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伸び盛りのEC、リテールメディアの課題を解決
コロナ禍を経て、ECサイトでの購入が、消費行動としてより一般的になりました。さらに日本でもリテールメディアも急成長し、各社が進出することで多くのメディアが登場。一方で、急激に成長したEC運営には、人材不足、効率化をはじめとする課題が山積みとなっている実情もあります。こうした課題を解決するためのツールが、ECサイトの運営やリテールメディアを統合管理する「Pacvue」です。欧米で展開していたPacvueについて、また日本での展開について、PacvueのHead of APACのネイト・シュリラさんに伺いました。
話し手:
Pacvue
Head of APAC ネイト・シュリラさん
聞き手:
アタラ合同会社
CEO 杉原剛
自動化によってリテールメディアの課題を解消
杉原:まずは自己紹介からお願いいたします。
シュリラ:ネイト・シュリラです。出身はアメリカのウィスコンシン州で、日本に住んで11年以上になります。
最初は東北で2年ほどボランティアをしてから富山県の市役所で働き、上京してプログラミングなどを経験した後、1年半ほどバリュードライブというスタートアップ企業でコンテンツマーケティングを行っていました。そこでWebサイトの解析や最適化に興味を持ち、チャレンジさせてもらい事業を伸ばしていきました。
その後、電通グループのiProspect Japanに転職し、アナリストからグローバルディレクターまで成長して、世界のEコマース、イノベーション回りを担当していました。そこから、ECにもっと深く関わってみたいと思い、クライアントサイドに行こうと思いました。
日本が大好きなので日本企業のクライアントを探していたところ、株式会社資生堂からオファーがあり入社しました。資生堂では全ブランド、全地域のリテーラー、マーケットベース、ソーシャルコマースなどのEコマース活動を全て見ていました。そこでの業務も楽しかったのですが、Pacvueにアプローチされました。iProspect Japan時代からのお取引もあり、パートナーとしてよい会社だと感じていたため、オファーを受けて現在PacvueでAPACの代表をしています。
杉原:Pacvueの日本と海外、両方で活動されているということですね。
シュリラ:はい。実はPacvueは、会社でもありグループでもあります。Helium10などもPacvueのグループに入っていて、正確に言うと、グループのAPACのヘッドです。APACの中でも、戦略的には日本市場が最も重要だと思っています。私も日本で仕事をして長いですし、Pacvueはエンタープライズクライアント向けに今、勢いがあるので、まずは集中的に日本での戦略を進めていくつもりです。
杉原:ありがとうございます。ではまず、Pacvueがどのようなツールなのか教えていただけますか。
シュリラ:はい。皆さんご存じのとおり、昨今、EC、特にBtoCのECの成長が加速しています。全世界で見ても、ECの売上はトッププラットフォームに集中しており、そのうち6割以上はアリババやAmazon、楽天などのトップ20社に集中しています。日本の場合はさらに顕著で、ECモールやオンラインリテールは8割がトッププラットフォームが占めており、トップヘビーなマーケットになっているんです。そうしたマーケットプレイスの中で差別化するには、メディアが重要なツールであるため、リテールメディアは面白い分野だと思っています。
グローバル市場において、GoogleやFacebookはデジタルマーケティングの領域で以前から重要なプラットフォームですが、最近はAmazonや他のリテールメディアが急成長しています。直接売上への貢献が見られ、実際の購入につなげることができるため、リテールメディアが成長しつつあるのだと考えられます。クッキーがなくなってもリテーラーのデータでターゲティングできるし、リテーラーの棚よりブランドセーフな場所はないことも成長の裏にありますね。
成長分野であるEC運営には課題もたくさんあります。社内では人材不足や効率の問題、予算カット、また社外では競合が強い、転売されてしまうといった問題もあります。私自身もクライアントサイドでは、そうした課題を身近に感じてきました。Pacvueはこうした問題を解決するためのツールです。
まず人手不足の課題に対しては、自動化によって時間を節約します。世界最大級のCPG(※Consumer Packaged Goods=消費財)企業の例では、毎週50~60時間をセーブできています。
広告では入札調整の自動化がよく使われますが、加えて、弊社ではサポートチケットの自動化も行っています。例えばAmazonでヘッドホンを売っている会社であれば、第三セラー(※卸や個人の販売者)が「ヘッドホン+モバイルバッテリー」などのパッケージを組んで販売する場合があります。通常はサポートチケットを上げて、Amazonに解決してもらう流れになりますが、それもPacvueによって自動化できます。
杉原:Amazonのサポートチケットまで自動化なんですね。
シュリラ:はい。一つのクライアントでも年間で1万件近くのAmazonサポートチケットを自動化し、課題が解決されています。解決されるまで3時間おきに何度も再送するので、効果的です。
さまざまなメディアを1カ所で管理
シュリラ:効率面では、PacvueはAmazonだけでなく、さまざまなリテールメディアを1カ所で管理できます。
杉原:複数プラットフォームを包括するということですね。
シュリラ:そうです。あるクライアントでは、Amazon、Walmart、Target、Krogerを全て販路として導入し、全体的にROAS(※Return On Advertising Spendの略。広告の費用対効果)が改善できた事例もあります。
また、競合比較をする際には、ベストセラーランクやカテゴリ内のシェアが一つの指標になると思いますが、ホームカテゴリのクライアントは、トップ10%のSKU(※Stock Keeping Unitの略。受発注・在庫管理を行うときの、最小の管理単位。単品管理)をベストセラーランクのトップ5に押し上げた実績があります。
Pacvueは、そうしたリテールメディアを統一管理するツールであり、広告配信を自動化し、先ほどお話ししたようなAmazonサポートチケットを統合するようなプラットフォームです。そしてEC運営の簡潔なマネジメントも行うことができます。
杉原:すごいですね。すでにここまでできるとは思いませんでした。
シュリラ:私はパートナー側もクライアント側も経験してきたので、さまざまなツールを扱ってきましたが、中でもPacvueは特に面白いと思います。
杉原:このところ日本のリテールメディアの大体の流れを追っていますが、いろいろなプレーヤーがいて断片化が進む中、2023年の日本において新しいプレイヤーがさらに出てくると思っています。
増え続けるプレイヤーを別々にマネージするのは難しい。集約するプレーヤーがそのうち出てくるだろう、という予想はしていたのですが、もうあるんですね。
シュリラ:そうですね。例えばアメリカでは、Pacvueの中でAmazon、Walmart、Instacart、Criteo、CitrusAdなど全てのプラットフォームを1カ所で管理したり、最適化したりすることができます。
現在は別々のプラットフォームを1カ所で管理していますが、新しくリリースしたソナーという機能では、例えばAmazonのスポンサーブランド広告のキャンペーンを複製して、Walmartでも同じキーワードや同じ設定で展開することができます。複数のプラットフォームをまたいで統合的にキャンペーンを管理できる、クロスプラットフォーム機能になります。
杉原:それは便利ですね。
シュリラ:すでにアメリカやヨーロッパでは、Carrefourやbol.comなど、いろいろなところがリテールメディアを展開しています。ただ、先ほど杉原さんもおっしゃっていたとおり、今日本でリテールメディア界隈でできることは限られているので、Pacvueは日本でも、どんどん展開していかなければいけないと思っています。今は日本でAmazonをカバーしていますが、
Pacvueは、統合管理でサポートするだけでなく機能を共同開発することもあり、InstacartやKroger、Sam’s Clubなどと一緒にAPIも開発しています。
杉原:APIに関していうと、弊社では運用型広告のレポート管理ツールを提供しているのですが、Google、Facebookなど、いろいろなメディアがある中、グローバルプラットフォームはAPIが充実しているけれど、日本のプラットフォームはそうではない。御社が実施されているように共同開発という手法だと、お互い効率がいいですよね。
シュリラ:そうですね。日本やアジアのプレーヤーは、おっしゃるとおりAPIを公開していない場合が多いので、一緒に作ったほうがクライアント側のためにもなり、プラットフォームのためにもなる。そのほうが効率がよいと思いますね。
こういうことができるのは、弊社の創業者にZhaohui(※Zhaohui Tang氏。現在のPacvue Chairman)という開発の天才と呼べるような人がいるからなんです。以前はMicrosoftにおり、Excelのピボットテーブルの開発や、Ad Sageという中国最大のSEM自動化プラットフォームも作った人物です。
杉原:それは天才ですね。
シュリラ:現在Pacvueは250人以上おり、そのうちの110人が開発チームなので、開発にはかなり自信があります。
Eコマースで考えると、one-size-fits-all(どんな場合にでも、誰にでも適用できる)のモデルは存在しません。それぞれのクライアントのニーズやプラットフォームのニーズが異なるので、開発力は必須だと思っています。
杉原:そうですね、それは本当にそう思います。
シュリラ:もう一人、Melissa(※Melissa Burdick氏。現在のPacvue President)という創業者もいるのですが、彼女は長らくAmazonにおり、CPGカテゴリをローンチし、プロダクトディスプレイ広告を作った人物です。こういう面白い人たちが集まっています。
杉原:それはまたすごいですね。
日本のパートナーシップを強化
杉原:日本が重要拠点だというお話がありましたが、まずはどんなことをやろうとお考えですか。
シュリラ:日本では、すでにAmazon Searchの運用とレポーティング、Amazon DSPとAMCのレポーティングをカバーしており、2022年中にAmazon DSPの運用APIも公開される予定なので、その準備をしています。Criteo経由いくつかのプラットフォームもカバーしており、他のプラットフォームのローンチも期待できます。Citrusも日本で頑張りたい、という噂を耳にしています。
加えて、日本では楽天やYahoo!などのプレーヤーも重要なので、パートナーシップの話や、API開発を一緒に行おうとしています。楽天やYahoo!と組めなければ日本の盛り上がりが鈍化してしまうと思うので、集中的に取り組んでいきます。もしこの記事の読者で力になってくださる方がいたら、ぜひ力を貸してほしいです。
それから、弊社には中国に日本語もできるサポートチームもいますが、現在日本の担当は私一人で、国内の広告代理店の方ができることが多いので、日本の広告代理店と手を組みたいと思っています。世界では、今6割のビジネスはクライアントが直接インハウスで運用しています。4割は広告代理店経由ですから、広告代理店とのパートナーシップは重要ですし、日本市場においては特に重要だと思っています。
杉原:そうなんですね。パートナーシップには必要条件はありますか。
シュリラ:細かい条件は特にありません。Amazonの広告が分かるくらいでしょうか(笑)。
もう一つ、弊社にはPacvue大学というものがあり、プラットフォームのトレーニングをしています。現在は英語のみですが、例えばAmazon SearchのオンボーディングやDSP、Walmartなど、さまざまなトレーニングがあり、試験に合格すれば認定資格が取得できます。
杉原:素晴らしいですね。
シュリラ:マネージドサービスも提供しており、広告代理店もクライアントも両方サポートしているので、あまり経験はないけれど取り組まなければならない企業もお手伝いできます。
杉原:ゆくゆくは日本でもマネージドサービスチームを持つご計画ですか。
シュリラ:そのつもりですが、まだ先の話だと思います。グローバル的にも、弊社にとって一番うれしいのは、Pacvueのソフトウェアを使ってもらうことですね。
杉原:グローバルで6割がインハウスで運用している、というお話もありましたが、インハウスで使ってもらう日本のクライアントも増やしていくのでしょうか。
シュリラ:そうですね。私も資生堂にいたときにインハウスでPacvueを使っていました。
杉原:そうなんですね。
シュリラ:はい。Pacvueのよいところでもあり悪いところでもあるのですが、機能が豊富なので、最初は使いこなすまで時間がかかると思います。できることは誰にも負けないと思っていますが、複雑な側面があるので、今後は誰もが使えるようなプラットフォームにしたいと私は考えています。
杉原:それは先ほどのクロスプラットフォームなんかも、その流れの一つかもしれないですね。一つのキャンペーンを作れば、他で適用できるという。
シュリラ:はい。例えばAmazonが分かれば、Walmartにはそんなに詳しくなくても同じように展開できますから。日本だとAmazonを運用しているチームは他のリテーラーと取り組んでいるチームと一緒のケースが少ないので、幅広く利用できるように開発しています。
キーワードリサーチからAIまで5段階で自動化
杉原:一つの予算に対して横断的に、Amazon、Kroger、Criteoなどと予算最適化もできるのですか。
シュリラ:一つの予算を複数プラットフォームをまたいで最適化できる機能を開発しているところです。現時点では、予算はプラットフォームごと、キャンペーンごとなどに最適化できます。例えばROAS目標などに設定し、予算を均等にするか、パフォーマンス重視で調整するかなど、自動化でできることはたくさんあります。
杉原:なるほど。
シュリラ:分かりやすい方法としては、5段階の自動化です。自動化と聞くと、日本のクライアントは特に、ブラックボックスというイメージや、上司に説明できないといったこともあるので、段階的に自動化を始めることができます。
まず始めやすいのは、キーワードリサーチです。ボリュームがあって、コンバージョンできるキーワードの追加を自動化できます。次はオーディットとレコメンド。例えばAmazonのアカウントにつなぐときに、入札の調整やキーワードのレコメンドができます。
次に入札調整。これはキーワードのレコメンドなども調整でき、デイパート(時間別入札)も自動化できます。例えば広告効果が出にくい深夜には入札を下げ、競争が激しい時間帯に上げていく。プラットフォーム内でShare of Voice分析ができるので、いつ競合に負けているか、いつがピークかなどを時間別に見える化できます。デイパート機能はかなりの人気があるので、さらに強化しました。過去のデータに基づいて自動的にパフォーマンスの良い時間を算出し、入札調整できます。
それから、最も使われているのはルールベースの自動化です。例えばROASが設定の数値以下になったら少し下げる、ACOS(Amazonの広告費売上高比率)が数値以上になったらオン・オフを変更したり、入札の調整、キーワードを追加するといったことができます。さらにBuyBoxを獲得しているときのみ広告を出すルールや、残っている在庫のデータでもルールを設定できます。よく使われるルールは在庫が2週間分以下に下がったら広告を止めるルールです。宣伝しなくても売り切れてしまう可能性が高いからです。そして在庫がまた入ったら自動的に広告を再開します。
杉原:例えば入札の調整幅も何%というような、自分で決めるルールベースということですね。
シュリラ:そうです。複数条件のルールも作れますし、完全にAIに任せたフル自動化もできます。その場合は予算、期間、商品と目標を入力すればAIが勝手に最適化してくれます。
杉原:段階的にできるというのは日本のクライアント向けですね。
シュリラ:そうですね。加えて、日本のクライアントが特に好むと思われる機能が、変更履歴です。日別に新しいキーワードを追加した、入札を調整した、在庫切れになってしまったといった履歴を全て、誰がどこで変更したかまで見ることができます。
杉原:それは安心できますね。
シュリラ:Amazonなどのプラットフォーム内の管理画面や、Pacvue内でも操作でき、どのプラットフォームで行ったかの履歴も残るので、細かく追うことができます。
もう一つ、弊社ならではの管理機能としては、Excel内で完全に運用できる機能があります。これはピボットテーブルを開発した人物がいるためです。
杉原:それはすごい。
シュリラ:はい。Excelをかなり運用していれば、過去全てのレポートや機能が見られたり、例えば入札を変えて保存すれば、クラウドへ一気に反映できたりと、できることが非常に幅広いです。上級者向けですね。
杉原:それもまた魅力的ですね。
オンライン、オフラインの統合の流れに向けて
杉原:先ほどのお話にあったパートナーシップについて、AmazonやKrogerなどは大きなプラットフォームですが、日本は47都道府県の小売スーパーやドラッグストアなど、地場のプレーヤーも強いですよね。そういうところや、リアル店舗としては大きいけれどECが非常に小さいような日本の小売事業者とも、パートナーシップを組んでいく可能性はあるんですか。
シュリラ:可能性はあると思います。各社でさまざまなパターンがあると思いますが、リテールメディアに取り組む価値は大いにあります。特に実店舗内のリテールメディアをデジタル化すれば面白いと思います。ただハードルもあると思うので、弊社も含め、CriteoやCitrus、日本のAdInteなどのパートナーと組むほうが早いのではないでしょうか。弊社としては、自社であっても他社であっても、リテールメディアにチャレンジしてほしいと考えています。
杉原:これは私の見立てなのですが、日本のリテールメディアは、アメリカとは少し別の道をたどるかもしれないなと思っています。
最近Walmartが、TikTokやコネクテッドTVなどへとパートナーシップを広げ始めましたよね。そのように、まずは外に配信先を見い出していき、そこでマネタイズしながら自社のECを大きくしていくという流れも、もしかしたらあるのではないかと。それから、元々は競合であるリテールA社、リテールB社が、リテールメディアのビジネスの中ではパートナーシップを結んでいくようなこともあるかもしれないと思っています。
シュリラ:最近の動きでは、オーストラリアの最大手スーパーチェーンであるWoolworthsのCartologyというプラットフォームは、オンラインもオフラインも統合されているんです。YouTube配信や雑誌、アプリ、ラジオ、ストア前のデジタルビルボードなど、デジタルと店舗を分けずに連動していて、コンシューマー的には非常に面白い。すでに来店している顧客へのアプローチは、ネットよりも商品前の広告が購入に一番近いですし、これからはそうした統合プラットフォームがはやると思います。Pacvueもそうした部分をカバーしたいと思っています。
杉原:分かりました。今後の展望などあれば教えてください。
シュリラ:私は元々リテールメディアだけでなくEC全体に関わってきて、日本も長いので、以前から少しもったいないと感じていました。日本には本当に面白い商品がたくさんあり、職人の技も非常に高い。ECを使っていろいろな地域を盛り上げていくことができますし、重要なことだとも思っています。リテールメディアを通してでも、違う道ででも、日本のECを盛り上げたいと考えています。
杉原:ありがとうございます。今後も楽しみにしています。