目次
『クッキーレス時代と向き合う』連載の趣旨
*MightyHiveは現在Media.Monksとして日本で活動されています。
ユーザーを識別し、情報を記録・保持することができるCookieは、リターゲティングや行動ターゲティング、アトリビューション分析などに幅広く利用されており、企業のデジタルマーケティング活動に欠かせない技術でした。
一方、EUで施行となったGDPRや米国カリフォルニア州のCCPAといった法規制に加え、AppleのITPや2022年を予定しているChromeの3rd Party Cookieサポート終了といったWebブラウザの仕様変更など、グローバルかつ業界全体でCookieの利用を制限する動きが出てきています。
そこで本連載では目前に迫っているクッキーレス時代の到来に向けて、識者との対談を通じ、その全容を明らかにすると同時にマーケターが今から準備できることを明らかにしていければと考えています。
今回の話し手:
第1回は、米国に本社を置くデータ&デジタルメディアのコンサルティング企業 MightyHiveのCOO クリストファー・マーティンさんと日本担当カントリーマネージャー松崎亮さんに、クッキーレス時代のターゲティングや効果計測、データの在り方などについてお聞きしました。
※参考リンク:
話し手:
MightyHive
COO クリストファー・マーティンさん
MightyHive株式会社
日本担当カントリーマネージャー 松崎亮さん
聞き手:
アタラ合同会社
マネージャー/コンサルタント 高瀬優
データを借りる時代の終焉
高瀬:3rd PartyのIDマーケットプレイスで、現在何が起きていて、今後何が起こるとお考えですか。
クリス:Cookieや3rd Party IDの死はGDPRから始まり、CCPAそして日本ではAPPI(個人情報保護法)の改正といったプライバシー規制トレンドによって起こっていると、多くの人が考えていると思います。しかし、今起きているのは本当はもっと大きなことで、問題や変化の根幹には消費者によって生み出されたデータの価値を見つける能力があります。
企業は何年もかけて顧客のデータを収集し、管理してきました。そして、産業全体がそのデータの自由な移動によって形成されました。しかし、近年の技術革新とプラットフォームの興隆、そしてAIや機械学習の誕生によって、これまでは想像できなかったような「目的に応じてデータを使用する能力」が手に入るようになりました。イノベーションのパンドラの箱とでも言いましょうか。
なぜなら我々はデータに価値を見出し、政治や経済または私的な理由で使用することができ、それに対して政府が規制に乗り出しているからです。これらの規制は、顧客データがどこでも手に入り、多くの企業によって共有されているという経済的、そして潜在的な危機的状況によって生まれたものです。これらの規制により、3rd Partyデータのマーケットプレイスは存在することすら非常に難しい状態であると言えます。
顧客データから価値を生み出し、競争に有利な、独占的・潜在的・政治的に有利な情報を与えてくれるような方法でデータを収集するというのが根本的な考えです。中国やアメリカがデータに関する政治周りの規制を見直している点に着目すれば、問題の根幹に気づくでしょう。これは大きな議題のほんの一部にすぎませんが、これらの規制が起こったことによって、広告技術にとってこうした変化は非常に不便なものであることが判明したのです。
顧客データの活用により、ブランドは顧客に一定のベネフィットを与えることができますが、一方で「実際にはデータは誰が所有しているのか?」という問題にたどり着きます。1年半~2年前に私たちの元に日本人のインタビュアーがやってきて「データの所有権は誰にあるのか」といった類の質問を投げかけてきました。私はそのとき「ブランドがデータを所有している」と答えました。当時はそれが正しいと思ったのです。
しかしGDPRやAPPIのインパクトは、顧客によって作られたデータが顧客の元へ移動し、顧客はどのような価値を生み出すか、そしてそれがどのように使用されるかにおいて、より多くの選択肢を持つことにあります。
高瀬:ありがとうございます。本来は顧客が自身のデータを所有するべきですし、3rd Partyデータのマーケットプレイス自体の存在が難しくなっているという点も理解できます。
クリス:少なくとも、そう変化していく必要がありますね。3rd Partyデータはデターミニスティック(決定論的)ではなくなるでしょう。私自身が顧客として、さまざまなブランドのウェブサイトを訪れ、そのデータが私について特定できるようなものとして集められるというアイデアは、将来的には実行するのが非常に難しくなるでしょう。
高瀬:私もそう思います。先ほどおっしゃっていたように、GDPRやCCPAなどの規制は、具体的にどのように3rd Partyデータのマーケットプレイスに影響を与えたのでしょうか。日本のマーケターにとって、それらの規制が、どのようにマーケットプレイスに影響を与えるのかを理解するのは難しいと思うのです。
クリス:特にマーケターは次のいずれかのカテゴリーで顧客を見ていく必要があるでしょう。直接関係性を持っているメディアやプラットフォームを介して一時的に直接関係性を持つ、関係性を持っていない匿名の顧客。プライバシー規制による副次的な影響として我々が目にしているのは、本来であれば0 Partyや1st Partyのデータ領域でのみ起こるべき精緻なターゲティング・マーケティングであり、マーケターは今後この領域への投資を増やしていくべきです。
CRMやアプリ開発などブランド自身が所有・運営し、顧客にエクスペリエンスを提供する領域への投資は加速するでしょう。デジタルネイティブの企業ならば、すでにそれらの構想はあるでしょう。日用消費財やD2Cのタッチポイントがないデータに乏しい企業ならば、エクスペリエンスへの投資が必要になります。
また、顧客との関係性構築への投資も必要になると思います。顧客ベースの価値を拡大するために、0 Partyや1st Partyのデータインフラを構築することが必要でしょう。ターゲット化が可能な匿名のユーザーから得られていたデータの取得は、今後より一層難しくなるからです。
特に、もし我々がそうしたデータの価値を活性化し、計測できるようになれば、それらが使用する匿名のコホート全体の価値が下がり、0 Partyや1st Partyのデータの価値は上昇するでしょう。プライバシーを重視するブランドが、顧客と親密で信頼性のある関係を築いている様子を目にすることがあります。つまり、それは彼らが、その部分に対して重点的に投資をしているということなのです。
将来的に、どのように顧客にリーチするのかに関するプロファイルやインテリジェンスを構築するには、今が最適だと考えています。マーケターとしての観点から、そう感じるのです。メディアの予算に使われていたものが、データインフラやマーケティングテクノロジーの予算に移されるようになりました。それは企業がそうしたものを必要としているからです。アドテクパートナーやパブリッシャーからメディアやデータを借りることができる時代は終わったからです。
高瀬:なるほど。日本のマーケターも本記事を読めば理解できると思います。
クリス:優秀な日本人マーケターもいますから、彼らはもちろん理解していると思います。しかしこの業界は、こうしたことに対する理解について、とても謙虚だといつも思います。日本はこれらの課題を比較的簡単に乗り越えることができる、とても特殊な市場だと感じています。他の世界に対して、日本がこの局面にどのように対峙するのかに興味があります。
ゼロパーティデータやファーストパーティデータの価値は高まる
高瀬:ポストCookieの世界では行動ターゲティングは、どのようになるとお考えですか。
クリス:ウォールドガーデン内での行動ターゲティングはまだ可能だと思いますが、ウォールドガーデン外の行動ターゲティングはとても難しくなるでしょう。ゼロパーティデータやファーストパーティデータのオーディエンスの行動ターゲティングは変化を経験することになると思います。
仮に顧客と直接的な関係があるなら、一層簡単に顧客の行動をパーソナライズしたり理解したりすることができるでしょう。だからこそ顧客との関係構築へより一層投資すべきだと考えますし、ゼロパーティデータやファーストパーティデータの精緻なマーケティングは非常に価値の高いものになるため、企業は競争力を保つために顧客との関わり方を根本的に変えることになると思います。
それは単純に、D2Cやウォールドガーデン、ゼロパーティデータの関係内でのエンゲージメントや行動ターゲティングに投資された1ドルに対するリターンが、コンテクスチュアルターゲティングや大規模なメディアターゲティングの、それよりも大きくなっていくからです。ROIは、ゼロパーティデータやファーストパーティデータオーディエンスに向けたファネルの下部の広告でのeコマースエクスペリエンスにシフトし始めています。
高瀬:ではコンテンツターゲティングはどうでしょうか。コンテンツターゲティングは、ポストCookieの世界では行動ターゲティングより重要になると思いますか。もしそうであれば、スケールの観点で行動ターゲティングの代わりになり得るでしょうか。
クリス:重要性をどのように定義するかによると思います。もし他に選択肢がないのであれば、コンテンツターゲティングは重要ですし、トレードオフだと思います。ゼロパーティデータやファーストパーティデータの正しいインフラに投資せず行動ターゲティングの能力を構築しない、またはそれらのことを自分でやらないのであれば、コンテンツや他のタイプのターゲティング、ウォールドガーデンターゲティングに頼らざるを得なくなります。
私は、コンテンツの盛り上がりやコンテンツ的発想の再起が起きると信じています。しかし、それには新しい計測スキームが必要です。もうマルチタッチ・アトリビューション(以下MTA)を使用することはできないのです。なぜなら、もう顧客に触れることは許されていないからです。コホートや特定可能な少人数グループが個人を特定する形ではなく、グループとして使用できるようなメディアミックスモデリング(以下MMM)やエコノメトリクスモデリングの再起が必要です。他には、ジップコードや郵便番号などを使った手法で計測されることもあるかもしれませんし、オーディエンスとの十分な隔離が保証されるのであれば、ウォールドガーデンによって新しい計測が可能になるかもしれません。
ユーザーコホートの頂点にはエコノメトリクスモデリングが存在します。これはプライバシーを保証し、広告者に引き渡されるデターミニスティックIDを要求するものではありませんが、計測やターゲティングに適用できるというものです。
過去の課題は、スケールにおいてそうしたことを行うのが、ほとんど不可能に近かったということです。スケールの観点で測定が世界で最も優れていた企業でさえも、せいぜい月に1回、4半期に1回、年に1回のペースでしかレポートを発行できませんでした。
業界は進化し続ける前払い交渉のプロセスの渦中にありました。来年度のテレビのスペースをこれだけ買うと、パブリッシャーが約束した通りのデモグラフィックに沿って広告を流してくれるのです。しかしGRPやパネルに基づいた測定機器を使用することになり、現代のマーケターが必要とする粒度の細かい情報を入手できなくなり、それが原因でプロセスが破綻したのです。コンテンツターゲティングでは大規模に精緻なマーケティングを実現することはできないでしょう。
しかしMTAが衰退し、MMMが復興したことで、機械学習を搭載し、ビッグデータの取り扱いが可能なMMMとMTA両方を含む計測フレームワークが構築されました。このフレームワークでは、データレイクやファーストパーティデータに接続します。ライトハウスと呼ばれる、ビジネスに焦点を当てたオーディエンスのプロファイリングです。企業にとってのDMPのようなものですが、内部ではCDPのようなものが、この穴埋めをしています。
ビジネスの成果に焦点を当てたコンテンツターゲティングが再興することでしょう。クリックやビューでなく、ビジネスの成果が毎日更新されるダッシュボードで計測されるようになるのです。
システムに新しいデータが登録されると、メディアやクリエイティブの判断に役立ち、フィードバックのループが一層早くなります。こうした能力や思考プロセスをCookieの裏側で構築したのです。しかし将来的にこれらは、ターゲティングのためのコンテンツフレームワークをもとにしたものになるでしょう。計測フレームワークへの投資は今後もますます加速していくと考えられます。
新しい指標はブランドによって定義される
高瀬:ありがとうございます。もし可能であれば、より発展したMMMとエコノメトリクスモデリングについて詳しく教えていただけませんか。
クリス:クライアントに向けて提案するソリューションの中から、いくつかの例を提示することができると思います。テストとコントロールグループの基本的な統計については、誰もが親しんでいると思います。
一般的にテストはとても大きなスケールで行われます。広告を打った街と打たなかった街をターゲットにして、両方の街で広告を打たずに販売可能な金額の予測モデルと比較します。そして二つの街の結果を比較するのです。インクリメンタリティや広告が持つ力によって違いは統計的、もしくは指向的に正しくなります。
手動でこれを行うには非常に手間がかかります。統計家やモデラーを雇って、エクセルやスプレッドシートにデータを集計し、答えを見つけなければなりません。しかし将来的には、我々がデジタルマーケティングに触れてほとんど忘れ去ってしまったこの手動のプロセスが、ダイレクトメールの仕組みであり、テレビが機能する仕組みとなっているのです。
こうした能力を取り戻し、知識へ還元しなければなりません。機械学習や膨大な集計データセットを扱い、機械工が知見を得て計測フレームワークを構築できるような確率論的、もしくはエコノメトリクス的なモデリングについて再考する必要があります。
それぞれの企業にとって、これは少しずつ違った顔を見せるでしょう。独自のインストアセールスを持つ企業もありますし、パネルやブランドリサーチを入れる必要がある企業もあります。テレビコマーシャルのタイムスタンプを使用し、それらを検索キーワードと照合する企業もあるでしょう。
ただし、それらの計測手法は、単体では課題を解決することはできません。しかしながら、それらを一緒に集計し、優秀なモデラーに変数のように非常に多様なデータセットを用いてチャネルをまたいだインクリメンタリティの割り当てを決めるフレームワークを構築させれば、機械学習やアルゴリズムが常にこうした知見を再評価し続け、統計的に顕著な知見をマーケターにもたらし、クリエイティブやメディアストラテジーに応用することができるようになるでしょう。
例えば、メジャーなプラットフォームにおける現状のターゲティング機能を使用する場合、スケールを優先すると精度を犠牲にする必要があります。投資や費用対効果、広告のために本当に必要なスケールについて考えれば、コンテンツターゲティングをする必要がありますが、異なる方法で計測が必要だということにすぐ気づくでしょう。昔ながらのKPI、GRPなどは使えないのです。
しかし、我々には新しい指標が必要で、それらはメディアやプラットフォーム、エージェンシーによってではなくブランドによって定義される必要があります。なぜなら彼らの指標では、それらが非常にうまく働いているように見えるのは明らかだからです。
ブランドの内部で構築された、独立した計測フレームワークが必要です。POSや顧客ロイヤリティデータベースにひも付き、それらのデータを一般化して一つにまとめ、新しいKPIを構築し、次の10年で変更するべきあらゆるメディアや顧客との交流を計測できるものである必要があります。
今後すぐにコンテンツターゲティングへの投資が増えるのを目の当たりにするでしょう。しかし、コンテンツターゲティングのROIは、新しいKPI計測フレームワークができるまでは登場しないと思います。
コホートは広範囲な計測フレームワークで使用可能
高瀬:ありがとうございます。では、GoogleのAds Data Hub のようなデータクリーンルームについてはどうお考えですか。計測において、これらのソリューションは重要な役割を果たすのでしょうか。
クリス:ウォールドガーデンソリューションは、コホート分析やグルーピングなど、スモールグループの粒度の細かい知見が0 Partyや1st Partyのデータセットに大きな価値をもたらすものに使用できます。
例えば、広告主として、GoogleとYahoo! Japanに、自社のエコシステム内の特定のオーディエンスにリーチするよう依頼しました。そして我々の1st Partyデータを抽出し、照合させました。クリーンルームを使ったダブルブラインドマッチです。粒度の細かい結果を、個人ではなく、ターゲティングや最適化の決断には十分なデータを提供してくれるコホートとして、プラットフォーム上に得ることができます。コホートが何にタグ付けされているか分かれば、それらのコホートを抽出し、他のウォールドガーデンに当てはめて同じ分析を行うこともできますよね。
一方、キャンペーンにおける完璧な対処法や、ターゲティングやクリエイティブにおける正解を与えてくれるわけではありません。予算が、どの部分に影響を受け、どの部分では影響を受けないかを理解するための統計モデルを作成するのに役立つのです。そしてそれが最も重要な要素の一つであると言えます。データクリーンルームは、広告主がデターミニスティックIDやウォールドガーデンにおける独立したキャンペーンに依存しない形で長期的な構造を構築するために、不可欠な存在だと感じています。
我々はAds Data Hubをはじめとする、さまざまなデータクリーンルームで素晴らしい結果を残しています。The Trade DeskやUnified ID 2.0、LiveRampが既存のパブリッシャーとデータエコシステムの橋渡しをし、今後2、3年の行動ターゲティングによい成果を出そうとしていることに対して、とても期待しています。これは素晴らしいソリューションで、さらに発展させる必要があると思います。
Unified ID 2.0はアドテクのエコシステムの問題を解決します。S4とMightyHiveが行おうとしていたことが、広告主のために解決され、必要なことをしてくれます。アドテクのエコシステムは行動ターゲティングから予算を奪い続けるでしょう。なぜなら、それらが集積されたデータのタッチポイントとなり、一時的な修正に役立つからです。しかし、究極的にはGDPRや CCPAの精神を理解すれば、アドテク業界が同時に開発を続けているためにとても遅いペースではあるのですが、これら3rd Partyデータの質ならびにスケールが下がり続けることに気づくでしょう。
高瀬:ありがとうございます。以下の記事で言及されているように、コホートが計測のキーメソッドとなるとお考えでしょうか。
※参考リンク:
クリス:より広範囲な計測フレームワークで使用可能になる指標の一つになると考えています。エコノメトリクスモデルやMMMを機能させるにはコホーティングが存在する必要がありますが、断片的なものになるでしょう。さらにその中で、ブランドはコホート分析やコホーティングを行うフレームワークの構築をよりスマートに行うことができるようになると思います。これはまた別の問題ではありますが。
そしてまだMTAやアドレス可能なメディアがあります。さらに0 Partyや1st Partyからの直接的なアプローチもあります。しかしコホーティングによりスケールを少し大きくすることも今では可能なのです。エンタープライズ内で包括的なMMMや新しい計測システムを構築することによる、さらなるスケールアップも可能で、これは驚くべきことです。
コンサルティング会社がソリューション構築を
高瀬:Privacy Sandoboxに関する議論をどうご覧になっていますか。アドテクベンダーはPrivacy Sandoboxに基づいたターゲティングと計測に、2022年までに合意すると思いますか。
クリス:Googleのプロダクトチームはプライバシーツールキットをソリューションではなくツールとして説明しています。ツールであり、ソリューションではないのです。それらは包括的ではないということです。広告でGoogleをターゲットの特定のために使用するのであれば、どの広告を表示させるかをパブリッシャーが決定することはできません。業界がSSPや広告プラットフォームに依存している部分は大きく、それはブランドを守ったり、インプレッションの価値を最大化したりするためでもあります。パブリッシャーはこれらをナビゲートするのに非常に苦労すると思いますが、GoogleはPrivacy Sandboxによって回避策を提供していると思います。
また、Unified ID 2.0も包括的ではなく、部分的という意味でツールです。マーケターや内部の分析チームによってこれらの小さなツールが一つにまとめられたとき、全てのデータが将来的に存在することのできる唯一の場所がエージェンシーやアドテクベンダーによって所有されなくなるのです。それはマーケターによって所有されるべきものなのです。彼らは、Googleが自らのエコシステムの中で広告を打つために提供されたこれらのツールを正しく使用するために、インフラをインストールする必要があります。業界が定義するフレームワークは存在しないのです。
GoogleはAmazonを嫌っています。The Trade DeskはGoogleを嫌っています。この関係は和解に到達することはなく、彼らの競争における優位性が、それは例えばThe Trade Deskはビデオや独自の広告在庫、Googleであれば素晴らしいデータに関する知見などですが、変化することはありません。この問題を解決する包括的なフレームワークを開発することは、広告主やマーケターにとって自らの価値を最小化することになるでしょう。
これらのソリューションのうちのどれも、行動ターゲティングやデターミニスティックターゲティングにはまるとは思っていません。業界は全てをスケールで解決することをよしとしません。そのため、マーケターやマーケターのために、これらのソリューションを構築するコンサルティング会社の仕事が生まれるのです。それがソリューションの出どころです。残念ながらGoogleやAmazon、The Trade Deskから生まれるのではないのです。
アドテクの終焉と新たな始まり
高瀬:ありがとうございます。ウォールドガーデンの外側にいるアドテクベンダーは、Unified ID 2.0のようなIDソリューションで協業することでウォールドガーデンと争えるようになるのでしょうか。
クリス:独立したアドテクベンダーは、もうデータを持っていません。今ではソフトウェアツールであり、コモディティ化しています。
価値は顧客に最も近い企業に移行しようとしています。なぜなら価値は顧客の元へ移動しているからであり、これらはD2CブランドやAmazonのようなプラットフォームなどを指します。彼らはユーザーからユーザーデータを使用するための価値交換の権利を得ているのです。顧客との直接的な関係とエクスペリエンスを生み出すための膨大なグラフやスケールの二つのうち、どちらかを有していなければ、サプライチェーンの価値を有していないことになります。
これはどこででも通用するものではありません。もちろん特定の技術は成功しますが、成功しない技術もあります。しかし一般的にこれがアドテクの終わりだと思います。これがアドテクプラットフォームの終わりであり、エンタープライズマーケティングプラットフォームの始まりなのです。
AmazonはDSPを構築しています。彼らはメディアビジネスを構築し、エンタープライズプラットフォームとなることを目標として競争しています。Googleはデータ処理能力を向上させ、彼らのアドテクの蓄積とマーケティングの蓄積を集約し、ブランドの内部にインストールされるエンタープライズソフトウェアの開発に努めています。
Salesforceはアドテクの集合を構築し、CDPをCRMの1st Partyデータソースに接続しようとしており、センターとなるため競っています。
しかしこういった議論の中で私が耳にしたアドテクベンダーはThe Trade Deskだけです。The Trade DeskはIDグラフを統合するプランがあり、独自の広告在庫を有しているため、非常に強力です。この広告在庫は他の場所で積極的に手に入れることができないものです。
質問への答えとしては、アドテクにとっては非常に難しい時代だと思います。なぜなら彼らは非常に大きなエコシステムの中にある小さなツールだからです。購買チェーンや店頭、ブランドのキャッシュポイントにおいて、そのマーケティング能力を活用するエンドマーケターのためのソリューションを開発することに集中しない限りは、エコシステムの中で彼らの居場所はあまりないように思います。
高瀬:私もウォールドガーデンの外のアドテクベンダーがGoogleやFacebook、Amazonと戦うのは難しいと思います。なぜならIDソリューションはログインユーザーの数に大きく依存するからです。スケールや顧客との直接的な関係という点で、彼らはウォールドガーデンと戦えないと思います。
クリス:その通りです。
変化を恐れずダイナミックに顧客体験に投資を
高瀬:最後の質問です。CRMやデータソリューションなどへの投資について言及されていたと思いますが、これから日本のマーケターがポストCookieの世界に向けて準備できることは何でしょうか。
クリス:データのカテゴライジングに集中することです。0 Partyや1st Party、2nd Party、3rd Partyデータがある中でも、3rd Partyデータに関する投資を減らすべきです。3rd Partyデータの価値は下がっていくと思いますし、入手するのが難しくなるでしょう。それらのための資金をCDPや顧客体験などの0 Partyや1st Partyデータへ移行させるべきです。デジタルジャーニーや全体のジャーニーの中で、できるだけ多くの顧客との直接的なタッチポイントを作りましょう。
私のお気に入りはバーベキューグリルです。グリルを買うと、もうその会社と会話をしませんが、彼らはレシピやソーシャルメディアでの交流、バーチャルパーティーなどグリルに関するライフスタイルを構築する膨大な機会に恵まれています。何かがグリルとしてコモディティ化されたとき、そこにはブランディングの機会が生まれます。
加えてD2Cモデルを構築しましょう。顧客があなたたちを信頼してくれるように、彼らが作り上げたデータを使用するさらなる機会を得る代わりに、明確で純粋な価値を提供しましょう。顧客が自分たちのデータが乱用されているというような方法でデータを使用したり、再販したり、あまりにもたくさんのメールを送ったりすると、顧客の信用を損なうことになります。顧客との関係においては価値の交換が必要で、彼らから価値を受け取るときには顧客も価値を受け取る必要があるのです。
これら全てのデータを保管する場所も必要です。ストレージは簡単ですが、分類は簡単ではありません。データを管理し、どのように使用し、マーケティングサイクルにどのように展開していくのかを理解するためには、分類法を編み出す必要があります。分類法はとても重要です。クリエイティブの分類法から広告のプレースメントの分類法、そして売ろうとするもののタイプや、それを売ったことで得た利益などに至るまでです。こうした項目を全てつなげることができ、サプライチェーンを通してその結果を報告することができれば、より優れた結果をもたらしてくれると思います。
私は日本でこうしたことを行うことが難しいことには気づいています。部署間での会話がないこともあると聞きますから。とても構造化された組織なのです。しかし、会社のサプライチェーンはそうした部署をまたぎますから、日本の伝統的な企業においては分類法を編み出すのは、時として非常に難しいことになるのです。
松崎:私もそう思います。例えばアメリカでは、この変化の要因は規制強化なのでしょうか。それとも別の理由があるのでしょうか。というのも日本企業の多くは、変化に対する対応が遅れがちで時間がかかることが多いと思いますが、クリスの視点から、日本の読者に何かアドバイスやメッセージはありますか。
クリス:政府に変化を起こすよう強制され、行動を起こすことを恐れている日本企業のために、ペーパーカットの比喩を使いたいと思います。一つの小さなペーパーカットができても、何の問題にもなりません。日本はいくつものペーパーカットを受けていますが、個人としては誰も傷つかず、集団として血を流し続けているという点に課題があると思います。病院のベッドに横たわり、自分の最期に直面して、初めて変化を余儀なくされますが、それは現代の企業が行うべきことではありません。
現代の企業は前線に立って最初のペーパーカットを予測し、多くのペーパーカットを受けるかもしれないという示唆を理解する必要があります。これは日本の大企業の中の、変化の担い手に関する話や概念です。勇気のある企業は変化を起こすことができ、私はそうした企業に期待しています。彼らのビジネスには変化が必要であり、それを起こすことをいとわない経営者を見つける必要があると思っています。西洋のマーケットや外資系企業にとっても同様のことがいえると思います。ただ、平均在籍期間や企業における役員の平均雇用期間が世界的にはもっと短く、より大きなリスクが取られるというだけだと考えています。
日本で私が短い期間で学んだことは、日本企業で決定を下すには長い時間がかかるということです。しかし、その決定を実現させるための時間は非常に短いということも学びました。
私が期待しているのは、日本企業はこの問題について長い間考えを練ってきており、変化を起こす分岐点に近づいているということです。変化の担い手を見つけること、日本企業における次世代のヒーローを見つけること、それこそ私がお話ししたい内容です。なぜなら組織はこのようなタイプのデジタルトランスフォーメーションを許容しないからです。
SMBはダイレクトプラットフォーム広告に注力を
クリス:そして、最後になりますがオーディエンスと良好な関係を築き、業界の勝者を把握することです。それはもちろんGoogleとFacebookですし、LINE、Yahoo! Japanも含まれます。強力なeコマースチャネルを構築しているリテイラーを探しましょう。もしそれに目を向ければ、顧客との関係にどれほどの価値があり、eコマースチャネルや通常の購買チャネルを通して、どれほどのスループットを生み出すことができるかに気づき始めるでしょう。さらにたくさんの効果が現れると思います。
アメリカにはWalmartがあり、Walmartの競合もいます。なぜなら彼らは購買ポイントや独自の配送、ロジスティックスチャネルを有しているからです。我々はAmazon、Shopify、Mercado Libre、楽天などの隆盛を目にしてきました。
彼らはオウンドや運営されているウェブサイト、eコマースタイプのブランドにも投資しています。それらはもうエージェンシーやほかの3rd Partyに所有されることはないのです。購買ポイントはブランドによって所有され、投資されているのです。
顧客との関係を築き、データを所有し、交流の機会があるエリアに投資をすることこそ、マーケターが行うべきことだと私は考えています。パブリッシャーや広告会社に任せてはいけません。データを管理し、分類法を編み出し、グラフやメディアスケールに直接的なアクセスを持つ大企業との関係性を構築しましょう。スケールするために必要な3rd Partyネットワークをもう使うことができないので、彼らの存在が必要になるのです。
松崎:今日議論したトピックについてはエンタープライズ向けのメッセージが多かったと思いますが、SMBクライアントに向けてのメッセージはありますか。
クリス:SMBはFacebookに行き、そこで成果の高いキャンペーンを実施し、別の方法で100万ドルを消費し、Amazonでは別の方法で100万ドルを消費することができるでしょう。そして彼らのメディア予算でその二つがオーバーラップする可能性はとても低いのです。独立したマーケティングキャンペーンの効率が十分保証されています。
SMBにとっては、クリエイティブなメッセージングや広告を打ちたいチャンネルについて考えるほうがより一層重要でしょう。ファネル下部のターゲティングは、独立したそれぞれのプラットフォームにおいてさえも効率的になるでしょう。SMBはここでは影響を受けることはないと思います。
今日のディスカッションは規模の大きなメディアオペレーションという視点を通したものであり、デジタル広告やオフライン広告に大きな予算を投じるものです。問題が発生するのがそこであり、それはCookieの非効率性がそこでは問題にならず、マーケティングのあらゆることが変化しており、数百万円、数億円という膨大な資金の効率性が問題になるからです。企業との対話でこの問題を解決しなければなりません。
しかしSMBにとってはダイレクトプラットフォーム広告に特化することのほうが重要です。Facebookにログインし、エンドツーエンドのソーシャルストラテジーを理解する、それぞれのメディアにログインする、これらの取り組みの運営について責任を取る人物をブランドの中に設定する必要があります。しかし私は必ずしもその役割をエージェンシーにアウトソースはしません。それらの取り組みからデータを抽出し、製品を洗練させ、広告費について理解する必要があるからです。しかしこれらはとても小さな規模で行われます。
高瀬:ありがとうございます。エンタープライズやSMBに関わらず、顧客とブランド、ひいては社会に価値を還元する意識が広告会社にますます必要になってくるかもしれませんね。あらためて、クリスさん、松崎さん、本日はどうもありがとうございました!