目次
『突撃!隣のマーケター』連載の趣旨
運用型広告の実施などのマーケティング活動を自社で内製化する「インハウス化」。ここ数年、日本においてもインハウス化の流れが加速してきているという現状があるが、インハウス化をどう捉えるかは、企業によって異なるのではないだろうか。
同連載では、毎回異なるインハウスカルチャーを持つ企業に、アタラの井谷が突撃し、「お宅のインハウスカルチャーとは何ぞや?」をインタビューしていきたいと思う。
リンク:
今回の話し手:株式会社ビズリーチの青山弘幸さんと山路昇さん
話し手:株式会社ビズリーチ
事業継承M&A事業部 マーケティンググループ マネージャー 青山弘幸さん
執行役員 兼 マーケティングテクノロジー室 室長 山路昇さん
聞き手:アタラ合同会社 井谷麻矢可
インハウス化はあくまで手段
「インハウス化はあくまで自分たちがマーケティングに責任を持つための手段にすぎません」
そう語るのは、株式会社ビズリーチで内製化を進めてきた山路昇さんと青山弘幸さん。
即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「ビズリーチ」や、挑戦する20代の転職サイト「キャリトレ」など約10のサービスを運営している株式会社ビズリーチは、2009年の創業当時からほぼすべてのマーケティング活動の内製化を推進してきた。
今では「インハウス化と言えばビズリーチ」と言われるほど内製化に成功している同社だが、必ずしも内製化にこだわっているわけではなく、インハウス化はあくまで自分たちでマーケティング活動をハンドリングし、他責にしないための手段だと考えているそうだ。なぜそうした考えに至ったのか、同記事ではインハウス化を推進する道のりを追いながら、同社のインハウス哲学をひも解いていきたい。
リソースの少ない中でマーケティングを伸ばす
スタートアップから間もない2011年に入社し、同社のマーケティング活動を目の当たりにしてきた青山弘幸さんは、インハウス化はリソースが潤沢でない環境下でいかにマーケティング領域を伸ばしていくかを考えた末の選択だったと語る。
青山「私が入社した当初は社員数15名程度の小さな会社で、マーケティング領域は創業メンバーの永田が見ていました。私は前職が広告代理店で、デジタルマーケティングまわりのコンサルティングや、開発チームと共同で自動入札ツールの開発などを行っていたこともあり、私も加わってマーケティング領域をより強化していくことになりました。予算も人員も少ない中でスピード感やナレッジを持って伸ばすために、アウトソースではなく自分たちで主導権を持った方が良いと考えました」
青山さんがジョインしたことで、インハウス化を推進するための組織づくりが本格化。インハウス化する以上、アクイジションだけでなくアクティビティをどう上げていくのかも重要であり、そのためにはプロダクトそのものの動線やUXを変える必要があった。そこで、青山さんに加えてエンジニア、デザイナーのトライアングル体制でマーケティング組織が立ち上がった。
また、デジタルマーケティング業界はアップデートの早い業界であり、情報のキャッチアップが重要となる。そのためGoogle 広告やYahoo!プロモーション広告の担当者とも積極的にコミュニケーションを図り、新しいプロダクトや機能追加に果敢にチャレンジしていったそうだ。
青山「マーケティング組織を立ち上げた当初は、いかにスピード感を持って運用業務を内製化し、他社が行っていない施策をどれだけ打ち出していくかを最重要事項と考えていました。そのため、エンジニアとデザイナーと一緒になって検索連動型広告やディスプレイ広告、LPOの高速化を常に試行錯誤していました」
事業が急速に拡大していくのに伴い、入札管理やレポーティング業務を行うオペレーターを採用し、いわゆる広告代理店が持つオペレーション機能を社内に置くことでインハウス化の流れは一気に加速する。
青山「2012年頃は事業が倍々で成長してきたタイミングでした。私の転職当初は『ビズリーチ』とECサイトの『LUXA(ルクサ)※』の2サービスが弊社の主軸サービスでしたが、この2つを運営するだけでも大変なのに、海外転職サイト『RegionUP』や『キャリアトレック(現キャリトレ)』などの新規事業が次々に立ち上がっていました。そうした新規事業を成長させながら同時並行でマーケティング組織を作るのは、かなりハードでしたね。そのため、マーケティング活動を引っ張れる人材の採用が早期にぶつかった壁だと言えます。
採用基準は基本的には即戦力になってくれる人。今でこそテレビCMなど大胆な攻めのプロモーションが可能ですが、当時は投資に対してきちんとリターンが見えることが重要でした。そのためデジタル広告がとても重要なフェーズであり、運用型広告を使ったマーケティングを推進できる人を採用し、日本一のインハウス組織を作ろうと画策していました」
※LUXAは2010年に分社化した後、2015年にKDDI株式会社の連結子会社化。
2011年当初、日本ではまだまだインハウス化がメジャーではなかった中で、参考にしていたのは海外企業のやり方だ。Google 広告やFacebook広告の担当者などに相談し、海外の事例や体制を聞き、それを自社で実現するためにはどこからアプローチすればいいのかを探っていたそうだ。そうした地道なヒアリングや試行錯誤を繰り返すなかでマーケティング組織の運営は徐々に軌道に乗り、新戦力も増員されていった。
縦軸と横軸のシナジー
現在同社は事業部制を採っており、それぞれのサービスでマーケティング担当者が異なる。これはスピーディな意思決定と責任の明確化に重きを置いているのが主な理由とのこと。そのため毎月各サービスのマーケティング担当者が集まり、マーケティング上のノウハウを共有することで縦軸だけでなく横軸のシナジーも補完しているそうだ。
山路「それぞれのサービスによってステージが異なるため、あるサービスのノウハウが別のサービスで完全に活かせるかというと、必ずしもそうではありません。ビズリーチのCMが良かったからといって、新規事業で同じことをしてもうまくいかないでしょう。ただ共有してナレッジを蓄積することは重要ですし、マーケターとして取捨選択する力を養う場にもなっていると思います」
テクノロジーとデータでマーケティング活動を加速
その後、新卒者や別部署からマーケティングに転身する社員などを受け入れ、育成する余裕が出てくると、次は運用業務以外の部分にも着手することができるようになった。
青山「次のフェーズはデータ整備だと考えました。Tableauを使ってデータを統合し、事業の成長に最も直結している部分に投資したいと考えていました」
そうした思いから2018年2月に新たに設立されたのが、マーケティングテクノロジー室だ。同室は、各サービスの様々なデータをCDP(Customer Data Platform)に蓄積、分析し、マーケティングに活かすまでを主な業務としている。同部署で室長を務める山路 昇さんは、軌道に乗っているサービスと新規事業のどちらも抱える同社だからこその強みと弱みがあると語る。
山路「弊社にジョインする前は、楽天、楽天トラベル、カカクコム、フォートラベル、グルーポンなどで、プログラム開発やマーケティングにずっと携わってきました。2015年に同社に入社してから2年間は求人検索エンジン『スタンバイ』の事業部におり、昨年から『ビズリーチ』事業部に異動。事業が軌道に乗りつつある『ビズリーチ』と立ち上げフェーズの『スタンバイ』両方に携われたことで、自分の中で弊社の強みと弱みが明確化しました。
強みは、『事業を立ち上げる』推進力。これは全社員に共通する精神だと思います。弱みとしては、急成長を遂げていることもあり、先人が築いてきた過去の遺産を捨てられないところ。広告の出し先一つをとっても、前から出稿していたからという理由で継続出稿している広告も存在していました。その状態を解決すべく、データとテクノロジーを駆使して、分析がより容易にできるようにし、今どこに集中するべきなのかを明確にすることで、より生産的なマーケティング活動を行うためのサポートをするのが、マーケティングテクノロジー室です」
データを分析できる環境を整える
現在同室には、AIエンジニア、データアナリスト、マーケターなど様々な専門的なバックグラウンドを持ったメンバーが在籍しており、技術面・広告面・分析面ともにカバーするという、まさに鉄壁の布陣を敷いている。
山路「弊社は自分たちで何でもやるという精神があるため、分析はエンジニアに依頼するなどで対応しており、これまで分析ツールに十分に投資してきませんでした。しかし、様々なツールに対して投資やリソースをかけることでより早く、正確に良いものを分析できると思います。
例えばこれまではTableau Desktopを使っていましたが、より多くの人が使えるようにTableau Serverの契約を開始したり、より多くのデータを分析対象にするために、Treasure Data、Googleアナリティクス360なども導入し、データを分析できる環境を整えました」
山路さんは、環境を整備したことでシームレスな連携が可能になったという。例えばこれまで同社システムとMAツールのMarketoでそれぞれ別にメール配信システムとデータベースがあったが、これらをTreasure Dataで繋いだことで特定のユーザー層にすぐにメールを送れる仕組みなどを作ったそうだ。以前ならば、特定ユーザー層のセグメントのメールアドレスデータをエンジニアに抜き取ってもらい、配信するという煩雑なステップが必要だったが、それらがタイムラグなくスピード感を持って実施できるようになった。
山路「目標としては、全事業の各種データをCDPに入れ、横断的に分析できるようにしたいと思っています。特に新規事業では高級な分析ツール等を使える状況になく、私自身も過去に歯がゆい思いをしました。マーケティングテクノロジー室の誕生により、新規事業においてもデータを活用したマーケティング活動を促進させ、成長の角度を上げていきたいですね」
マーケティングテクノロジー室も誕生し、内製化の勢いがとどまるところを知らない同社だが、今後はさらにデータドリブンな環境づくりに注力していきたいと山路さんは語る。
山路「事業部によっては今でもデータをGoogleスプレッドシートで分析・レポーティングしている場合があります。今後は様々な媒体のデータを連携し、それらを自動化していきたい。それによりマーケターの運用負荷を減らし、企画などよりクリエイティブな事に注力できる環境を作りたいと考えています。
また、データが一つに統合されることで分析結果を可視化できるため、よりスピーディで正しい経営判断・事業判断ができると思います」
青山「また、新規事業を企画できるマーケターの育成にも注力してきたいです。事業づくりには、プロダクトがあり、それを売るセールスがあり、広げていくマーケティングが不可欠です。社員個々のキャリアや能力開発を考慮した際に、マーケターが新規事業を立ち上げて大きくしてくれれば、さらに活気のある組織づくりに繋がるのではないかと思います」
様々なフェーズのサービスが複数ある同社だからこそ、やる気さえあれば可能性や選択肢は無限にある。社員には自分のやりたいことに果敢に挑戦していってもらいたいと二人は語る。
自分たちがハンドルを握る
ここまでインハウス化にまい進してきた同社だが、インハウスはあくまで自分たちがマーケティングをハンドリングするための手段のひとつであり、必ずしもインハウスである必要はないと考えているそうだ。
山路「自分たちで責任を持ってスピーディにPDCAを回すための手段がインハウス化でした。人の責任にしたくない、自分たちで何でもやってみたい!という弊社のカルチャーとの相性も良かったのだと思います」
自分たちが置かれている現状でできる最大限の方法を考え、実行する。その最適な手段がインハウス化だったのであり、けっして今のやり方に固執しない。そうした試行錯誤の繰り返しが、結果として現在のビズリーチの確固たるマーケティング体制を築き上げたのではないか。
株式会社ビズリーチにとってのインハウス化とは?
「インハウス化とは、あくまで手段である」
青山さん、山路さん、どうもありがとうございました!
「突撃!となりのマーケター」第2回は、株式会社日本旅行のインハウス化推進に迫ってみる。どうぞお楽しみに!