Google創業者が以前話してくれたこと
2008年だったと思うが、Googleの日本法人に在職していた頃、創業者の一人が来日し、全社員の前で話してくれた。その中で、「将来的に検索結果は一つしか提供したくないんだよね」と話していたことに衝撃を受けたのを今も鮮明に記憶している。
もちろん、検索は進化を続けてきたが、検索結果は1つになっていないし、よくよく考えてみると、「世界の情報を整理して誰もが便利に利用できるようにする」という有名なGoogleのミッションの目指すところをわかりやすいメタファーとして伝えたかっただけかもしれない。
しかしながら、この一ヶ月のうちに、20数年間続いてきた検索エンジンの形が大きく変わってしまう出来事が起きた。検索エンジンでは唯一の競合会社と言ってもいいMicrosoftが、出資先であるOpenAIが開発する「ChatGPT」の言語モデル「GPT-3.5」ではなく、次世代言語モデル「Prometheus」(プロメテウス)を機能をBingとEdgeに搭載した。
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Microsoftアカウントがあればウェイティングリストに登録できるようになっており、いくつかのサンプルクエリで体験できるようになっている。
このサンプルではイースト(右側部分)にAIが返してくれた回答が掲載されている。答えのブロックがクリッカブルになっており、AIが教師データとして使ったであろうウェブサイトに遷移するような仕様になっている。また、回答の下部にも活用したウェブサイトのリンクが並んでいるので、ここで選ばれたウェブサイトはトラフィックを見込めるだろう。サンプルコードの生成を支援してほしいというクエリに関してはノース(上部)全体をAIが占有している。クエリタイプによるのだろうが、これまでの検索体験とかなり異なるのでインパクトは大きい。ただ、最終的なインターフェースがどうなるかはわからないし、今後も変化を続けていくとは思う。
BingへのAI搭載は3月と噂されていたが、結局2月に発表された。意図的な前倒しなのかは不明だが、Googleが遅れをとった印象を持たせたのは紛れもない事実である。ChatGPTは2023年2月現在で1億ユーザーを獲得したとされているし、今回のBingの搭載で、一時的かもしれないが、ユーザーが大幅に増えていると推測される。
慎重さと恐怖を感じるGoogleのAIに対する取り組み
それを受け、2月7日にGoogleも追随する形でAIへの取り組みについて発表した。
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ブログではこれまでのAIの取り組みをアピールする向きが強い。確かにGoogleも、Sundar Pichai氏がCEOに就任し、AIをサービスの中核に置いていく方針を打ち出してきている。2年前にLaMDA ( Language Model for Dialogue Applications: 対話アプリケーション用言語モデル) を搭載した次世代の言語および会話機能を発表したり、「1つのモデルで数千、または数百万ものことをするよう訓練できる」としている次世代AIである「Pathways」を活用した別の言語モデルPaLMなどについてもブログでは言及している。そもそも言語解析においては一日の長があるのは明白だ。今回は、LaMDAを活用した会話型AIサービス、「Bard」に現在取り組んでいることを表明している。
ブログの中で、「そして、今後の一般公開に先立ち、本日 Bard を信頼できるテストユーザーに公開し、この取り組みをさらに一歩前進させます。」と言及しているが、Insiderでも述べているが、この「信頼できる」という点が妙に引っかかるのだ。つまり、その他のユーザーは信頼していないということだ。
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同記事では、GoogleがAIを世の中にリリースすることに対する恐怖がまずあるとしている。情報の正確性や倫理面においてはそうだろう。誤った活用につながる可能性についてはすでに議論があるが、巨大な公開企業としての責任もある。ユーザーを恐怖を感じさせ、株価を暴落させるリスクも孕んでいる。加えて検索は全売上の半分以上を担うGoogleの屋台骨である。慎重になるのは当然である。
一方のMicrosoftは広告売上はかなりの勢いで伸びている(2021年の広告売上は100億ドル)が、同社の事業ポートフォリオは多様であり、全体の中でも5-6%程度である。検索シェアもGoogleは90%、Bingは10%にも満たない。今回の件でMicrosoftユーザーアカウントが大きく増えれば、ファーストパーティデータをさらに獲得し、広告収入の増加にも貢献する。失うものよりも得るもののほうが大きい。
通常、インターフェースが変更したり、新機能が搭載される際にも、全ユーザーの数パーセントをランダムに選んだバケットテストを繰り返し、レベニューニュートラル、つまり、機能追加や変更による増収と減収が同額で、全体としての収入が変化しないこと、またはプラスになることを本リリースの前提としていることが多い。
ただ、今回は競合に先行された影響で、急ピッチで実装を計画しながらテストを行っているのではないかと思う。なぜか?それはジェネレーティブAIの出現から始まった今回のAIの動きが、ユーザーの検索行動を根底から変えるインパクトを孕んでいるため、時間をかけて、と言っているレベルでないということを理解しているからだ。前述のInsider記事でも、Bardの発表は、恐怖とFOMO(fear of missing out、取り残されることへの恐れ)が混在したものだと述べている。筆者も同感である。
最近のGoogleにはさまざまな難題を抱えている。ChromeのサードパーティCookie廃止、米司法省による反トラスト法提訴、大量レイオフ、そして今回のこのAIの件である。そのため、このAIの取り組みに関してGoogleの創業者であるLarry Page氏とSergei Brin氏が少なくともアドバイザーとして再びGoogleのプロジェクトに関わりつつあるという話は理解できる。当時、広告一辺倒だったビジネスから、Chrome、Android、Playなどを手掛けることで多角化を図った、誰にもない将来ビジョンを持ったアーキテクトとしての視点には期待したい。
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AIによるGoogleの検索ビジネスへのインパクトはあるか
話を本題に戻すと、検索広告へのインパクトはあるだろうか。当然あると思う。いろいろな仮説が考えられる。さまざまな問いに対する答えを求めてユーザーや検索ボリュームは増えるかもしれない。ただ、AIによる回答で満足するケースも多いかもしれない。外部のウェブサイトの送客は減る可能性もある。検索広告のクリックに影響はどの程度あるかは、テストしながら、実装しながらわかる部分も多いのではないかと思う。広告主の入稿もこれまでと同じキーワードベースのままというのもどうもしっくりこない。動的検索広告(DSA)のように、入稿したURLの内容ベースでアルゴリズミックにマッチングを図るのが主流になるかもしれない。広告ランディングページの制作も変わる可能性もある。
何といっても検索の行動様式が大きく変わるターニングポイントである点は、Unyoo.jpの読者である広告運用者、マーケターの皆さんも今後注目していくべきと思う。
最近のAIの動向について考える際、数年前に我が家にGoogle Homeがきた際のことを思い出す。私の妻はITは得意ではない。キッチンの近くに突然置かれたGoogle Home端末をいぶかしげな感じで見て、最初は使わなかった。ところがいつの間にか私よりも使いこなすようになった。しかも、本当に人に話しかけるような自然な口調で疑問を投げかけるのか。私は、「そんなの難しくて回答できないよw」と言い、最初の頃はまともな回答が返ってこなかったが、じきに返ってくるようになったのだ。AI搭載の検索も、そんな感じになるのだろう。特に年齢的に若い層は違和感なく、自分なりのクエリを投げかけるようになるのではないかと思う。私個人的としては、古いキーワードベースの検索に慣れ親しんだユーザーであり、時代の変化についていけるか今からドキドキが止まらないのである。おあとがよろしいようで。