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『プラットフォームの思想を知れば、これからの広告運用が見える』連載の趣旨
デジタル技術の進化により、年々増え続ける広告プラットフォーム。しかも各媒体でサイレントを含むアップデートが繰り返され、新機能を使いこなすことに手一杯になっている運用者の方も多いのではないだろうか。しかし、普段機能の一つ一つに目を向けていると分からないものだが、それらはもっと根幹の部分にある「プラットフォームとしての思想」が反映された結果として、生み出された機能であるはずだ。
ユーザーベースドな広告運用が大事だといわれている今だからこそ、各プラットフォームの思想を理解し、これからの広告運用に向き合うためのマインドセットを再確認することが大事なのではないだろうか。 本連載では「どういう思いでプラットフォームが立ち上がり、その思想がサービスにどう反映されているのか」をテーマに進める。
今回、プラットフォームの思想を伺った方:RTB House Japan株式会社の奥内鉄治さん
第8回となる今回は、Cookieレス時代を迎えるにあたりプラットフォームやメディアを運営する各社が対策を講じる中、機械学習の一つである深層学習(=ディープラーニング)の力で新たな方策を生み出しているポーランド発祥の企業、RTB House Japan株式会社の奥内鉄治さんに、ディープラーニングで実現しているサービスやCookieレス時代への対応についてお話を伺った。
話し手:
RTB House Japan株式会社
カントリーマネージャー
奥内鉄治さん
聞き手:
アタラ合同会社
ストラテジック ビジネス リード/チーフコンサルタント
中川雄大
数学者がつくったリターゲティング・サービス企業
中川:奥内さんの自己紹介をお願いします。
奥内:私がRTB Houseと関わり始めたのは2017年です。RTB House APACマネージングディレクターのJakub Ratajczakが同年3月に東京に出張で来た際に会い、RTB Houseという会社を日本で立ち上げようとしていると聞いて5月から手伝うようになりました。
それまでの私の経歴をお話しすると、もともとは毎日新聞社でオンラインの広告営業をしていたのですが、FOX International Channelsに転職、アドネットワーク事業を担当しました。
当時、ライトメディアのプラットフォーム(ライトメディアエクスチェンジ)を使っていたのですが、その後、ライトメディアを所有するアメリカ・ヤフーの日本法人に転職し、アドエクスチェンジ事業を担当しました。ユーザーから担当者への転身です。
ここまで広告関係のキャリアを積んできましたが、その次に入社したスウェーデンの会社Cintは、広告ではなく、マーケットリサーチのエクスチェンジプラットフォームを提供する会社です。
アンケート調査に答えるユーザーを抱えているサプライサイドの会社と調査をしたい会社をオンラインで結び、案件があったら自動で流せる仕組みをつくっていました。
このCintでカントリーマネージャーをしていたときにRTB Houseを手伝い始めたのがきっかけで現在に至ります。
中川:基本的に海外の会社のローカライズを一貫してやっていらっしゃったのですね。
奥内:はい。結果的にそうですね。
中川:RTB Houseにはお手伝いから関わり始めたということで、最初は正式な社員ではなかったと。
奥内:はい。5年前は法人も何もなかったので、実際の案件のご案内や代理店さんの紹介、あと代理店向けのプレゼンのトレーニングをしていました。
案件がないけれど取りあえず話を聞いてもらうためにセミナーを開いたりといった形でお手伝いしていたのですが、そのうち実際に案件が入り始めて会社としてやっていけそうだということで、1年後に正社員として入社が決まりました。
当時はRTB Houseのカントリーマネージャーの募集もしていたので、いろいろな人にお声掛けしたのですが、いかんせんまだ法人もないし、案件もないし、リターゲティング広告の会社ですと言っても「リターゲティング広告の会社といえばCriteoでしょう?Criteoがあるのに同じことをやるのですか」と誰も本気にしてくれませんでした。
結局、カントリーマネージャーを任せられるような方は入って来ず、マネージングディレクターのヤコブが「もう自分が移り住む」と、家族で日本に移住してきたのです。
中川:ジャパンマーケットを取るという覚悟が感じられますね。
奥内:ですよね。自分が行って法人もつくると。2018年の1月に法人ができて、私以外に1号社員として高橋さんというすごいセールスの方に入っていただきました。
その後、3号の方もすぐ入って、最初は三人でやりながら半年後に四人、五人と少しずつ拡大していきました。
中川:RTB Houseの誕生の背景も教えてください。
奥内:創業者で現在CEOのRobertと、CTOのBartłomiejの二人はワルシャワ大学で数学を学んでいたのですが、お互いインターネットに対するビジョンやパッションを持っていたことがきっかけで意気投合しました。
片方はすごく数学的で、片方はプログラミングができる、その二人がお互いを補いながら一緒になって考えて、アイデアが温められて、RTB Houseの原型ができたのです。
そこから実際にプロダクトをつくろうということになり、現在COOのDaniel Surmaczと三人で2012年に会社を創業しました。
中川:数学者がつくったというだけでもユニークですね。では、RTB Houseのサービスについてお聞かせください。
奥内:創業以来、基本的にずっとリターゲティングを提供してる会社です。ここ1~2年、ブランディング向け商品も開発、販売をし始めたので、現在はブランディング向け商品もあります。
ブランディングではない部分はパフォーマンス商品という形で、コンバージョンも欲しい人向けの商品、もしくはトラフィック向け誘導をたくさんしてほしいという人向けのプロスペクティング商品も展開しています。
なので、リターゲティングとプロスペクティング(※サイトに訪れていないユーザー(潜在ユーザー)にユーザーの興味関心がありそうな商品をアイテム単位で広告配信ができる仕組み)を合わせたパフォーマンスと、ブランディングとの二つの軸で現在はサービスを提供しています。 ただしリターゲティングが圧倒的なウエートを占めているというのは変わりません。
中川:フルファネルで対応可能と私は理解しているのですが、その認識で相違ないですか。
奥内:1年前まではそう言っていたのですが、フルファネルというとどうしてもファネルの三角形をイメージしてしまうので、実は現在はフルファネルという言い方をしていません。
結局、最終目標はボトムのコンバージョンだと思われてしまうのです。アッパーファネルに寄与するものと思われてしまうと、トータルのスペンドをコンバージョンで割ってCPAがいくら、という形になってしまい効果が悪く見えてしまいます。
そう思われるのはあまりよくないことに気付き、今はフルファネルという言い方はせずに「ブランディング広告とパフォーマンス広告は別でお取り扱いしています」というご案内をしています。
中川:プロダクトとしてはあるけれども、営業戦略、マーケティング戦略的にフルファネルというワードは使わないという理解であっているでしょうか。
奥内:そうですね。フルファネルに当てはめてみると、動画の視聴完了を目指したものやターゲットリーチを目指したものがアッパーファネルで、ミドルファネルは私の申し上げたプロスペクティング(※サイトに訪れていないユーザー(※潜在ユーザー)にユーザーの興味関心がありそうな商品をアイテム単位で広告配信ができる仕組み)や当時はConsideration(※関心度の高い見込み顧客に対して、商品やサービスの検索、比較、別ブランドの検討など自社サイトへのトラフィックにつながる可能性の高いタイミングでアピールすることを可能にする広告)と呼んでいた部分、ローワーファネルはリターゲティングの部分になるのですが、フルファネルという言い方は控えています。
ディープラーニング100%だからこそ実現したマネージドサービス
中川:御社はおそらくCriteoさんと比較されるケースも多いと思うのですが、RTB Houseならではのアルゴリズムについて伺ってもよろしいでしょうか。
奥内:一番大きな特徴はディープ・ラーニング・エンジンです。100%ディープラーニングで動いているエンジンというのは他社にはない弊社だけの特徴です。
中川:深層学習ですね。
奥内:はい。創業した2012年当時はまだディープラーニング・エンジンだけの対応ではありませんでしたが、4年掛かって100%ディープラーニングのアルゴリズムでの対応が完了しました。
中川:広告配信に関連するアルゴリズムにはよく機械学習が使われますが、そうではなくディープラーニング、深層学習ということですか。
奥内:そうですね。そこがCriteoさんや、Google、Facebookとの違いです。
ディープラーニング・エンジンとそれ以外の機械学習がどう違うのかというと、基本的にディープラーニングは自己学習なので、人間が何かをインプットをしてそれを見て最適化しなさいという基準を人間が与えなくてもいいのが特徴です。
ディープラーニング・エンジン以外の機械学習の場合、例えば非常に優秀なデータサイエンティストがそこを考えて、ここを着目して変えたらすごく良くなる、といったことを決めて、実際のデータをそこに注入して学習を続けるというものなのですが、ディープラーニングの場合はそこが要りません。完全な自動化というのが大きな特徴です。
もう一つあるのが、サービス上の違いです。弊社は運用を全てRTB Houseのアカウントマネジャーが行うマネージドサービスです。
中川:これも大変珍しいですね。運用型広告のプラットフォームは、誰にでも扱えるものとしてつくりながら一定の広告予算を持つ、いわゆるラージアカウントに関してはアカウントマネジャーを担当者につけて一緒に戦略から考えるというやり方がこの業界のスタンダードだと思います。
奥内:そこが大きな違いです。基本はセルフサーブでラージアカウントのときだけアカウントマネジャーがパスをするという形だと、アルゴリズム自体は変えられません。
そうすると最大公約数的なアルゴリズムをつくる必要があると思うのです。弊社はラージアカウント向けに特化したアルゴリズムに振り切っています。
中川:それは面白いですね。普遍的なものをつくると、みんなにとって80点は出せてもその個社における特有の現象や特殊変数を鑑みた100点を出すのは厳しいということですね。 80点を100点に近づけていくためのフルマネージドサービスといえるかもしれませんね。
奥内:そこがディープラーニングを100%使うということにもつながっています。ディープラーニングを100%使うと、学習に時間が掛かるので膨大な量のデータが必要です。
普通の機械学習よりもたくさんのデータと時間がないと完全に最適化できません。
すぐに大量のデータが集まるようなラージアカウントならすぐに動くのですが、小さいところだと効果が全く出ないという結果で終わってしまいます。
そもそも小さいところにはご案内せず、ディープラーニングを生かせるお客さまに特化しているからこそのマネージドサービスといえると思います。
中川:深層学習、ディープラーニングの恩恵を十分に受けられる規模の企業にフォーカスして活動されていらっしゃるということですね。
奥内:その通りです。
中川:ターゲットを絞っているのは面白いですね。そもそも深層学習の分野の第一人者が創業したからこそ、運用型広告やデジタルマーケットに最適化させた形でアルゴリズムをつくれる、という捉え方で相違ないでしょうか。
奥内:はい。先ほどお話ししたマネージドサービスについて、やはり限られた大きなお客さまにフォーカスすることで、ほかの部分のサポートも分厚くすることができるのです。
中川:ほかの部分とは、どういった部分のサポートでしょう。
奥内:もともとRobertとBartłomiejが意気投合したときに最初に想定した広告主は、ファッションの分野でした。
ファッション業界のクライアントにフォーカスしたらどういう商品がつくれるか、というところを考えたそうです。
ファッションはクリエイティブが重要になりますが、今存在する広告クリエイティブはあまりよくないという話になりました。ユーザーがファッションの広告を見たときに、あまりうれしいと思えるようなものではないので、そこも改善しようと。
また、アパレルプランドはもともと商品件数が多いので、件数の規模を生かしたディープラーニングにはとても向いています。クリエイティブも良いもの、きれいな見た目のものを作ったほうがいいですよね。
これが現在にもつながっているのですが、グラフィックチームにかなり人手を掛けています。そこをずっと人間の手でやっているところは、他社との違いといえるかもしれません。
他社さんだとたくさんのテンプレートを使って色分けをして、自動化することがあるのですが、弊社では、人が考えてこれがいいと思ったものをお勧めするというやり方を取っています。
中川:一般的な広告プラットフォームはやはり普及させることが重要なので、普及させるためにサービスや製品の品質を平準化させ、再現性を高める手段としてのテンプレート化は大変合理的な手段だとは思いますが、それをされていないところにも他社との違いがあるんですね。
ほかに、他社との違いや特徴があれば教えてください。
奥内:FacebookやTwitter 、Googleはウォールドガーデンなので完全に囲い込まれたプラットフォームです。私たちはオープンインターネットのプレイヤーであるというところが、大きな違いだと思います。
やはりオープンインターネットのほうが人数的にも多いですし、入札競争が少ない。より良質なユーザーさん、インプレッションを、よりリーズナブルな価格で買えます。その広いところから実際にコンバージョンの可能性の高いユーザーさんを買い付けてくるところが大きな違いです。
これはRTB Houseが言っていることではないのですが、ウォールドガーデンの中で回遊しているユーザーのインプレッションとオープンインターネットのインプレッションだと、オープンのほうがすごく多いのに、投下される広告費はウォールドガーデンのほうが多いといわれています。
それはとてもアンバランスなので、オープンインターネットを推進したほうが広告主の最終目的にはかなう、ということをわれわれは言っていきたいと思っています。
Cookieベースと変わらずリターゲティングを実現する「Product-Level Turtledove」
中川:では、Cookieレス時代における御社の戦略や動き方についてお聞きしたいと思います。
奥内:まずこのCookieレスの大きな流れは、われわれが何かをして方向性が丸ごと変わるというものではなく、全体的な大きな方向性が定まっているものだと思います。
個々のお客さま、広告主さまにおいても、この大きな流れの中でどのようにこの変革期を過ごしていくかという点は非常に高い関心をお持ちですし、手厚くサポートしていく必要があります。
そのため現在、一時的にせよ、広告主さまから、これを使いたいとかこういうソリューションをやりたいというお声があった場合には、われわれは全て対応できるように体制を整えています。
具体的にはID5さんやLiveRampさんといったIDソリューションを使ってみたいというお客さまがいた場合には、使えますと言えるように開発は進めていますし、準備をしています。
ただ、全体の潮流を考えたときに、大きな流れとしてはどうしていくべきか、Cookieがなくなったらマーケティング活動をどうしていくべきか、リターゲティングに近いもので効果を上げていたお客さまはどうすればいいのか、ということについては、業界全体、具体的に言うとW3C(World Wide Web Consortium)の中で議論が進んでいますし、われわれもそこに積極的に参加してそこでの方向性をどうするか貢献できるような活動を行っています。
現実問題として、最も有力なのはGoogleのPrivacy Sandboxだと思っています。その中にいろいろな機能があるので、こういう機能を付けたらいいのではないかという提案がW3Cの中のいろいろな会社からありました。
中川:御社からはどのような提案をされたのでしょうか。
奥内:当時Turtledove(コンテキストデータと個人を特定できる情報を分けるブラウザ用のAPIソリューション)と呼ばれていたものの機能として、弊社もProduct-Level TurtledoveとOutcome-based Turtledoveの二つの提案をしました。
それがGoogleのChromeのチームに完全に採用されたので、現在はFLEDGE(Googleが提供するプライバシーサンドボックスに関連するAPIの一つ)にその二つが内包されています。
それはGoogleのFLEDGEの中に公開されるものなので、RTB Houseだけではなくどの事業者もその仕組みを使えるようになります。
ご存じのようにFLEDGE自体はまだ実際のテストは始まっておらず、オリジン・トライアル・テストが始まるのを待っています。そのオリジン・トライアル・テストは、GoogleがChromeユーザーの0.5%ぐらいにその機能を付けたChromeを配布して、機能テストを実施します。
しかし、0.5%だけなので機能のテストだけしかできないんですよ。それで効果が良くなった、悪くなったというテストはまだまだできないので、そこは今後のGoogleのタイムラインを待つしかないですね。
中川:段階を経て、まず機能としてちゃんとワークするかということと、それがあって初めてパフォーマンスが問われるということですね。
奥内:はい。弊社が提案したProduct-Level Turtledoveは「Product=商品」のことで、リターゲティングなので対象顧客がファッションなどEコマースです。
例えばジャケットやシャツなどの商品を見た人に、現在のCookieをベースにした「あなたはこの商品を見たでしょう、さっき見たでしょう、まだカートに入っているよ」という追い掛け、リターゲティングもしているのですが、それをするためにバナーの中にいくつかの商品がカルーセルで回るようになっています。
さっき見たジャケット、さっき見たシャツ、そしてさっきは見てないけれどもしかしたら興味があるかもしれない違う色のシャツ、そういったものを出し分けているというのが現在のリターゲティングです。
ただしCookieをベースにしているので、Cookieがなくなるとそれができなくなってしまいます。そこをどうするか、レコメンデーションをどう維持するか、というのがこのProduct-Level Turtledoveになります。
中川:どのように対処するのですか。
奥内:基本的には1対1のターゲティングはできなくなるものの、1対30や1対50、もしくは100程度だったらプライバシーの観点から問題ないだろうという判断になると考えています。つまり、グループターゲティングですね。
例えばこのジャケットを見た人50人には、同じ人だと判断して同じ種類の広告を出すという形になるので「このジャケットを見たかどうか」という情報をGoogle Chromeの中、つまり、ブラウザの中に書き込ませていただきます。
そうするとChromeの中にこのジャケットに興味があるグループという形の名前でグループができて、そこにいろいろな人が入っているという状態になります。すると、RTB House側のサーバーにその情報を保存することなく、あくまでブラウザの中に保持しているという形でターゲティングができるようになる、という仕組みです。
そのためブラウザの中にシャツグループ、ズボングループ、など大量のグループをつくります。
中川:リターゲティングの挙動としては変わらない、つまりCookieベースと比較して変わらず実行できるという理解で正しいですか。
奥内:はい。それを目指しています。
中川:今までは1対1でやっていたものを1対グループという扱いにすることで、あくまで「個人ではない」ということをオンブラウザで実現するということですか。
奥内:はい。全ての管理をブラウザに任せるという点が大きな特徴です。
中川:それでプライバシーを保護する、と。
奥内:そうですね。そういったアプローチを取っています。
中川:スマートフォン対応はどうされていく予定ですか。
奥内:スマートフォンであってもChromeブラウザを使っているお客さまであればそれができるはずです。
現在もSafari、iOSには配信していないので、今のところ検討していません。それがレコメンデーションの観点から見たProduct-Level Turtledoveです。
ブラウザ上で入札金額調整をする「Outcome-based Turtledove」
中川:もう一つの「Outcome-based Turtledove」というのはどういう機能でしょうか。
奥内:こちらはレコメンデーションではなく入札金額調整にかかわるものです。これもやはりブラウザの中に、その人がどれくらいコンバージョンしそうかどうかという情報を入れておきます。
ちなみに今は入札するとき、こちらで「この人は高い確率でコンバージョンしそうだからCPM1,000円で入札する、コンバージョンする可能性が低い人には100円で入札する」と設定し、それをサーバーが内側で100円か1,000円かを判断しています。
今後はその判断を内側でやるのではなく、ブラウザの中にマルチプライヤー、何倍といったものを格納して、こちらからの入札はあくまで広告主の金額をベースに、だいたい基準100円、CPM100円にしておくのですが、ブラウザの中に「高い確率でコンバージョンしそうな場合は10倍にする」と書いてあるので、実入札金額が1,000円に変わります。
中川:最終的にはブラウザで処理するということですね。
奥内:はい。こちら側は100円と入れたけれど、ブラウザが1,000円と判断したものであればちゃんと1,000円払いますよという形でブラウザから「10倍」で戻します。落札しましたと連絡がきたら「分かりました」と事後に払うという形です。
中川:事後なのですね。そうしないと障壁が出たり、御社にとってリスクがあったりするのですか。
奥内:そうですね。「あ、この人10倍になるよ」というのをいちいち聞いていると、そこでまた判断し直さないといけない話になるので、プライバシーのリスクになる可能性があります。
もしくは何度も往復するので遅いとか、そこは分かりませんが、今のところもうブラウザのほうが勝手に決める、それを受け入れるという思想になっています。
逆にどうして10倍だと分かるかというと、そのユーザーの行動によって、例えばカートに入れた直後に最後の確認ページまでいったということがあると、この人はかなりの確率でコンバージョンしそうというのが分かるはずですよね。
ではこの人は10倍にしようという連絡がタグからブラウザにいって、ブラウザの中に「×10」というのが書き込まれる形です。
中川:入札における、ということはターゲットの優先順位付けとも捉えられると思うのですが、その点に関しても、精度に関する懸念はないと思ってよいでしょうか。
奥内:はい。できるだけ今に近いものを維持するために、いろいろなやり方を考えているうちの一つです。
中川:今のお話を要約させていただくと、Cookieレス環境においても前者のProduct-Level Turtledoveで「誰に」「何を」表示するかを定義し、後者のOutcome-based Turtledoveで「いくらで」入札するかを決める、といった形ですね。
これらを従来に近い精度で担保できる仕組みとして、御社からChoromeチームへご提案されて、すでに動き始めている、と。
奥内:はい、そうです。
日本と同様、合議制をとるポーランド企業として両国の架け橋に
中川:では、今後の展望についてお聞かせください。
奥内:今、対外的に今後の計画やお話しできることは残念ながらありません。
Privacy Sandboxもそうなのですが、Google側がどんどん遅れていて、今後どうなるか、いつごろから何ができるかが分からないので、社内でタイムラインを引けていない状態です。
中川:皆さん苦労されていますね。可能な範囲で構わないのですが、日本市場向けの製品やサービスを広げていく見通しという点では、お話しいただけることはありますか。
奥内:そこも変わらずです。ただ、リターゲティングの日本向け営業戦略としては、今までどおりの方針なのですが、かなり大きいけれどもまだご案内しきれていない、あるいはご案内したけれどもなかなか首を縦に振ってくださらないお客さまがいらっしゃるので、今年はそういったお客さまにご理解いただいて、きちんと導入していただくことに注力していく予定です。
2023年までは現在のCookieは使えると思っているので、その間にまずいったん導入していただいて、今後のどう変わっていくかというところを一緒に見ましょうというご提案を続けていこうと思います。
中川:ありがとうございます。最後に、個人的な野望や目標は何かございますか。
奥内:弊社はポーランド企業なので、ポーランド企業の強みを生かした成長と拡大をこれまで以上にしていけるかなと思っています。
もしかしたらポーランド企業ではなく、RTB Houseだけかもしれないのですが、日本の文化や商習慣に合うところがあると感じるのです。
中川:ポーランド企業であるRTB Houseさんの文化と日本の文化に合うところがある、というのはとても興味深いですね。
奥内:一言で言うと合議制、つまりみんなで決めるということです。みんなが考えて、みんながそれを知って、これいいよね、いや、だめだよねという議論をしながら意思決定をして実際の実行に移る、という部分は、日本市場に合っている体質だと思っています。
以前流行した書籍『マネジメント』でドラッカーが書いてることですが、日本企業は担当者から部長から役員から全員に同じことを話す必要があるので意思決定に時間が掛かる反面、逆にそこまでやったあとは、もう全部みんな知っているので進みがものすごく早いというのです。
中川:全員で合意形成しているからですね。
奥内:そうです。何をすればよくて、こういういう問題があるかもしれないというのが事前に出てきているので、そこをつぶした上で最終的に実施すると決まっています。
だから、決まったあとはすごく早いですよと。しかもきっちりしているというところが強みだと、ドラッカーは言っています。
RTB Houseもそれに近いところがあります。社内の意思決定も役職の上の人が決めるというより、ディベート的な感じでみんなで「これはおかしいとか、ここはトラブルになりそう」というのを事前に話し合います。
みんなで合意しないと進まないというところもあります。なので、ポーランドと日本の架け橋となって、いいところを引き出していければなと思っています。
中川:本日はありがとうございました。
※このインタビューは、2022年3月に行ったものです。
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