プログラマティック広告に関する世界最大規模のカンファレンス「PROGRAMMATIC I/O」が、2018年10月15日から16日の2日間にわたり、米国東海岸のニューヨーク市で開催されました。
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会場はNew York HILTON MIDTOWN。マンハッタン区ミッドタウン中心部に位置するこの会場に、プログラマティック広告に関する最新情報を求めて世界中から関係者が集まってきます。
1日目は5つのトラック、2日目は1つのトラックで数多くのセッションが行われ、筆者は「Programmatic Ops Talk」「Spotlight: TV」「The Plenary Program」の3つのトラックで計20以上のセッションに参加しました。トラックならびにセッションの概要は以下で確認することができます。
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筆者は昨年のPROGRAMMATIC I/O 2017に続いて2回目の参加でしたが、広告主、広告代理店、メディア、ツールベンダー等、プログラマティック広告の各プレーヤーがそれぞれの観点でセッションを展開するという構成はそのままで、やはり全体のエコシステムやトレンドを俯瞰するには絶好の機会でした。
参考:
2017年は透明性 (Transparency)、AI (Artificial Intelligence)、プログラマティックTV (Programmatic TV)とはっきりしとしたトレンドがありましたが、2018年は新しいトレンドといった観点では掴みづらい年でした。一方で、今後プログラマティック広告のエコシステムにおいて重要になってくるであろうと筆者が感じたトピックが以下3つありました。
1. ブロックチェーン(Blockchain)
2. アドレッサブルTV(Addressable TV)
3. プラットフォームとしてのパブリッシャー(Publisher as a platform)
本記事では、筆者が参加したセッションをご紹介しながら上記が今後重要になってくる理由を紐解いていきたいと思います。
目次
ブロックチェーンで費用の発生元をたどる
ブロックチェーンの技術が仮想通貨の登場をきっかけに注目されたのはご存知の方も多いかと思います。現在ではID認証や選挙の投票管理、契約管理など様々な分野で実用化が進んでいますが、プログラマティック広告も例外ではありません。
ブロックチェーンを活用したソリューションを提供するアドテク企業Amino Payments(以下Amino)のFounder兼CEO Will Luttrell氏とNestléのProgrammatic Lead部門のRachel Mervis氏(以下Rachel氏)は「How To Use Blockchain To Keep Your Supply Chain Clean」と題したセッションの中で、NestléがAminoのソリューションを活用して取り組んだサプライチェーンの最適化事例を紹介しました。
参考:
Rachel氏は、プログラマティック広告で発生している費用を以下3つに分類します。
1. Known Knowns(費用の発生元も実際の費用も把握してる)
2. Known Unknowns(費用の発生元は分かるが実際の費用は把握していない)
3. Unknown Unknowns(費用の発生元も実際の費用も把握していない)
上記1はDSPやDMPの利用手数料や代理店へのフィーを指し、具体的な費用まで明らかになっている一方で、上記2に含まれるSSPがバイサイドから得ている手数料やアドフラウドの被害額、上記3に含まれる不透明な手数料をAminoのソリューションを活用して明らかにしようと試みたとのことです。
本ソリューションを活用したことにより、Nestléはインプレッション全体の3.77%が同社のブランドセーフティガイドラインに反するものであり、それらに使用されたコストは全体の9.23%であることが明らかになったとのことです。ブロックチェーンの技術を活用して、ひとつのトランザクションを時系列のパスでつなぎ合わせることで具体的なコストまで明らかにできるようです。
プログラマティック広告において、ブロックチェーンの活用はまだ始まったばかりです。AdExchangerによれば、Amino Payments以外にも、ドメインスプーフィングを防止するソリューションを提供するRebel AIといったスタートアップ企業は出てきているものの、2018年現在で市場に出回っているソリューションは数少なく、広く受け入れられるためには3年かそれ以上の期間を要するとのことです。
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データ活用でテレビCMの効果測定を精緻なものに
2017年のPROGRAMMATIC I/Oでは、ユーザーの視聴環境の変化に追いつくためにはプログラマティックTVの仕組みが不可欠であり、これを実現するためのセルサイドとバイサイド双方の協力の必要性が訴えられていました。
2018年は「Spotlight: TV」と名付けれた専用トラックで、アドレッサブルTV(世帯レベルでターゲティング可能なテレビ)の具体的な活用事例がアドテク企業中心に紹介されました。
テレビCM効果のデータ分析を行う605の共同創立者兼社長のBen Tatta氏は、「How to Review the “Full Funnel” of TV Advertising」というセッションの中で、605のソリューションを活用したWalmartの事例を紹介しました。
参考:
Walmartは、同社のテレビCMがどのターゲットと最も親和性があり、かつ来店売上にどの程度インパクトがあったかを、605の独自手法であるIMPACT INDEX™で計測しました。具体的には、ターゲットとの親和性はテレビCMの露出があった世帯へブランド好意度の調査を実施、来店売上リフトは世帯レベルでの広告露出データとWalmartの売上データを3rd Partyデータを介してマッチングさせるかたちで計測したとのことです。
この結果、ブランド好意度ならびに来店売上の両方に関して、特定のターゲット内でリフトが顕著にあらわれたことから、このターゲットのリフトをさらに伸ばすため、CM放映するネットワークや放映時間を24時間以内にプランニングするかたちでキャンペーンを最適化したところ、両指標で大幅なリフトが確認されたとのことです。
世帯レベルでのテレビCM露出データと3rd Partyデータの利用を可能にしているのが、605のデータパートナーの存在です。MVPD(Multi-channel Video Program Distributor:複数チャネルビデオ番組配信業者)大手のdishやCharter、MVPD関連会社のAT&T AdWorksやCOMCAST SPOTLIGHTからの視聴者データと、ExperianやLiveRampといったデータプロバイダーからの3rd Partyデータによって計測が可能となっています。
また、以下605のキャンペーンパフォーマンスダッシュボードの一部がスライドで紹介されましたが、ユニーク世帯リーチ数やテレビネットワーク毎のリーチ率、インプレッション数などの指標が確認できるかと思います。こういったダッシュボード上でパフォーマンスをモニタリングしながら、テレビCMの売り上げへのインパクトを定量的に計測することが近い将来には当然のこととなっているかもしれませんね。
テレビ保有世帯の半数以上がアドレッサブルに
テレビCMプラットフォームを提供するCADENTのCOO Jamie Power氏(以下Jamie氏)によるセッション「Best Practices For Addressable Advertising In Cross-Screen TV」では、アドレッサブルTVの今後の展望と効果測定の手法が紹介されました。
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Jamie氏は、現在のテレビを取り巻く環境の複雑さを以下スライドで分かりやすく表現したうえで、この環境下で適切なオーディエンスにリーチするためにはMVPD等が取得可能な視聴データとデータプロバイダーが提供するオーディエンスのカテゴリーデータの掛け合わせが不可欠だといいます。
適切なオーディエンスにリーチするためのポイントのひとつとしてアドレッサブルTVであることがあげられますが、2018年現在はテレビ保有世帯の半数以上にあたる6500万世帯のテレビがアドレッサブルTVであるといいます。2017年のPROGRAMMATIC I/Oにおいて、Coalition for Innovative Media Measurement (CIMM)のCEO Jane Clarke氏は、2018年のアドレッサブルTV保有世帯数を5500万世帯と見込んでいたので、想定より速いペースでアドレッサブル化が進んでいることが伺えます。
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一方で、インプレッションの定義やフリークエンシーキャップの設定可否など、セルサイドの指標ならびに機能の標準化は発展途上の段階とのことですので、これらの標準化がすすめばアドレッサブルTVを対象としたキャンペーンの統合管理はしやすくなるでしょう。
テレビCMの効果測定に関しては、605のWalmartの事例同様に世帯レベルでの広告露出データと売上データを3rd Partyデータを介してマッチングさせる手法はもちろんのこと、ウェブサイト訪問への貢献を測定するために3rd Partyデータとピクセルをマッチングさせる手法、来店への貢献を測定するためにモバイルデバイスのIPアドレスとその持ち主が家にいた時間を掛け合わせる手法など、さまざまなケースが紹介されていました。
いずれの手法でも、ブランドリフト調査同様にテストグループとコントロールグループを分け、その2グループ間の差異をリフトとして測定するとのことです。アドレッサブルTVであるからこそ、テレビCMにおいても上記でご紹介したかたちでのリフト測定が可能になるわけで、このアドレッサブルであることのインパクトは計り知れないと感じました。
マーケターにとって魅力的なエコシステムを
アドレッサブルTVの増加に伴ってテレビCMの定量的な効果測定が可能になってきている一方で、OTT(オーバー・ザ・トップ)も含めた統合的なキャンペーン管理ならびに効果測定は将来的に可能になるのでしょうか。
「Untangling Video Measurement」と題されたパネルディスカッションでは、セルサイド、バイサイドはもちろんのこと、視聴率データの提供や市場分析を行うプレイヤーの視点も含め、統合的な効果測定に関するディスカッションが繰り広げられました。
冒頭、モデレーターのRyan Joe氏(写真一番左)からゲストに対して、テレビCMならびにOTT含め共通通貨(Common currency)、すなわち広告枠を購入・提供するにあたっての共通単位や効果測定の導入は可能かという質問がありました。
テレビの視聴データに基づいたオーディエンス・インサイトを提供するComscoreのCEOであるBryan Wiener氏(写真左から2番目、以下Bryan氏)は、容易ではないが、業界全体で協力すれば実現自体は可能だといいます。
OTT含めたプレミアム在庫に特化した広告プラットフォームを提供するtrue[x]のリサーチ部門のSVPであるJamie Auslander氏(写真中央)は、共通通貨は標準化によって可能となる一方で、質(Quality)と量(Quantity)は分けて考えるべきだと言います。 テレビやOTTにおいてもプレミアム枠とそうでない枠が存在し、それらを一緒くたにすることにより、枠のコモディティ化が発生することを危惧している発言と受け取れました。
セルサイドにあたるNBC Universalで事業推進・戦略部門のEVPであるKrishan Bhatia氏(写真右から2番目、以下Krishan氏)は、視聴データという共通通貨はあるものの、効果測定という観点では測定ツールを提供するベンダーに依存するところがあり難しいという見解を示していました。
調査会社のNielsenでプロダクト部門のSVPであるKelly Abcarian氏(写真一番右)は、共通通貨はバイサイドとセルサイド間で設定可能であり、効果測定に関してはベンダーの選定含めマーケターの手に委ねられるといいます。
では、上記で議論された共通通貨の実現を加速させるためのポイントはなんでしょうか。Bryan氏は、枠を購入する当事者である(Bryan氏の言葉を借りればPurchase powerを持つ)マーケターが鍵となると言い切ります。マーケターはビジネスをドライブさせるための最適解をテレビ・デジタルを問わず模索しており、彼らにとって魅力的であることが重要だといいます。
Krishan氏も、セルサイドの観点からBryan氏と似た見解を持っており、他のエコシステム、例えばデジタルにおけるプログラマティック広告と戦っていることを意識しなければならないといいます。テレビ業界の一員として変わっていかなければならないという意識のもと、複数のパブリッシャーを横断して共通のオーディエンスターゲティングを可能にするOpen APへの他企業の参加を促しているといいます。
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プラットフォームとしてのパブリッシャーの在り方
テレビ業界でもパブリッシャーの動きは活発ですが、デジタルの領域でも新たな取り組みが始まっています。Meredith Digitalのデータ・プログラマティックソリューション部門のSVPであるChip Schenck氏(以下Chip氏)によるセッション「Building The Publishing Platform Of The Future」では、プラットフォームとしてのパブリッシャーの在り方が紹介されました。
2018年1月にMeredithが大手パブリッシャーのTimeを買収したことは記憶に新しいかと思います。この買収により、同社は米国の2億近いデジタルユーザーを抱える巨大メディアとなり、これはFacebookの北米における月間アクティブユーザー数(MAU)に迫る規模となります。
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Chip氏は、巨大メディアであるだけでは広告主に恩恵を与えることにはならず、新しいアセットの活用こそが重要であることを今回の買収から学んだといいます。そのうえで、アセットを最大限活用したプラットフォームの構想を紹介しました。
プログラマティック広告に関しては、パブリッシャーはSSPやDMPを介して一部広告在庫やオーディエンスデータを広告主に提供し、広告主はDMPをターゲティングに活用してDSPで買い付けを行います。この場合、パブリッシャーはプラットフォームではなく、あくまでセルサイドという位置づけになるかと思います。
Chip氏によれば、Meredithは従来のセルサイドからプラットフォームへの転換を今後目指していくとのことです。これによって、広告主はパブリッシャーの保有するアセットやコンテンツを最大限活用することが可能となり、ビジネスの成果を向上することができるといいます。
一方で、プラットフォーム構想の実現のためにはアドテクベンダーとの協業(もしくは買収)が不可欠で、Chip氏はAT&TのAppNexus買収に触れ、Meredithもこのかたちを目指していくといいます。AT&Tはすでに2018年9月に広告プラットフォームXandrを発表しており、AppNexusがXandrのプログラマティック化を進める中核になることは言うまでもありません。
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静かに着実に進むセルサイドの変革
ここまで、「ブロックチェーン」「アドレッサブルTV」「プラットフォームとしてのパブリッシャー」について、それぞれのトピックに関連するセッションの内容をご紹介してきました。マーケティング先進国のアメリカで起こっている変化を関係者の口から直接聞くことができたことはもちろん、プログラマティック広告の大きな地殻変動がこれからまさに起ころうとしている印象を強く受けました。
その地殻変動の中心にいるのは、紛れもなくセルサイドです。プログラマティック広告におけるブロックチェーンの活用はまだ始まったばかりですが、早速サプライチェーンの最適化事例が出てきています。手数料含め透明性を担保できないSSP・アドエクスチェンジの淘汰はますます加速することでしょう。
アドレッサブルTVの増加は、テレビCMにおけるターゲティングや効果測定の精度を高め、具体的な活用事例も出てきています。テレビ業界がアドレッサブルTVの導入を進めていったことで実現している面もあるわけですが、背景にはテレビからデジタルへの広告費シフトやOTTサービスの台頭があげられるかと思います。
2017年、米国におけるデジタル広告費がテレビ広告費を上回ったのは記憶に新しいかと思います。Bloombergが報じるところによれば、2018年もその傾向は変わらず、米国のデジタル広告費は広告費全体の半分以上を占め、初めて1000億ドルを超える見込みとのことです。
参考:Google, Facebook Lead Digital’s March to Half of U.S. Ad Market
さらに、OTTサービスの台頭に伴いテレビ視聴者数が減少していることも影響しています。eMarketerによれば、2018年のOTTサービスの視聴者数は前年比2.7%増の198.6百万人を見込んでいるのに対し、テレビ視聴者数は前年比0.2%減の297.7百万人の見込みとのことです。
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こういった状況下では、テレビ業界が広告主に寄り添うかたちでアドレッサブルTVの導入を進めざるを得ないでしょうし、パネルディスカッション「Untangling Video Measurement」でも議論されていたように、デジタルのエコシステムを非常に意識するかたちでテレビ業界が今後も変化していくことが予測されます。
パブリッシャーのプラットフォーム構想は、広告主のプログラマティック広告への投資が引き続き順調に拡大していることの裏返しとも言えるでしょう。eMarketerによれば、ディスプレイ広告全体の8割以上をプログラマティック広告が占め、2020年には86.3%をプログラマティック広告が占める見込みとのことです。
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広告売上を拡大する手段としてプログラマティック広告への比重を強めることは選択肢のひとつとして当然あがるでしょうし、パブリッシャー自身がプラットフォームとなり広告主に付加価値の高い広告サービスを提供することが実現すれば、広告売上の拡大も可能になるでしょう。
これらセルサイドの地殻変動に大きな影響を与えているのは、デジタル広告の成長を牽引してきたGoogle、Facebook、最近ではAmazonといった企業だと思います。これらの企業が広告業界に与えた影響は計り知れず、セルサイドのプレイヤーたちが強い危機感を持って変革を起こそうしている様子が複数のセッションを通してひしひしと伝わってきました。
2018年も残すところあと僅かとなりました。近い将来、米国で起きるであろう大きな変化を見極めながらも、日本でも同様の変化が起きる可能性があることを意識しつつ、引き続き最新情報にキャッチアップして発信していきたいと思います!