広告運用者の仕事は上流工程のその先へ
筆者が広告業界に入った2016年、Unyoo.jpの初代編集長であり、現在もアタラのフェローであるLIFT合同会社の岡田吉弘さん(以下岡田さん)は、「少し先の、広告運用の現在 〜A future state of AdOps」というタイトルで、全4回にわたる連載を執筆しています。連載の第一回目では、以下のように述べています。
ユーザー環境のマルチデバイス化や、配信フォーマット・ターゲティングの多様化に伴って、データドリブンなマーケティングが市場へ浸透しはじめたことで、運用型広告を取り巻く環境は急速な変化を続けており、比例してその複雑さも増しています。
複雑さが増せば増すほど、単純さ/シンプルさへの揺り戻しが求められるのは時代の常ですが、それはおそらく、字面通りの「かんたんで分かりやすいことしかできない」のではなく、「インターフェースや入力パラメータを簡素にするぶん、人間がやると大変だったことを機械演算で高精度にやろう」というプラットフォーム側の努力と進化によって実現されるのだと思います。
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この連載から4年が経過した2020年現在、Googleを筆頭に広告プラットフォームはめまぐるしいアップデートを続け、機械学習を活用した自動入札、広告クリエイティブの最適化、ターゲティングの自動化やアトリビューションモデルの構築等が当たり前のものとなっています。これに伴い、これまで広告運用者が多くの工数をかけてマニュアルで行っていた作業は広告プラットフォームに代替えされ、岡田さんの言葉を借りれば広告運用者の仕事は確実に高度化(上流工程へシフト)していると感じています。
では、2020年現在ですでに高度化している広告運用の仕事は、今後どのように変化していくでしょうか。岡田さんの連載へのオマージュの意味も込め「少し先の、広告運用の現在 〜A future state of AdOps 2020」と題し、本連載では変わりゆく広告運用者の役割についてコラムや対談を通して考察していきます。第一回は、筆者が考える変わりゆく広告運用者の役割をお伝えしていきます。
ブランディング領域の襲来
2019年に開始した連載「プログラマティック広告最前線」では、プログラマティックOOH(屋外/交通広告)やコネクテッドTVなど、これまでデジタル広告に分類されてこなかった媒体やデバイスにおいてもプログラマティック化が進んでいることをお伝えしてきました。
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また、2019年12月のGoogle 広告のリーチプランナーにおけるNielsenのテレビデータ追加の発表では、デジタルシフトによるテレビ視聴者数の減少についても触れられており、いまやグローバルで月間のログインユーザー数が20億を超えるYouTubeがテレビを上回るリーチ規模を実現するケースもあるとのことです。
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あらゆる媒体においてデジタル化、プロブラマティック化が進み、マスコミを代表する従来のテレビを上回るリーチ規模を動画プラットフォームが実現可能な状況は、パフォーマンス領域中心であった広告運用者の役割が、ブランディング領域にも拡大していく予兆であるように感じています。
米国のデジタルエージェンシー360iのCEO Jared Belsky(以下Jared氏)は、AdExchangerに寄稿したコラムの中で、以下のように述べています。
Cliches about marketers on both sides of the divide are unfortunately often true. Brand marketers get excited about brand integrations and seven-figure YouTube masthead buys that grab a lot of attention, while performance marketers are overly obsessed with measuring every dollar.
Over time, each side seems to slide deeper into its comfort zone. This often results in teams jockeying to secure more spend, regardless of whether their respective channels are delivering results that justify more investment.
As we head into 2020, conditions that allowed the brand and performance divide to persist are finally shifting, and marketers can take action.両サイド(ブランディングとパフォーマンス)のマーケティング担当者の決まり文句の分断は、残念ながらしばしば真実です。 ブランドマーケティング担当者は、ブランド統合や膨大なアテンションを獲得する百万ドル単位のYouTubeマストヘッド広告の購入に躍起になる一方、パフォーマンスマーケティング担当者は1ドル単位で効果測定することに過度に取りつかれています。
時間の経過とともに、彼らはそれぞれのコンフォートゾーンに深く入り込むように見えます。 多くの場合、それぞれのチャネルがより多くの投資を正当化する結果を提供しているかどうかに関係なく、チームはより多くの支出を確保するために競走します。
2020年に向かって、ブランドとパフォーマンスの分断の許容を維持するための状況がついに変わり、マーケティング担当者は行動を起こすことができます。
(筆者意訳)
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Jared氏の言うように、ブランディングとパフォーマンスという広告主のマーケティング組織の分断が解消されていけば、広告運用者がこれら領域を統合的に支援していく未来は、近い将来実現するかもしれません。
統合的なコミュニケーションとKPI設計
では、ブランディング領域とパフォーマンス領域を統合的に支援していくために、広告運用者に求められることは何でしょう。それは、最終的なビジネスゴールを達成するためのユーザーとのコミュニケーション設計スキルだと筆者は考えます。
どういったユーザーに、どの媒体でどういったコミュニケーションを図っていくのか。これまで広告運用者が慣れ親しんできたCPAやROASのみならず、施策毎のKPIを設計し、ビジネスゴールを達成するためのコミュニケーションを最適化していく必要が出てくるでしょう。最適化を進めるうえでは、施策間の相関関係や因果関係の分析が求められます。
Webやアプリ、ソーシャルに加えて、OOH、コネクテッドTV、OTTなど、広告運用者が見ていくチャネルもこれまで以上に膨大になるでしょう。かつ、それぞれ異なるKPIを持った施策毎の成果やビジネスゴールに対する貢献度をモニタリングしていくためには、最先端のテクノロジーを活用していくほかありません。各チャネルの特徴や広告プラットフォームの仕組みはもちろん、最適なツールを選択するための知見や最新のトレンドへのキャッチアップもしていく必要があります。
これらのことを踏まえると、ひとつの領域で深い専門性を持つだけでなく、関連する複数の領域においても一定の知見のあるいわゆる「T型人材」にあたる広告運用者は、ユーザーとのコミュニケーションも設計できるでしょう。専門性の求められるモニタリング環境の構築や施策の実装にあたっては、スペシャリストとのコラボレーションも必要に応じて実施していくことになるかと思います。
MediaCom USのAndy Littlewood氏は、AdExchangerに寄稿した以下コラムの中で、エージェンシーの立場から今後求められる人材像としてT型人材をあげています。テクノロジーの急速な進化により、メディアのフラグメンテーション(分断)が非常に速いスピードで進む状況において、ブランドとユーザーを繋ぐ最適解を導き出せる人材が、T型人材という結論のようです。
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O2OからOMOへ
ECサイトの売上拡大を目的とした広告運用は、広告運用者であれば一度は体験しているのではないでしょうか。オンラインでのショッピング体験がユーザーにとって当たり前となっている状況下では見落としがちですが、実店舗(オフライン)での購入がEC(オンライン)での購入を圧倒的に上回っているのが現状です。eMarketerによれば、グローバルの小売市場に占めるECの割合(下図の青線部分)は年々増加していくものの、2018年は12.2%で、2020年でも16.1%にとどまる見込みです。
また、経済産業省の電子商取引に関する市場調査によれば、2018年の日本のB to C市場のEC化率(全ての商取引金額に対する電子商取引市場規模の割合を指し、算出対象は物販系分野)は6.22%にとどまり、グローバルの水準を大きく下回っています。
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このように実店舗での購入が小売市場の大半を占めている中で、GoogleはO2O(Online to Offline)向け広告商品のアップデートを続けています。ECにおいて圧倒的な存在であるAmazonを意識している側面もありますが、ローカル在庫広告やGoogleマップの広告在庫拡大などを通して着実に実店舗を持つ広告主を取り込もうとしています。
日本においては、Yahoo! JAPANが、キャッシュレス決済のPayPayの販促機能とYahoo!メディアの広告を掛け合わせた「Yahoo!セールスプロモーション」をリリースし、特に中国で進んでいるOMO(Online Merges with Offline)を意識した動きを取っています。
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OMOの名前が示すように、購買行動におけるオンラインとオフラインの境界線が次第になくなっていく中で、オンラインで完結する広告運用中心の世界がオフラインと融合していく流れは今後加速していくでしょうし、OMOを意識したユーザーとのコミュニケーション設計能力が問われるかもしれません。
データを見極め設計する
GDPR(General Data Protection Regulation)やCCPA(California Consumer Privacy Act)、 Apple の ITP(Intelligent Tracking Prevention)を筆頭とするWebブラウザのプライバシー保護強化により、デジタル広告のエコシステムに関わる全プレイヤーは変革を迫られています。
加えて、Webブラウザで圧倒的なシェアを誇るGoogleのChromeにおいても、今後2年以内に3rd Party Cookieのサポートを終了することが発表され、Cookieを活用したリターゲティングを含むオーディエンスターゲティングはもちろんのこと、アトリビューション計測も困難となる世界を迎えようとしています。
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このような状況下で、膨大なユーザー情報を保有するGoogleやFacebookといったいわゆるWalled Gardenはここ数年で内へ内へと閉じていき、Walled Gardenの外のプレイヤーは統合IDや1st Partyデータ活用の取り組みを進めています。活用できるデータと各チャネルにおける広告配信面の特徴を理解したうえで、コミュニケーション設計をしていく必要が出てくるでしょう。
そのうえで、計測できるデータとできないデータを見極め、計測できない部分に関しては統計的手法で補完しながら施策を進めていくことが求められるかと思います。あらゆる媒体のデジタル化、プログラマティック化が進んでいく中で、従来のデジタル広告の世界におけるターゲティング、効果計測が過渡期を迎えているのは皮肉ではありますが、この現実を受け入れながらバランスを取っていくほかありません。
ここまで、変わりゆく広告運用者の役割を筆者の視点で考察してきました。抽象的な表現も多く、輪郭がはっきりしない部分もあったかと思います。連載の第二回以降では、識者との対談を通してその輪郭を徐々にはっきりとさせていければと考えていますので、最終回までお付き合いいただければ幸いです!