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広告運用者の仕事は上流工程のその先へ
Googleを筆頭に広告プラットフォームはめまぐるしくアップデートを続け、機械学習を活用した自動入札、広告クリエイティブの最適化、ターゲティングの自動化やアトリビューションモデルの構築などが当たり前のものとなっています。これに伴い、これまで広告運用者が多くの工数をかけてマニュアルで行っていた作業は広告プラットフォームに代替えされ、広告運用者の仕事は確実に高度化(上流工程へシフト)していると感じています。
では、2020年現在ですでに高度化している広告運用の仕事は、今後どのように変化していくのでしょうか。変わりゆく広告運用者の役割についてコラムや対談を通して考察していく本連載の第二回では、新型コロナウィルス感染症拡大による未曾有の危機を背景に、広告運用者が提供できる価値について考察しました。
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第三回となる今回は、小霜オフィス/no problem LLC.代表の小霜和也さんに、アッパーファネル向け施策のデジタルシフトならびに広告運用者としての向き合い方について伺いました。
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小霜和也さんプロフィール
1962年兵庫県西宮市生まれ。1986年東京大学法学部卒業、同年博報堂入社。1998年退社。2018年現在(株)小霜オフィス/no problem LLC.代表。内閣府政府広報アドバイザー。クリエイティブディレクターコピーライターとしてマス・Webを統合する広告キャンペーンに携わる一方、幅広い企業のマーケティングアドバイザーとして従事。広告賞受賞多数。過去には映画脚本、ゲーム開発、作詞なども。
アッパーファネル向け施策もデジタルが担うように
高瀬:本連載の第一回で、あらゆる媒体やデバイスにおけるデジタル化、プログラマティック化により、ブランディング領域のデジタルシフトが加速するのではないかと書きました。マス系出身でデジタルにも明るい小霜さんは、ブランディングのデジタルシフトの現状をどのように見ていらっしゃいますか。
小霜:ちょっと本筋から外れてしまうのですが、ブランディングの定義をしておきたいと思います。ブランディングって百家争鳴で、いろいろな人がいろいろなことを言うわけですが、僕は「気持ちいい体験をつくる」ことがブランディングだと定義しています。
例えば、「マクドナルド」と言ったときに、まずマクドナルドの店内をイメージすると思うのです。そして、自分がマクドナルドのお店でこんなものを食べたな、結構美味しかったなということを思い出すと。そのときブランディングが一つ成功したという話だと思うのですよね。広告というのは、その体験に誘導するものであって、広告でブランディングが完結するものではないと思っています。
今おっしゃっているブランディングというのは、おそらく、刈り取りではない認知の部分を指しているのかなと受け止めたのですが。
高瀬:そうですね。アッパーファネル向けの施策です。
小霜:それでいうと、刈り取りよりもアッパーファネルの認知や理解といったところをデジタルが担うようになってきたなと僕は思っています。そのため、マスとデジタルを融合させないといけませんね、ということにつながっていくと認識しています。
高瀬:確かにこの融合に関しては『急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。』の中でもおっしゃっていましたね。発売から約3年経過していますが、当時と比較して変化を感じていますか。
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小霜:変化している部分もあれば、いまだに変わってない部分もあって、すごくピンキリだと思います。一概には語れないかなと。どこが変化したかというと、本質的な変化ではありませんが、例えばEUのGDPRを皮切りとしてGoogleやAppleを中心に個人情報保護がさらに厳しくなったなと。
あの本の中で、TrueViewインストリーム広告でWebCMを配信し、WebCMを視聴したユーザーに対してそのデータに基づいてGoogleディスプレイネットワークでバナー広告を配信する手法を紹介しましたが、仕様変更により現在はそれができなくなっていますよね。でもアプリならできるとか。プラットフォーマーの自主規制により、できること・できないことに変化があり、これによって施策の進め方も変わってきていると思います。
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「WebCM」という呼称に関しては以下記事を参照ください
だから、僕が本で紹介した手法も、今は少しなじまなくなってきています。一方、テレビCMでスポットをしっかりやって、それをSEOやリスティング広告で拾う手法は、いまだに結構効果が出ます。
高瀬:数年前までは、デジタルでアッパーファネル向けの施策を実施し、そこで得たデータをミドルやロウワーファネル向けの施策に直接活用できる環境がありました。それが昨今の個人情報保護のトレンドで、プラットフォーマーによる規制でできなくなっているので、そこに寄り添うというか、順応していくようなイメージですかね。
小霜:はい。動画のデータをバナー広告に直接活用するような方法が難しくなってきているので、間接的に貢献しているだろうというアトリビューションの観点で、一つ一つの関連を見ていく、そんなふうになってきているのかなと思います。
高瀬:マーケティング・ミックス・モデリングで見ていくイメージですよね。
小霜:そうですね。
ノンターゲティングにおけるリーチ効率はテレビCMが優位
高瀬:先ほど、スポットのテレビCMをしっかりとやってSEOやリスティング広告で拾う手法に関する話が出ましたが、『恐れながら社長マーケティングの本当の話をします。』の中でも、リーチ効率という観点だとテレビCMがいいだろうということをおっしゃっていたと思います。
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このコロナ禍で、特に米国では顕著なのですが、OTT(over-the-tops)ならびにCTV(connected TV)の普及が進んでおり、例えばテレビ画面でのYouTube視聴時間は非常に増えています。
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加えて、いまやグローバルで月間のログインユーザー数が20億を超えるYouTubeがテレビを上回るリーチ規模を実現するケースも出てきている中で、リーチ効率ではテレビCMがいいというお考えは、今も変わらないのでしょうか。
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小霜:直近のデータで、ノンターゲティングであれば、テレビのほうが単純にコストは半分なのですよ。だからターゲティングしないで一気にリーチするのであれば、今でもテレビのほうがWebより半分安い。
テレビも完全にノンターゲティングではなく、コの字(平日の朝晩と土日終日)などあるじゃないですか。そういう緩やかなターゲティングでしかないわけですが、やはりTrueView動画広告やSNS広告でターゲティングなしということはまずあり得ない。だからどうしても、なんらかのターゲティングという概念が入ってきてしまうので、そうするとリーチ効率においては、単純なコスパでいえばテレビのほうがいいということになりますね。
高瀬:リーチ効率というのは、そういった観点でおっしゃっていたのですね。
小霜:そうです。
テレビCMが持つパブリック感
高瀬:これは僕の実体験談ですが、テレビ画面でYouTubeを見ていたときにインストリーム広告が流れ、その広告がテレビCMだと錯覚したことがあります。従来のテレビというデバイスでYouTubeのコンテンツを見ていて、広告のクオリティもテレビCMと遜色がなかったことが要因としてあるのではないかと考えています。
『急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。』の中で「プライベート」と「パブリック」というお話をされていて、テレビCMにはパブリック感があるとおっしゃっていましたが、現在、プライベートとパブリックについて、小霜さんの中ではどうお考えですか。
小霜:僕がパブリックと言ったのは、ある種、「企業の気合い」のような部分です。今はそうでもないと思うのですが、少し前までは新作の自動車を発表するとき、新聞全15段(新聞1ページの全面広告)やるのは当たり前、といった暗黙のルールのようなものがあったのですよ。これを全国でとなると億単位でお金が動くわけです。億をかけるくらいこの車に気合いが入っていますよといった、そういう証しです。もう全国民が知るべき、これはニュースなのである、という具合にね。お披露目感です。
商品発表するときにすごく立派な高級ホテルの部屋でやるようなもので、高級ホテルは必要ないじゃない、どこかの貸会議室でいいじゃないと言ってしまえばそれまでですが、やっぱり気合いが違うじゃないですか。
だからそういう意味で、テレビをやるとなると、普通は最低でも億近くかかります。TrueView動画広告は数百万円でできたりするじゃないですか。そうするとやっぱりテレビをやるということが、昔の新聞のように、これだけ気合いが入っているということを表明する役割を果たしているのではないでしょうか。
高瀬:「企業の気合い」というパブリック感は、テレビ視聴者にも伝わるものなのでしょうか。
小霜:まず業界に対して、ステークホルダーに対して伝えている部分が大きいですよね。消費財であったら流通に対してというのが、商談のときも今でも活きていますし。
高瀬:棚取りのところですね。
小霜:はい、棚取りのところです。やはり消費者もまだテレビは敷居が高いメディアだと認識していると思うので。テレビCMをやるほど売れているんだなとか、そういったイメージがあると思うのですよ。
高瀬:そうですね。確かにそういった漠然としたものは、まだあるかもしれないですね。
小霜:そういう意味でパブリックというのは、国民みんなに知ってほしい、もう気合いです。プライベートはそういうことではなくて、あなたにとっていいでしょう、という。あなたにとって、というときは貸会議室でいいと思うのですよ。
高瀬:なるほど。テレビCMの持っているパブリック感というものは、今後もしばらく続くと思いますか。
小霜:続くのではないでしょうか。いや、かなり崩れてきているとは思うのですが、やはりテレビ局は放送法の精神というものに乗っかっているといえば乗っかっているわけですよ。それで、なかなか民放がネットにいかないというのも、いろいろと事情があるのですが、やはり公平性、つまり地上波は受信機があれば離島の人も見ることができますが、ネットは全国民に届けることを保証しているものではない。そういう意味でネットというものがテレビの精神にそぐうのか、そういった議論があるのですよ。やはりテレビは放送法に基づいた免許事業という建前を大事にしているし、ネットは何でもありの世界。そこがある限り、テレビにパブリックイメージのようなものは残り続けるのではないかと思います。
高瀬:僕はその視点を持っていなかったのですが、確かにそうですね。テレビはある意味、公共の電波を使っているというパブリック感がありますね。
小霜:はい。でも、そこもかぶってきちゃっていて。生活者からするとそんな違いは分からなくなってきているとは思うのですが、どこかにはまだ残っていると思います。
高瀬:何かしらの形でパブリック感というものは継続するだろう、ということですね。
小霜:はい。だから視聴率が低いからネットに、儲からないからネットに、というだけでは済まされません。テレビの存在価値のような部分があって、それをテレビが守る限りは、なんらかの線引きはあり続けるのではないかと思っています。
デジタルシフトの障壁は組織の分断
高瀬:アッパーファネル向け施策のデジタルシフトに関して、例えばYouTubeで動画キャンペーンを展開するケースはすでに多いと思うのですが、「認知」と「獲得」が広告主の部署で分断されていて、思うようにデジタルシフトが進んでいない側面もあると考えています。
小霜さんが幅広い企業のマーケティングアドバイザーとして従事される中で、アッパーファネル向け施策のデジタルシフトを広告主が進める上での障壁と感じることはありますか。
小霜:まずは組織の分断ですよね。マス系の宣伝部、あるいはマーケティング部と、デジタルをやっているデジタルマーケティング部が分かれているのがそもそもおかしな話で。いや、デジタルマーケティングが刈り取り専門だったころはよかったのかもしれませんが、今となっては分かれている意味はないと思うのですよね。
トップからボトムまで、なるべく全体で予算の最適化をしなければいけないのですが、組織が分かれているとそれはできないのですよ。取り合いになってしまうので。全体を見渡して、これは予算最適なのかといった視点で考えられなくなってしまいますよね。
例えば、テレビCMにはタレントを使うけれどWebではタレントを使えないとか、テレビCMは5000万円かけて製作するのにWebCMは300万円みたいな、へんてこな話がいっぱい起きているわけで、これってもう全体最適をやる以前の話ですよね。
高瀬:そうですね。デジタルがない時代は宣伝部だけで完結できていたものが、新しくデジタルが出てきて、デジタルマーケティング部ができてという流れの中で、デジタルがカバーできる領域が広がっているにも関わらず、いまだに組織は旧来のまま分かれているというケースが結構多いでしょうか。
小霜:はい。しかも、組織が分かれると担当エージェンシーも分かれてしまうわけですよ。マスはここ、デジタルはここ、というふうに分かれてしまうから、エージェンシーも全体のことができない。誰も全体ができなくて、部分部分でばらばらにやっているところが多いのが現状ですよね。
高瀬:そういった障壁を解消するというところで、まさに「社長マーケティング」のお話があったかと思うのですが、広告主やエージェンシーが障壁を取り除いていく中で、具体的にどういったアクションが求められるとお考えですか。
小霜:そこはもう、そのレイヤーにいる人にはどうにもできなくて、一つ上のレイヤーの役員しかできないことですよね。両方の組織を束ねる役員がもう、一緒にやるぞというふうにしないと駄目で。中堅以上の企業の、両方を束ねる役員から僕に声がかかるようになり、そうすると僕はトップの意向をかさに着て言えるわけですよ。そしたら結構皆さん素直に合わせてくれます。中堅より下だと組織を分けていなくて、マスもデジタルも一つというところは結構ありますが。いずれにしてもエージェンシーからの依頼はとても減っています。たぶん、エージェンシーからいってもマスへの統合はできないからでしょう。
高瀬:そうですね、実際難しいと思いますね。
小霜:だからマスの統合をやってくださいと依頼されるのは事業主です。
高瀬:本の中でも書かれていたことですが、トップダウンで進めていくという感じになりますよね。
小霜:トップダウンというと少し語弊がありますが、こうやれという発端はトップダウン。しかし、トップの意思が現場まで伝わるかというと、そうではないことが多いのです。現場のエージェンシーは言いたくても言えない、みたいなことがあったりします。そうすると、なんでこれできないのだろう、という、もやもやしたままうまく進まないということが結構多くて。
僕は基本的に現場の人間なので、トップの意向を持って現場で動きます。撮影・編集にも立ち会うし、企画も入ります。そうすると、現場が何に悩んでいるのかも分かる。そこの交通整理をしてあげるという役割もありますね。
以前はその役割をエージェンシーの営業さんがやっていたのですが、今は営業さんも、ものを言えないみたいな感じになってしまっているのですよ。遠慮なのか、怖がって言いたくても言えないのか…。だから正常な関係で、ツーカーでやっているところはあまりなくて、僕が入ると正常化することが多いです。
あと、何かアイデアを出さないと解決しないぞ、ということがあります。僕はアイデアを出せるので「こうすればいいんじゃない?」とアイデアを出してあげると流れ出すということもあったりします。
高瀬:それは全体最適のアイデアということでしょうか。
小霜:全体最適もそうですが、やはり個別でうまくいかないとボトルネックになってしまうので、単純に編集のアイデアを出すこともあるし、企画のアイデアも出すこともあります。コピーを書いたり、絵コンテを描いたりすることもありますよ。
高瀬:なるほど。トップからの意向があっても、実際にそれを実行まで持ち込まないと、というお話につながるのですね。
小霜:そうです。
デジタルの流儀でマスをやる
高瀬:アッパーファネル向けの施策をデジタル広告で実施するケースが増えてきている中で、デジタル専業でやってきたエージェンシーからすると、コミュニケーション設計に関しては非常に難しく感じているところだと思います。アッパーファネル向けのコミュニケーションをデジタルで実施するにあたって、例えば我々のようなデジタル広告運用者はこういうスキルを持っておいたほうがいい、もしくは、こういうパートナー企業とこういう形でコラボレーションしたほうがいいなど、小霜さんからお伝えできることはありますか。
小霜:僕が住んできた世界は、キャッチコピーを考えるにしても100案ぐらい考えて打ち合わせに持っていき、それを何度か繰り返してプレゼンする、みたいな世界です。コピー1本を考えるのにも1カ月、2カ月かけてきたのですよね。
一方、デジタル、刈り取りの世界はただで請け負って、僕から見ると1時間ぐらいで考えているのかなと思えるようなコピーをちゃちゃっと書いている世界。そこの世界に住んでいる人に、1本のコピーに1カ月かけるということは、もうできないのではないかと正直思っています。
高瀬:そうですね。僕もそれはそうかなと思います。
小霜:マス系の人もできないですよ。僕は広告学校をやっているのですが、講義の時間は大事ではない、宿題を出して考える、考えている時間が大事なのだと言っています。講義は答え合わせでしかなくて、能力が伸びるのは考えているとき。だから時間をかけて頑張って考えてこいよと言うのですが、頑張らないのですよね。いやこれ、全然考えてないじゃないかって言うのですが、その人たちは考えていると言うわけ。そこがもう合わないのです、全然。
長距離マラソンやるのに、走って体を鍛えようというときに、どれだけ走れば鍛えられるのか。やっぱり僕は体力の限界まで走らないと体は鍛えられないから10kmは走ろうと思うのですが、100m走って、走りましたといって帰ってくる感じなのですよね。100mじゃ体は鍛えられないぞ、10km走れよという感覚は、ほとんどの人には分からないのです。
マスでも頑張って頭角を現してくる人はちらほらという中で、デジタル系の人がどうやって入れますかと聞かれたら、そこまで期待できるのかなと正直思います。
高瀬:そうですね。マス系の中でも、ちらほらというくらいの世界であればなおさらですね。
小霜:やはりアッパーファネルって基本的に一発勝負なのですよ。よく、Webで複数パターン動画を配信して成績のいいものをテレビCMでやるのがいいですよねという話を聞いたりしますが、現実はそうはいきません。そんな余裕のある仕事なんかないですよ。テレビはやはり一発勝負。そうすると、本当に確信を持って、これなら絶対いけるというところまでどれだけ詰められるかが勝負なのです。そのやり口と、デジタルの世界のようにいろいろやって駄目なものは下げましょうというやり口とでは、全然違うわけです。
ただ、一発勝負に懸けるぐらいの気合いでもって考えて、それでもどちらがいいのだろうというレベル感でA/Bをテストすればいいと思うのですよ。だから僕は、やっぱりマス的なやり口で突き詰めていった先にA/Bテストをするのがいいのではないかと思っています。
デジタル畑の人がここまでやるとなったら、本当に一度マスの世界に飛び込んで、もう意識改革するというところからだと思います。これはデジタルの人を侮っているわけではなく、下に見ているわけでもありません。デジタルはデジタルで知見が要るわけですが、マスとは違いますね。
僕もデジタルに明るいと言っていましたが、やはり軸足はマスなので、実際はそうでもないと思っているのですよ。最低限度のデジタルの知識は持ちつつ、やはりマスの流儀でデジタルをやっているということなのですよね。だからデジタルの流儀でマスをやるというのがあってもいいと思いますが、最低限度のマスのやり方は知っておいてもらう必要がある。そこからどう新しいことができるかを試してもらう、そういう話に尽きると思います。
マスはクリエイティブ、デジタルはメディアが先
高瀬:お話を聞く限り、デジタル広告の運用者がアッパーファネル向けのコミュニケーション施策を実施することは非常にハードルが高いと感じる一方で、全く関与しないということも難しくなってくるのではと考えています。これを踏まえて、あらためてデジタル広告の運用者に今後求められるスキルを伺いたいです。
小霜:マス広告はクリエイティブが先ですが、Webは逆だと思っています。つまり、どういうターゲティングをして、どういう施策をするかが先にあって、次にコンテンツを考えるという順番だと思っています。だからメディアプランナーの人は、マス時代はクリエイティブが決まってから動いていればよかったのですが、今、デジタルに関して言うと、運用が先だと思うのです。それにも関わらず、クリエイティブを待っている感じがちょっとするのですよ。
これはマス・デジタルお互いの意識だと思っていて、クリエイティブをつくる人もデジタルに活用するという意識がないですからね。それでは駄目だと思います。どこに出すかを知って、最適化しなきゃいけないという意識を持たないといけません。
運用側の人も、ただ待っていては駄目で、自分たちが先に決めて、こういうコンテンツを作ってほしいと依頼する流れが正しいと思わないといけない。だから編集のときもちゃんと来るとか、そのぐらいの意識を持ってほしいなと思いますけどね。
高瀬:簡易的なディレクションといったらいいのかもしれませんが、そのぐらいはデジタルの人も意識を持つべきだと。
小霜:そうです。現状、マスのほうが予算は大きいので、パワーバランスを考えれば強いです。加えてマスのほうがやっている人間はベテランが多い。他方、デジタルはお金がないし、若い人が多いから言えないのですよね。ですが、やはりそこに甘んじているのではなく、運用の人もそれは違いますと言ったほうがいいかなと思っていますけれどね。
高瀬:本の中でも、メディア最適化とコンテンツ最適化という二軸の総面積の話がありましたが、コンテンツの最適化でいうと、デジタル側の運用者にできることとしては、配信面を想定したディレクションぐらいは最低限できるようにしておいたほうがいいですね。
小霜:メディアとコンテンツでいうと、デジタル時代はメディアが先だと僕は思っています。どのように出すかが先で、それに合わせてコンテンツをつくるという順番になるわけですが、コンテンツの最適化と言ったのは、刺さるクリエイティブということがありますよね。
でも、もう一つは制作の現実ということがあります。運用側が考えてクラスター別に5バリエーション欲しいとしても、クリエイティブチームはどうするかといったら、すごく乱暴に言うと、1日1バリエーションで5日撮影するから全部で1億円かかりますとかいうのを平気で言うわけです。そんなことは現実には到底実現できない。
だから、僕だったら、じゃあ1日2バリエーションで2日撮影だったら、予算これだけで収まるかなとか、5バリエーションではなく3バリエーションであれば現実的な予算でできるといった提案をするわけです。5バリエーションと言われたものをそのまま受け止めて野放図に作るのではなく。そういうやり合いが必要だと思っています。そういう意味におけるコンテンツ制作の最適化。
ワンストップ委託時代の終焉
高瀬:最後に、アッパーファネルからロウワーファネル向けの施策までデジタルで実現できるようになっている中で、デジタル寄りのエージェンシーや広告主それぞれのあるべき姿を伺いたいと思います。
小霜:僕は今わりと事業主側にポジションがあるので事業主寄りになっていると思うのですが、今はもう「このエージェンシーに全部預けよう」というような、ワンストップ委託の時代ではなくなっていますよね。ストラテジーはほぼ自前でやるのが普通になっているかなと思います。
その中で、組織の寸断がなく全体最適化できることがまず大前提だと思うのです。先ほどアッパーファネルをYouTubeで、という話もありましたが、YouTubeがどこまでテレビの役割を担えるかは、ケース・バイ・ケースだと思うのです。テレビって首都圏は異常に高いので、首都圏はYouTube、地方はテレビということも理屈としてはあると思います。
ただ、それをやるときに組織が分かれていたらできないですよね。それはテレビとYouTubeの予算を包括的に見られるようになっていないと、あり得なかったりするじゃないですか。そして当然、テレビで流すコンテンツ、Webで流すコンテンツ、ばらばらではなく一遍に作る必要があります。
本にも書いたのですが、普通、テレビ宣伝部、新聞宣伝部なんて分けていないわけじゃないですか。だからデジタルマーケティング部なんていうのは新聞宣伝部をつくるような違和感がありますし、マーケティング部・宣伝部というふうに一つにするのがあらゆる意味でいいと思います。
また、エージェンシーはもう使いこなすという話かなと思います。ワンストップで預けられないもの。エージェンシーもビジネスの効率化ということで、型にはめたがるわけですよ。こういうツールができたので使いませんか、とかね。いや、こっちの事情に合わせてツールをつくってくれよと言いたいわけですが、そういう一対一の対応をしていると、たぶん効率が悪いのだと思うのです。だから、こういうデータベースつくりませんかとか、こういうツールにしませんかなど、自分たちが持っている型にはめようとしてくるのですよね。そういうところにワンストップで任せるわけにはいかない。
結果的には、エージェンシーの役割は部分最適になっているわけです、現実的に。だったら、部分最適なら部分最適で、そこはしっかりとやるというふうにしてほしいですよね。
高瀬:ワンストップの時代はもう終わったというのは僕も同意見です。それぞれの分野のベストを取りそろえるというか、オーケストレーションしてあげられるような役割というのがエージェンシーやコンサルティングファームかもしれませんし、そういったところが今後重要になってくるのかなという気もしています。
小霜:そういう状況だからこそ僕のビジネスが成り立つのかもしれません。僕がいればなんとかなるわけですが、僕がいないところに関していうと、やはり変なことになっているのは容易に想像つくので、そこはしっかりやってあげてほしいなと思いますけどね。
高瀬:本を拝読していても、たぶん小霜さんのような方って他にいらっしゃらないのではないかと感じてしまいました。そういう人が出てくるとまた違ってくると思うのですが。
小霜:いると思うのですけれどね。エージェンシーでもマス系CDでデジタルもやっているという人、いると思うのですよ。ただ、それが会社としてというよりは、個人の気付きや個人的な動機でそうなっているという気がします。だからそれだとやはり業界全体でという話にならないですよね。
高瀬:個人によるというのはまさにその通りだと思います。一方で、そういった方が増えてくれば、業界全体での変化に繋がるかもしれませんね。本日はどうもありがとうございました!