デジタル新時代のマーケティング考とは
近年、日進月歩のデジタル技術、生活やビジネスへの浸透が年々顕著なデジタル・デバイスの普及、COVID-19感染拡大による生活様式の変化に伴うデジタル・シフトの加速、これらによって限られた人々の限られた範囲や用途での「デジタル」活用から、オンライン、オフラインを問わず広範囲な情報をデジタルで統合した形で、多くの人が利用可能となる総デジタル化社会ともいえる時代に近づいています。
膨大な情報をデジタルで管理・活用していくことが当たり前となる「デジタル新時代」に向けてマーケティング周辺でも、AI/機械学習、CX、DX、OMOなど、新たな取り組みが活発化しているのは周知の通りです。
Unyoo.jpでは、そうした「デジタル新時代」だからこその「マーケティング」について思いを広げていきたいと考えております。
-Unyoo.jp編集長 佐藤康夫-
これまでの連載を振り返る
本連載では、マーケティング/人材育成プランナーであり青山学院大学経営学部講師である山本直人氏を迎え、この「デジタル新時代」にどのような思考で「マーケティング」と向き合うべきか、皆さまのマーケティングスキルの習熟度をひも解きながら、あらためて「マーケティング」の基本をおさらいしていきます。
連載 第1回「“オートマ+カーナビ”環境で、マーケティング人材は 育つのか?」はこちら
連載 第2回「『観察=独善』と言うなかれ」はこちら
連載 第3回「ターゲットは“当てる”のではなく“描く”気持ちで考える」はこちら
「ポジショニング」という技法は時代遅れ?
皆さんは、ポジショニングと聞いてどのようなイメージを持ちますか?横軸と縦軸で四象限のマトリックスをつくって、そこに自社や他社のブランドを位置づけるような図をイメージするのではないでしょうか?
ところが、少し前の新聞記事でこのマトリックスを批判している意見を見ました。
この方は、転職先の企業でこのようなマトリックスを見て「絶滅していたと思っていたのに」とコメントされているのです。※日経新聞電子版2018.12.30
この指摘には、たしかに納得できるものがあります。では、なぜそのような指摘がされるのでしょうか?
そうしたマトリックスの例として、【図表1】をご覧ください。あまりに雑に見えるかもしれませんが、説明のための例ですのでお付き合いください。
まず、こうやって動物を「位置づけ」すればそれぞれの特徴や関係を説明できますよね。しかし、この図にはちょっと問題があります。
そして、その問題はマーケティングの実務でマトリックスを書いているときにも知らず知らずの間に起きているかもしれないのです。
「かわいい⇔こわい」という軸は、単なる主観です。
クマやライオンだって「かわいい」と思う人もいるでしょうし、猫が「こわい」という人もいるでしょう。
そしてビジネス現場においても、こうした感覚的な軸をつくって、いろいろな製品を「まあ、こんな感じかな」と位置づけしているようなケースを見ることがあります。
そして、さらに問題なのは、4つの円がすべて同じ大きさになっていることです。もし、生息数で考えれば、「猫」が最も巨大で、ジャイアントパンダは殆ど点のようになるでしょう。
しかし、このような図表も、時おり見ることがあります。市場規模を考慮しないで、とりあえず「空いているところ」にポジションをしてみようという発想です。
この4つの動物をターゲットとした食品をつくる、と考えてみればわかります。パンダの市場は相当小さいはずです。
マトリックスが「時代遅れ」と言われるのは、こうした不適切な使われ方が広まったからではないかと思います。
では、本来のポジショニングとはどのように考えるべきなのでしょうか?
「心の中に位置を占める」ことがポジショニング
まずは、原点に還りましょう。
ポジショニングという考え方は、米国のジャック・トラウトとアル・ライズによって、1970年頃に提唱され、確立された考え方です。
そして、定義の中で最も重要なことは「顧客の心の中に特有の位置を占める」ということです。
ところが、このシンプルな考え方が、意外とうまく伝わっていないことが多いと思うのです。
その理由の多くは、他社製品との差別化に夢中になるあまり、「心の中」のことを忘れてしまうからではないでしょうか?
かつて、「日本茶のスパークリング」という商品が発売されましたが、短期間でなくなりました。
たしかに競合との差別化はできてます。マトリックスを書いて、「日本茶×炭酸」というゾーンを見ればたしかに空白です。
しかし消費者の心の中に「炭酸の日本茶」というポジションを占めることはできませんでした。
どんなに差別化されていても、一定以上の人々が「これは自分にとって関係があるな」と思わなければ、心の中に位置づけれられるわけではありません。
一方で「濃い味」の日本茶は複数の企業から販売されています。つまり、人々の心の中に「味の濃い日本茶」というのは位置づけられやすかったのです。
ポジショニングにおいて差別化は重要です。しかし、心の中に位置づける、つまり人々に受容されることが大前提となります。
その上で、「意味のある差別化の軸」を発見できれば、ポジショニング戦略は有効に機能するはずです。
ところが、「この軸に意味があるのか?」を吟味しないまま安心している例もまた多く見受けられます。
意味のある競争軸を発見する
もう一度、事例を見てください。【図表2】は、クマ科の動物を1つの軸でポジショニングしたものです。果たして、この軸に何らかの意味はあるのでしょうか?
たしかに、パンダは白黒です。そして、人気もあります。だからと言って、それがパンダの特徴を言い当てているでしょうか?
パンダの人気は「白黒だから」というわけではないでしょう。そもそも目の周りの模様が「釣り目」だったりすれば全然印象が違います。いっぽうで、シマウマもマレーバクも白黒です。
このように「とりあえず分析はできているけど、意味のない軸」で思考することも、ビジネスの現場で目立ちます。
逆に考えれば「意味のある軸」の上で、「心の中に位置づけられる」場所を特定できれば、有効なポジショニングとなるはずなのです。
食生活において「健康」という要素は重要です。しかし、ファーストフードのチェーン店では「健康志向」のメニューを提供しても受け入れられなかったケースが多くありました。
いっぽうで、ハンバーガーの肉を増量するようなメニューは人気となることが多いのです。
つまり、ファーストフードの顧客における「意味のある軸」は「食べ応え」であり、「健康」ではないのでしょう。だとすれば、その軸の上で肉の品質や大きさなどを的確にポジショニングできれば、受容されるわけです。
まずは言葉で「位置」を定義する
それでは、より実践的なポジショニングをおこなうためのプロセスはどのようなものでしょうか。
まずは、4象限の軸を一度忘れてください。その上で、対象となるブランドの価値をきっちりと言語化することが大切です。
以前に米国の企業と仕事をした時の経験ですが、彼らの多くは“Positioning Statement”を大切にしていました。競合を意識したうえで、そのブランドの位置づけをまず言語化するのです。
どのくらいの精度にするかはさまざまですが、「心の中の位置」が明快であることは必須です。そして、まずは「仮置き」のようなつもりで記述してみましょう。
「全体が白黒で目の周りの模様が愛くるしく、動きはゆったりてしていて、母子の戯れは特に可愛らしい」
やや主観が入っていますが、「パンダのポジショニング」を言語化すればこのような感じでしょうか。少なくても他の動物にはない位置づけになっているかとは思います。
こうして、対象となるブランドについて記述をしたら「意味のある軸」を探すこととします。
「競合との差別化が可能で、かつ自社ブランドが心の中に位置づけられる」ということの大切さについては、先に述べたファーストフードの事例などで理解できるでしょう。
もっとも大切なのは「納得化」
実際のポジショニング戦略は、多くのデータなどをもとにして決められていきます。ここでは、ポジショニングについての誤解を解くとともに、その考え方の骨格についてあらためて確認してきました。
では、最初に取り上げた「4象限のマトリックスは」は本当に無用の長物なのでしょうか?
まず、自社ブランドを位置づけるためには競合と比較したうえでの「軸」は必要です。そして実践においては「もっとも意味のある軸」を探すことで、多くの目的は達成されるでしょう。
その上で4象限のマトリックスが成り立つときは、いくつかの条件があると思います。
まず市場規模が十分に大きく、複数のブランドが収益を上げていること。規模の小さな「すき間(ニッチ)」を狙っても、存続が可能であること。そして、さまざまブランドが、消費者の「心の中」に位置づけられる状況であること。
このような市場では、微細な細分化も可能かもしれませんが、まずは自己定義をしっかりすることから始めるべきでしょう。
いきなりマップを書いてみることは、おすすめできません。
ポジショニングは「おもしろい」のですが、その一方で「怖い」ところもあります。それは、ついついアタマの中でゲーム化してしまい、顧客の心についての洞察がおろそかになるからだと思います。
「差別化のゲーム」で満足しているポジショニングは失敗しますし、それはそもそもポジショニングとはいえません。
受け手がそれぞれの心に、自然に位置づけらるための「納得化」ができているか?
このことを忘れなければ、ポジショニングはこれからも有用な技法だといえるでしょう。