことはなくて、ひどい会社もいっぱいあるし、良くないこともたくさんあります。
ただ、少なくとも運用型広告に触れている以上は、他の分野と比べればフェアな競争の上で仕事ができます。恥ずかしい仕事はしていないぞ、と子どもたちに説明できるし、ご先祖さまに申し開きができないこともしていない。インターネット広告は、とかくいろいろと言われがちではありますが、たまには「そんなことはないぞ」と言っておく必要はあるかなと思っています。
杉原:なるほど、面白いね。フェアなものであることもそうだし、両面市場の話もそうだし。あと今、世の中で、広告以外でもいろんなプラットフォームがつくりやすくなってるし、たくさん出てきているじゃないですか。でも、その中でもGoogleは明らかに世界最大級のプラットフォームで、それに携わるダイナミズムを感じられた場所だし、マーケティングの力を信じてるっていうのがありますね。インターネット広告やマーケティングってすごい、というのは当たり前にありつつも、誰でも彼でも少し予算があればマーケティングをかじることができるという、すごくフェアで魅力的な世界だな、といまだに思っています。
佐藤:そうですね。業界の慣習がどうだとかっていうことに関係なく、こういうのあったらいいよね、という形でGoogleは参入してきましたよね。おっしゃるとおり、小額での出稿を可能にして、マーケティングの裾野を思い切り広げたのは大きかったですよね。それからユーザーとの向き合いをきちんと考えながら、広告で事業拡大するいい形はないか?という試行錯誤が「オークション+アドランク」の登場につながっていったのだと思いますが、これも画期的でした。
最近、批判も多いGoogleではありますが、創業者の二人はすごいコンセプトで、すごく良いものを始めてくれたなっていう感謝はあります。もし「オークション+アドランク」が発明されていなっかたら、今頃どんなインターネット広告業界になっていたのかと思うと、怖いですね(笑)。
今後の業界に期待すること、これからのアタラの在り方
Unyoo.jp編集部:新進系のXメディア(※金融会社、航空会社、通信会社など顧客の優良IDを持っている企業が立ち上げている広告プラットフォームの総称。杉原が命名)が今後乱立するであろうという予測の中、Google創業者の思想やフェアネスを重視してきたことは、歴史の振り返りとともにあらためて業界の方々にも見ていただけるといいですね。
佐藤:はい。今後プラットフォームを運営していくところには、Googleの広告事業への考え方は参考にしてほしいと思います。Googleはおそらく、広告を表示させるならサービスと連動性の高いものにしようとか、初期はテキストだけで完結させようとか、できるだけ検索サービスの利用者を配慮した上で開発してきたと思うんです。なんでもいいから広告枠をたくさん用意して広告費を得よう、という発想になると、結果的に誰も幸せにならない可能性が高いと思いますし、そうしたモラルは自分が賛同できるアプローチだったりします。
岡田:そうですよね。
佐藤:たぶん、この三人はそういう思想に共感して、あ、こんなすごいフラットで面白いビジネスが生み出されている業界なんだ、と気づき、夢中になっている間に、ここまで続いてきたところはあるかしれないですね(笑)。プラットフォーマー含めダイナミックに変動し続ける、この業界の面白さを分かち合えるような人たちに、集まってほしいなと思っています。
杉原:業界歴でいうと、アタラを創業した時点で、すでに僕らは長いほうでしたからね。ずっと流れを見てきて、ある程度流れが見えてるから、なんとなく少し先が予測しやすかったり、新しいものが出てきたときに理解がしやすかったりするところはあるかもしれませんね。長く業界にいる以上、僕たちが責任を持って伝達していかないと、と思ってもいるので、この業界に新しく入ってくる方々へ向けて、という意味も込めて、予測した未来や現在理解している業界の現状は出し惜しみせずにUnyoo.jpやVoicyなどで積極的に発信するようにしています。
あとは「今、何が必要とされているか」という視点から、自社のプロダクトやサービスにしてきました。これからも本質的なことしかやりたくないですし、それが周りを良くしていく、そういうふうに思ってます。
Unyoo.jp編集部:今回、アタラの中の人が、どういう思想で仕事に取り組み、業界を見つめてきたかを理解していただくのに良いお話をたくさん伺えたと思います。皆さま、どうもありがとうございました。
一同:ありがとうございました。