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『突撃!隣のマーケター』連載の趣旨
運用型広告の実施などのマーケティング活動を自社で内製化する「インハウス化」。ここ数年、日本においてもインハウス化の流れが加速してきているという現状があるが、インハウス化をどう捉えるかは、企業によって異なるのではないだろうか。
同連載では、毎回異なるインハウスカルチャーを持つ企業にアタラの井谷が突撃し、「お宅のインハウスカルチャーとは何ぞや?」をインタビューしていく。
今回の隣のマーケター:株式会社日本旅行 佐野正樹さん
話し手:株式会社日本旅行
ICT営業推進部 Webマーケティングチーム マネージャー
佐野正樹さん
聞き手:アタラ合同会社 井谷麻矢可
リンク:株式会社日本旅行
インターネットの普及によりビジネスモデルを大きく変化させた業種は数多く存在する。旅行業界もその一つで、インターネット普及以前は交通機関のチケットと旅行施設のパッケージ商品を店頭販売するのが主流だったが、今では消費者自身がウェブサイトで調べ、予約・購入することが多くなった。
明治38年(1905年)に創業した株式会社日本旅行は、日本最初の旅行会社。国内旅行ブランドとして展開する「赤い風船」などの国内パック旅行を強みとしている。また日本の旅行会社としては珍しく、デジタルマーケティングまわりの事業のほとんどをインハウス化しており、「ICT営業推進部」がその役割を一手に引き受けている。
今回は同部署の中でも特に、広告運用を担う「Webマーケティングチーム」の話を中心に、インハウス化に至るまでの紆余曲折や考え方について伺った。100年以上続く伝統ある企業でありながら、時代の流れに合わせて柔軟にマーケティングの在り方を変化させる秘訣とは、いったい何なのだろうか?
移り変わりゆく旅行業界
日本旅行が旅行商品のオンライン販売に着手したのは1998年と、日本では比較的早い段階でのスタートだった。しかし本格的にデジタルマーケティングを始めたのは、「ICT営業推進部」が発足した2008年のことだ。立ち上げ当初から同部署に籍を置き、現在はマネージャーを務める佐野正樹さんは「インターネット時代の流れに乗らないと間違いなくやばい、という空気が社内にあった」と当時を振り返る。
佐野「弊社では4~5年単位で中期経営計画を策定していますが、2008年~2012年の中期計画で『インターネット販売の強化』というテーマが掲げられ、ICT営業推進部が立ち上がりました。発足当初はとにかく自社サイトに旅行商品を掲載するという仕事がメインで、広告まわりのことは外部の広告代理店さんにお任せしていました」
コンサルタントとの二人三脚
アウトソーシングからインハウスへと大きく舵を切ったのは、2010年のこと。Web事業のコンサルタントを外部から招いたことをきっかけに、広告事業をもっと拡大させようという機運が高まった。だがそこで問題となったのは、取組み拡大に伴う広告費の増大にどう対応するかだった。
佐野「コンサルタントさんとも相談し、とにかく費用を抑えるための手段として『インハウス』でいこう、外部任せでなく自分たちでやってみよう、ということにしました。手とり足とり教えていただきながら、同年8月に初めて運用型広告の自社アカウントを開設。だから弊社のアカウントは相当年季が入っています(笑)」
こうして自社運用が始まったわけだが、社内メンバーは旅行業に関してはエキスパート揃いではあるものの、Webマーケティングや運用型広告については完全な素人。コンサルタントとのミーティングで広告業務の基礎知識やノウハウを一から教授してもらい、ひたすら実践を繰り返したそうだ。
佐野「当初は広告専門の担当者がおらず、サイト運営の担当者3人くらいで手分けして広告運用も行っていました。新メンバーが入ってきたら、コンサルタントさんに手伝っていただき広告運用の知識を習得させていく。新しい媒体が出てきたらコンサルタントさんにアドバイスをいただきながら目標設定や施策設計をする。そうやって少しずつ規模を拡大させ、2015年にようやく広告運用専門のWebマーケティングチームができて現在の体制となりました」
まさにコンサルタントとの二人三脚で体制を整えたわけだが、外部の専門家としてコンサルタントに頼ることのメリットは他にもある、と佐野さんは語る。
佐野「Web広告の世界は情報のアップデートが早い。私たちはあくまで旅行会社なので、どうしても自分たちだけでは情報のキャッチアップが遅くなり、その遅れがすぐに数字の悪化として表れてしまう。知識面だけでなく最先端の情報を収集し知見を溜めていくという意味で、コンサルタントに伴走してもらうことは重要だと考えています」
メンバー変更で常にフレッシュな状態を保つ
現在、Webマーケティングチームは4名体制で、GoogleやYahoo!スポンサー広告、Criteo、Facebookといった主要媒体の運用を行なっている。(※クリエイティブ作成やシステム開発は自社内他チームが実施)
ここで気を付けなければいけないのが「運用担当者のマインドリフレッシュ」だ。運用担当者が広告運用のみに目が向きすぎた結果、数字だけを追いかけてテクニックに走ったり、新しい媒体に取組むことが目的化したりして、広告を配信する本来の目的を見失ってしまうのである。同社ではメンバーの入替えを積極的に行なうことで対処している。
佐野「毎年1人ずつくらいのペースでメンバーが入れ替わります。担当者を替えると知見が溜まらないのではないかという懸念もありますが、もともとアップデートの激しいWeb広告の世界では、考え方も商材の特徴も刻々と変わっていきます。知見を蓄積できるというメリットと、やり方や考え方が硬直化するというデメリットを考えたうえで、この方法が良いかなと。
その都度一から教育指導するのは大変ですが、運用型広告を理解する人間が社内に増えていくのは会社にとってもプラスになるでしょうし、メンバー入れ替えを機にアカウントを見直すことで常にフレッシュな状態を保てるというメリットもあります」
横のつながりをより強固に
ICT営業推進部は現在、「Webマーケティングチーム」の他にサイト運営やCRM施策などを担う「Webディレクションチーム」、Googleアナリティクス360を使った分析・企画を行う「ストラテジ・マネジメントチーム」など6つのチームから組織されている。インハウス化してもっとも良かったのは、広告運用メンバーだけでなく他チームも交えて全体としてマーケティングについて考える文化が育ってきたことなのだという。
佐野「足元の話で言えば、予算調整を時間単位で緻密に管理できたり、販売状況や商品供給状況に対応したスピーディーな施策展開ができたりといったメリットはあります。だたそれ以上に、より良い広告施策を実施するために運用担当者が他チームとコミュニケーションを取る中で自社の課題に気付けたり、全社的なマーケティングについて考えられるようになったことが最も大きな成果ですね。
そうしたコミュニケーションを通して他チームのメンバーも自社の広告施策を理解し、他のマーケティング施策との連携について考えられるようになりました。例えば広告代理店にアウトソーシングした場合、代理店との窓口担当者の発注の仕方で施策が決まってしまいますし、周囲も『広告のことは難しいから担当者に任せよう』と、考えることを止めてしまう。インハウスでは様々な立場や状況の人と関わる必要があるため、関わった皆が自社のマーケティングについて否が応でも考えることになります」
同社ではさらに、他のチームとの横のつながりを強化するため、ICT営業推進部のメンバーが一堂に会して、役割に応じたマーケティングにおける課題感を共有しながら、外部のコンサルタント・スペシャリストも交えて議論する「NTAサミット」を年に一度開催している。
佐野「今年のNTAサミットでは、インハウス組織・マーケターの在り方・CRM・KPIマネジメントなどについて議論しました。特に話題となったのは、データの活用について。Webディレクションチームでサイトレコメンドやメルマガ配信を行なうために利用しているデータと、Webマーケティングチームで広告配信を行なうために利用しているデータ、それぞれで蓄積されるデータが完全に一元化できていない、分断されている部分があり、まだまだデータを活用できていない状況だという課題が浮き彫りになりました。データの蓄積、運用に関してはチーム間でしっかり連携して情報共有、議論をより緊密にしなければいけないね、と」
最適解を求めて
「お金をかけずに広告事業を拡大させたい」という思いから2008年に始まった日本旅行のインハウス化プロジェクト。10年が経過し、社内での運用が軌道に乗り、ノウハウも蓄積されてきた今、マーケティングの在り方について再び考えるタイミングにきていると佐野さんは言う。
佐野「我々は必ずしもインハウス化に固執しているわけではありません。たまたまこれまでの社内状況や時代の流れの中でインハウスがちょうどよかっただけだと考えています。弊社の強みや経営状況、広告まわりの環境が変化すれば、マーケティングや広告運用の取組みのあり方も変わっていって良いと思います。
例えば、『オンライン販売のためだけのWeb広告運用』という考え方では予算規模も天井が見えてきてしまうこともあり、今後はO2O施策やブランディングなど、『会社全体のマーケティング活動としてのWeb広告』という考え方での取組みにシフトしていきたいと個人的には考えています。そうなればチームの守備範囲も広がるし、現在の体制で対応できる部分とできない部分が出てくるでしょう。その場合、社内では広告ディレクション、ハンドリングや知見の蓄積は引き続き行いながら、運用業務自体は再びアウトソーシングする、ということも十分ありえると考えます。
今後も自社のその時々の状況にとっての『ちょうどいい』を見つけるために、妥協せずに最適解を模索し続けていきたいですね」
今の日本旅行にとっての最適解がたまたまインハウス化なだけで、状況が変われば体制変更も厭わない。時代のうねりを乗り越えて110年以上の歴史を重ねてきた同社だからこそ、こうした柔軟な考え方が身についたのかもしれない。
株式会社日本旅行にとってのインハウス化とは?
インハウス化とは、『ちょうどいい』を実現してくれる現時点での最適解である
佐野さん、どうもありがとうございました!
「突撃!となりのマーケター」第3回は、ピクスタ株式会社のインハウス化のノウハウについてお届けします。どうぞお楽しみに!
第1回:株式会社ビズリーチ「インハウスとはあくまで手段だ!」