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デジタル新時代のマーケティング考とは
近年、日進月歩のデジタル技術、生活やビジネスへの浸透が年々顕著なデジタル・デバイスの普及、COVID-19感染拡大による生活様式の変化に伴うデジタル・シフトの加速、これらによって限られた人々の限られた範囲や用途での「デジタル」活用から、オンライン、オフラインを問わず広範囲な情報をデジタルで統合した形で、多くの人が利用可能となる総デジタル化社会ともいえる時代に近づいています。
膨大な情報をデジタルで管理・活用していくことが当たり前となる「デジタル新時代」に向けてマーケティング周辺でも、AI/機械学習、CX、DX、OMOなど、新たな取り組みが活発化しているのは周知の通りです。
Unyoo.jpでは、そうした「デジタル新時代」だからこその「マーケティング」について思いを広げていきたいと考えております。
-Unyoo.jp編集長 佐藤康夫-
本連載では、マーケティング/人材育成プランナーであり青山学院大学経営学部講師である山本直人氏を迎え、この「デジタル新時代」にどのような思考で「マーケティング」と向き合うべきか、皆さまのマーケティングスキルの習熟度をひも解きながら、あらためて「マーケティング」の基本をおさらいしていきます。
人のスキルは向上し続けているのか?
まず、最初にこのような問いに耳を傾けてください。
「いまのビジネスパーソンのスキルは、30年前より向上しているのか?」
真剣に結論を出すものというより、これはちょっとした雑談で話題になるようなものですが、皆さんはどう思われますか?
普通に考えればパソコンが普及する以前、携帯電話もスマートフォンもFAXもなく固定電話があったオフィスで働いていた時代の人に比べれば、学ぶスキルは格段に増えているはずです。
一方で、こんなことを言って反論する人もいます。
「でも、パソコンなどが普及する以前、日本経済は今より成長率が高かったんだから、昔の人の方がすごかったんじゃないか?」
この発想はちょっと怪しいように思えますが、なるほど確かに気になる点もあります。
というのも、科学や学問がどのように発達してきたかを考えると、紙とペンだけしかなかった時代から常に思考力の高い人は素晴らしい発見をして、業績を上げているからです。
人間が働く上で「新しい技術や仕組みを使いこなす力」もたしかに必要ですが、それ以前に「人や自然のあり方を学び、自分で考える力」はいつの時代にも必要なことではないでしょうか?
それは、マーケティングにおいても同様だと思います。
マーケターに求められるスキルは日々進歩し、そして、最新のテクノロジーをいち早く習得することが求められます。
しかし、仕事の目的を立て、そのための手法を考え、一つ一つ実行していく基本的能力は おろそかになっていないでしょうか?
デジタルテクノロジーが当たり前のものになった現代だからこそ、あらためて身につけるべきスキルが問われているように感じるのです。
こうした視点で、マーケターに求められるスキルを再整理してみたいと思います。
スキルは基礎から積み重なっている
その前に、当たり前に見えることを書いてみます。
「スキルとは経験や訓練による積み重ねによって段階的に向上してく」
ごく当たり前に見えることですが、ここにも落とし穴があります。
スポーツであれば、まずこの法則は当てはまるでしょう。スキーの初心者をジャンプ台に連れて行っても飛ぶことはできないでしょうし、ピアノを始めたばかりの人にラフマニノフを弾かせることも無謀だと思います。
ところが、仕事においてはもうちょっといろいろなパターンがあります。経験の少ない学生がアイデア一つで起業に成功した例はたくさんありますし、入社間もない社員が先輩を追い越すような成果を挙げることもあります。
特にデジタル化が急速に進んだマーケティングの世界では、入社そこそこの若手たちが新たなシステムを難なく使いこなす一方で、ベテランたちが「自分たちには分からないから」と新たなシステムを使いこなすことや、マーケティングに向きあうことをあきらめているような状況すらありました。
では、若くして第一線で活躍してきたマーケターは、これからも成果をあげ続けられるのでしょうか?それには、ちょっと疑問があります。
最初からデジタルの世界で仕事をしてきた人の中には、「オートマ+カーナビ」に喩えられるような最新装備のクルマにしか乗ったことがないようなケースもあると思うのです。
「目的地に導く」には紆余曲折がある
あらゆる仕事には、ゴールがあります。短期間で目指すものもあれば、長い時間をかけてたどり着くこともあるでしょう。
快適な道だけで到着できればいいのですが、予想もつかない悪路だったり、道すらないようなプロジェクトもあります。
予測もできない天候の急変のような環境変化も、ここ最近で実感した人は多いのではないでしょうか。
このようにして仕事の目的を達成することを、ここでは「目的地に導く」ことに喩えて考えてみようと思います。
【図表1】そして、本稿ではマーケティングのスキルを3層の構造で整理します。
【図表1】
まず、「どこかに行く」ためには、自分たちのいる空間の状況をつかみます。
そのために必要な道具が地図です。
そして、歩くのか、クルマなのか、電車なのか……?というように交通手段の特徴を知らなくてはなりません。
では、このような基本的知識があればスムーズに目的地に行けるでしょうか?
実はその際にはさまざまな変数を考慮するはずです。移動する人の特徴や人数、目的によっても選択肢は変ります。時間重視か、快適さ重視か、あるいは経済的負担は?というように考えて最適な方法を選択するのです。
そして、目的地に到着するまでに最適な方法を選択するための、さまざまなテクノロジーが存在します。インターネット上の地図はGPSと連動し、あらゆる交通ダイヤがデータ化され、乗換案内のようなアプリもあるのですから、これらを使えば最適解は導かれるでしょう。
また、「オートマ+カーナビ」のような環境であれば、そもそも地図を読み込んだり交通の特徴を知る必要もないように思えます。
これは、デジタル環境で育ったマーケターが置かれている環境にやや似ているように感じます。
さて、このことに問題はないのでしょうか?
自分でまず考えてからゴールを目指す
上記の例に出たような乗換案内もカーナビも、決して万能ではありません。
実際に複数のアプリを比較すると、まったく異なる案内が出てくることもあります。そして一定の知識や経験があれば、どの案内が最適かを見抜くこともできるでしょう。
また、案内には出てこないような方法が最適解となるケースもあるはずです。
新宿から六本木へ行くのであれば、普通なら地下鉄一本の経路が案内されます。
しかし、行先や目的、あるいは人数によっては「信濃町までJRで、そこからタクシーで行く」方がスムーズかもしれません。
つまり、「ゴールを目指す」というのは単なる位置の移動ではなく、何らかの目的の達成です。
これは、あらゆる仕事において同じといえるのではないでしょうか。
マーケティングにおいても、ゴールに向けての最適解を得るための技術は格段に進歩しました。しかし、仕事をしていく上で、まず考えるべきことは何でしょうか?
それは、「そのゴールで正しいのか?」と問うこと。
さらに、ゴールまでのプロセスで何を得られるのか?という視点を持つことだと思うのです。
そういう視点で、もう一度スキルの3層を見てみましょう。
ゴールも道筋も無数にある
まず、どのような仕事においても求められる基本スキルがあります。
状況を分析し、課題を発見し、論理的に打ち手を導く。
これは業界を問わず、あらゆるビジネスで求められることといえるでしょう。
もちろん求められるスキルの中に基本的な計数能力も含まれます。
これら基本的なスキルがあることを前提にした上でマーケティングに求められる専門スキルがあります。
これも大変に広範囲ではありますが、とりわけ「人の心に働きかけて行動を促す」ことが大切でしょう。
いわゆる「インサイト」を捉える他者理解能力、前例のないクリエイティブに挑むアイデア志向性、さらにはリサーチ能力なども必要です。ゴールと道筋を併せて構想することも重要です。
たとえば単純に売上の目標額や数量を決めるだけではなく、その目標にたどりつく前段として、「どのような顧客を獲得するか」という視点を持つことも必要です。
ターゲットが単に価格を追求するような人たちであれば、初回購入時はもちろん、再購買時にも価格を優先するでしょう。
また、ターゲットが周囲に影響を与える人であれば、口コミで売上があがる効果も期待できるかもしれません。
将来的なことを考えるならば、自社の製品やサービスに共鳴してファンとなってくれる人が増えることがもっとも望ましいゴールであるはずです。
このように、様々な形のゴールや道筋について深い議論をおこなうことができるからこそ、最新テクノロジーを活用することに意味が出てきます。
もう一度スキルを見直すいいタイミング
さて、今回どうしてあえて「あたりまえのスキル」を振り返ってみることをお伝えしたのでしょうか?
現在、デジタルマーケティングの業界では「クッキーレス」が大きな話題になっています。
この大きな環境変化の中で改めて向きあうべきところは「あたりまえのスキル」だと考えています。
今後もさまざまな環境変化が予測されますが、「カーナビの精度」は今までより落ちていくと予測されます。
だからといって、「紙の地図」に戻るわけではありません。
「クッキーレス」時代に突入し、デジタルマーケティング業界において「最新の交通状況」が反映されにくくなるとはいえ、今までの経験をもとにデータを活用することで、最適解を探すことはできるはずです。
かといって、基本的なマーケティングスキルや、マーケターとしての専門的トレーニングが足りない方にとっては、「クッキーレス」時代に突入することで今までの環境とは異なる「壁」を感じてしまうかもしれません。
このような環境変化でも成果を挙げ、仕事を楽しめるようになるにはどうしたら良いのでしょう?
みなさまが感じてしまう「壁」は各々が持つ能力の高低ではなく、「思考習慣」の差ではないかと思います。さらに、その習慣を組織として共有することで環境が変化しても仕事を楽しめるコツがつかめるかも知れません。
個人スキルの向上だけではなく、集団としての「組織スキル」を強化するにはどうしていけばよいのでしょうか?
次回以降はスキルの階層を再整理しながら、どのような思考と行動が求められるかを明らかにしていきます。