2017年にプログラマティック広告の業界内で活発に議論されたトピックとして「透明性(Transparency)」があげられるかと思います。例えば、広告主にとっては自社広告がどのドメインに配信されているか、広告枠を提供するパブリッシャーにとっては意図したかたちでオークションが発生しているかどうか、といった文脈で語られることが多かったように感じます。
参考:
このような流れを受けて、トラフィックの量よりも質(クオリティ)を重要視する声がデマンドサイドならびにサプライサイドの両サイドから上がってくる機会が増え、業界全体としてトラフィッククオリティを担保するためのソリューション提供や認証機関の設立等が着々と進められています。
そこで今回、世界最大の独立系アドエクスチェンジであるOpenXの日本国内パートナーサービスディレクター山内諭さんに、トラフィッククオリティを担保するための同社の取り組みや、プログラマティック広告におけるトラフィッククオリティの現在とこれからについてお話を伺いしました。
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話し手:
OpenX Japan株式会社
パートナーサービスディレクター 山内諭様
聞き手:アタラ合同会社 高瀬優
※このインタビューは2018年7月に実施されました。
目次
デマンドサイドからサプライサイドへ
高瀬:まずは自己紹介をお願いします。
山内:アドテク業界に入ったきっかけはオーバーチュアです。今から、もう15年前ですね。そして5年近く営業として代理店様と広告主様とお仕事をさせて頂きましたが、ヤフーに買収されたタイミングでヤフーに転籍しました。
その後、2008年に担当顧客であったリクルートに転職し、約9年の間に先ずは広告主としてリスティング広告でのメディア集客サポートを担当しディスプレイ広告含め自社メディアの集客運用そしてシステム開発を監督していました。特に2013年から14年にかけてディスプレイ広告の市場成長が著しく、リクルートとしてもディスプレイ広告に割く予算も徐々に大きくなっていました。
そんな中、前職のAdRollが日本へ参入するということで日本に市場調査をしにきており、広告主として調査に協力する機会がありました。競合のCriteoのマーケットシェアが圧倒的に強い状況でしたが、AdRollの参入で日本のプログラマティック広告のエコシステムを少しでも活性化することができれば面白いのではないかと考え、2015年にAdRollに参画しました。
一方、業界全体としてトラフィックのクオリティに対する関心が高まっていく中で、自身の「アドテク」フィールドでの経験を見直してみた時に、徐々にサプライサイドに興味を持ち始めました。
これまでデマンドサイドに長く身を置いてきましたが、今度はサプライサイドとして自分自身何か貢献をしたいと考えていた時に、OpenXが日本での事業拡大と人員強化の採用をしていたので、デマンドサイドが求めるメディアバイイングやPMP(プライベートマーケットプレイス)の拡大の話をしたのがきっかけで2017年11月からOpenX Japanで現職として働いております。
余談ですが、弊社OpenXは、元オーバーチュア出身のTim Cadoganが立ち上げ多くのオーバーチャーファミリーが在籍しております。
OpenXではパートナーサービスのディレクターとして、具体的には既存顧客の運用サービスの提供並びに管理をするのと同時に日本のセールスのトップも兼務しています。経歴としてはデマンドサイドが長いですが、デマンドとサプライ両サイドを俯瞰し健全なエコシステムを作り上げ提供できるOpenXでの業務には高い満足度とあくなきクオリティへのチャレンジには日々ワクワクしております。
高瀬:デマンドサイドに長く身を置かれた中でサプライサイドに興味を持つというのは非常に共感できます。両サイドがある意味両輪となって広告配信が実現できているわけで、そのエコシステムには私も常に興味を持っています。
御社の事業内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?
山内:OpenXは世界最大の独立系アドエクスチェンジです。アドエクスチェンジですので、当然デマンド・サプライ両サイドに対するサービスを提供しています。
パブリッシャー向けのサービスは、優れたマネタイゼーションを実現するためのマーケットプレイスを生み出すことをミッションとしています。一方、デマンドサイド向けのサービスはブランドとマーケット価値の最大化を目指しています。現在までに我々のアドエクスチェンジを通じて、数万社のブランド企業と消費者を結び付けています。
また、特筆できる事としては「業界初」の取り組みが多いことがあげられます。RTBエクスチェンジ、モバイルヘッダー入札、RTBエクスチェンジでのリワード動画対応など、先進的な取り組みをいち早く提供・実施しています。直近では、GDPRに準拠した世界最初のアドエクスチェンジでもあります。
高瀬:接続先のDSPやメディアの規模感はどれぐらいでしょう?
山内:日本では、グローバルDSPも含め常時接続されているDSPは40程度あります。トラフィックボリュームも日々伸長しており、直近だと1日当たりでデスクトップは12億件、モバイルでは約4億件のトランザクションが発生している状況です。
アプリは「モバイル」に含まれており、こちらのトラフィックも順調に拡大しています。米国では全体のトラフィックの半数以上をモバイルが占めている状況ということもあり、現在モバイル向けのサービスに積極的に投資しています。
パイオニアとして市場全体を活性化
高瀬:世界最大の独立系アドエクスチェンジとのことですが、競合他社が多数いる中で現在のポジションを獲得できている理由はなんでしょうか?
山内:収益を最大化させる仕組みに対する確固たる自信は多くのアドエクスチェンジが持っていて各社強みがあると思いますが、結局パフォーマンスを出せないプラットフォームは廃れていきます。そのため、パブリッシャーの収益最大化を図ると同時にデマンドサイドに高品質な広告在庫を提供できるよう、弊社独自の厳しい審査ガイドラインを設けています。
また、ヘッダー入札に関しては日本で最初に提供しています。これによりGoogle等の大手プラットフォーマーに良い意味でプレッシャーをかけることができ、結果として入札競争の活性化の新たな仕組みを提供できたと思っています。提供から数年たって徐々に浸透してきたこともあり、ヘッダー入札も目新しいものではないですが、弊社が新しいソリューションを提供することで市場全体が活性化するのは非常にいいことだと考えております。
高瀬:ヘッダー入札はここ数年さまざまなメディアでトレンドとして取り上げられていましたが、ここ最近になってGoogleやFacebook、Twitter等大手プラットフォーマーもヘッダー入札ソリューションを提供し始めています。御社がパイオニアとしてこの仕組みを市場に投入したことが全体のエコシステムの活性化に繋がっているところもあるかと思いますし、こういった取り組みは非常に素晴らしいと思います。
山内:当初はヘッダー入札といえばOpenXということで導入も増えていて、そこでの認知や実績がOpenX Japanにも蓄積されたことで、日本のパブリッシャーがOpenXのヘッダー入札ソリューションを導入するハードルは高くないと思っています。
また、弊社にはパフォーマンスをモニタリングする専属チームがあるので、ソリューションを提供したあともパートナーのKPI達成に向けたコミュニケーションを進めることができます。特にパブリッシャーとのコミュニケーションは多く、いい信頼関係が築けていると考えています。
高瀬:パートナーとの信頼関係があるからこそ、新しいことに取り組んでいける側面もありそうですね。
100社を超えるパートナーがads.txtを導入
高瀬:これは昨年あたりからになると思いますが、トラフィックのボリュームよりもクオリティを重要視する流れがあります。トラフィックのクオリティを担保する取り組みをご紹介いただけますか?
山内:認証機関からの認定を受けることが取り組みのひとつとしてあげられるかと思います。例えば、2017年にTAG (Trustworthy Accountability Group)のすべての品質プログラムに準拠した業界の中で唯一のサービスベンダーとなりました。
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また、外部のアドベリフィケーションツールも活用しており、具体的には、インテグラル・アド・サイエンスやWhite Ops、Moatと提携をしています。不正なトラフィックのスクリーニングに関しては3種類ほどフィルタリングをかけ、トラフィックのクオリティを厳しく審査しています。
高瀬:御社内での開発というよりは、主に外部のツールベンダーと提携されているのですね。
山内:ツールベンダーのM&Aと提携に加えて、弊社内にセールスチームよりも大きい専属のトラフィック監査チームがあるので、このチームがトラフィックのスクリーニングを実施しています。
一方で、トラフィックのクオリティを担保するという観点でads.txtの導入は不可欠であり、パートナーのすべてのパブリッシャーに対して導入の方法と目的を説明し、実装もお手伝いさせていただきました。企業数でいうと100社を超えるパートナーのパブリッシャーがads.txtの導入を完了している状態です。
高瀬:ads.txtも、ヘッダー入札と同様に昨年かなり話題になっていましたね。パブリッシャーはもちろん、DSPにはads.txtをクロールする仕組みが必要ですが、デマンドサイドに対しても啓蒙活動はされているのでしょうか?
山内:どちらかというとやはりパブリッシャーにむけた啓蒙活動が中心となります。どのベンダーに対して広告枠を販売すべきかどうか含め、きめ細かなサポートを実施してきました。
高瀬:海外メディアではads.txtの次の流れとしてTAGの認証を受けることが重要になってくると昨年末からすでに議論されており、その両方をしっかり押さえられているというのは、それだけトラフィックのクオリティを担保できている証拠だと思います。
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山内:TAGに加えて最近だとGDPRがトピックとしてあがってきています。まだ施行されたばかりということもあり我々自身も手探りの状態ではありますが、こちらの啓蒙活動も積極的に進めていく予定です。
高瀬:5月にロンドンで開催されたProgrammatic Pioneers Summitに参加してきましたが、GDPRはさまざまなセッションで議論されていました。一方で、全体のエコシステムにどういった影響を与えるかについてはまだ不透明なところもあるようで、登壇者も手探り状態であるという印象を受けました。
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データだけでなく広告在庫の品質が付加価値に
高瀬:トラフィックのクオリティの話に少し戻ります。大量のインプレッションを安価なCPMで購入できることがプログラマティック広告の革新的で魅力的な部分だったかと思いますが、昨今は一定の質が担保されたインプレッションをCPMが多少高くなっても購入するという流れがあると思います。御社としてもそういった流れを肌で感じることは多いですか?
山内:はい、そこは本当に肌で感じており、デマンドサイドから細かいセグメントの高品質な広告在庫の買い付け要望が遠慮なく言葉として出てくるようになってきています。
これまではDMPとデマンドサイドが接続することで、DMPの提供するデータがある意味品質の担保として機能してきましたが、現在は我々アドエクスチェンジに対して広告在庫の品質担保のリクエストも増えてきており、パブリッシャーと密に連携を取っています。特にPMPのリクエストは多く、その中でも動画に関するニーズが上がってきています。
高瀬:PMPに関しては御社とパートナー関係にあるDSPの大半に提供されているかたちでしょうか?
山内:はい。提供方法はスポットのキャンペーン単位と、常に接続されたAlways onの大きく二つありますし、パブリッシャーとの接続にも単体のパブリッシャー指定と複数のパブリッシャー(マルチパブ)との接続方法も用意しております。いずれの方法でも主要なDSPに関してはPMPで入れるのは当たり前のようにやっている状態です。
高瀬:PMPの売り上げは全体の何割ほどを占めていますか?
山内:全体の売上の15%ほどがPMPとなります。我々としてはまだ少ないと考えており、この割合を大きくしていくことができれば全体のマーケットの幅は広がっていくと思っています。
弊社の場合、主要なメディアとの提携はできているので、そこに対していかにPMPのパッケージを作って提供できるサイクルをスムーズに作っていくことができるかがポイントとなっています。
プレイヤーの統合がエコシステムを健全化
高瀬:昨今GoogleとFacebookのデュオポリー状態と言われており、大手プラットフォーマーに広告費が集中する傾向がある中で、これらの外側に位置するDSPやSSPの優位性はどこにあると思われますか?
山内:優位性を出すためには、やはりデータ連携が必要になってきます。プラットフォーマーに広告費が集まりやすい理由のひとつとして、保有データが膨大であることがあげられます。DSPはサードパーティー企業との連携を深め、データ接続の幅を広げることで優位性を出せると考えています。
高瀬:データ連携とPMPの組み合わせは強みのひとつであるかもしれないですね。一方で、データ連携に関してはGDPRの影響でサードパーティーの保有データが減少していく可能性もあり、少し厳しくなってくるのではないかと考えているのですがいかがでしょうか?
山内:おそらくサードパーティーデータを提供する企業は統合され、プレイヤーの数も減っていくでしょう。むしろいま多すぎる状態が整理されていくイメージでしょうか。
高瀬:統合の話でいうと、ヘッダー入札がDSP・SSPの統合を加速させる一面があるようです。ヘッダー入札においては同じインプレッションが複数のSSPでそれぞれ異なる価格で提示されるため、DSP は各エクスチェンジの手数料とオークションのメカニズムを分析することが可能になります。逆にいうと、これができないDSP、透明性や広告在庫の質を担保できないSSPは淘汰されていくといったかたちです。
参考:
実際、AdExchangerの報じるところによれば、広告主が使うDSPの数は過去2年間で40%減っているそうです。こういった状況下では接続するDSPの選定も慎重にならざるをえないかもしれませんね。
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山内:実際に接続しているDSPとの関係性含め、新しい我々の技術を提供するにあたっての順位付け、どのDSPとパートナー関係を構築・継続していくべきかの優先順位は決めています。
広告主が使うDSPが40%減っているとのことですが、プレイヤーの数はそれでもまだ多いと感じています。さらに統合や広告主の要望・効果に向き合って代理店での取捨選択が進んでプレイヤーの数が少なくなれば、より細かいレベルの分析ができるようになり、いい意味で健全化されるのではないかと思います。
さらなるデータ品質の向上で優位性を
高瀬:少し話が変わりますが、イギリスの大手パブリッシャーNews UKがThe SunやThe Timesといった傘下のメディアのオーディエンスデータを使って広告主が広告配信できるプラットフォームを、Salesforce DMPとアップネクサスのプロダクトを活用して提供する動きが最近ありました。
参考:
GDPRをきっかけにパブリッシャーのセカンドパーティーデータに注目が集まっていますが、上記のような新しい取り組みの中に御社が入られる可能性はありますか?
山内:あると思います。データの質を上げるという観点で面白い仕組みだと思いますし、そのデータを活用した広告配信先の広告在庫を提供するといった新しい取り組みに関して、我々も対応していく流れになると思っています。
一方で、扱うデータによってCPMが変わってくるので、そこに対するアルゴリズム、プライシングの設定をしていくのはチャレンジングな部分だと思います。ファーストパーティーデータに対してセカンドパーティーデータを組み込む前後でどう効果が変化したのかとか、その効果(価値)に対しての対価をどう設定するのかなど、そのあたりの見解は是非御社に聞いてみたいところでもあります。
高瀬:デマンドサイドとしてもセカンドパーティーデータを活用したいという声があって、サプライサイトとしてもそのデータを使った広告配信先として在庫を提供したいという要望は出てくると思うので、そこを御社が両サイドを啓蒙していく動きがあるとワクワクするなあと思います。
山内:セカンドパーティーデータやサードパーティーデータの組み合わせで、より高度なターゲティングができるようになると、デマンドサイドとしては多少高くなってもオーディエンスに対してリーチしたいと思うでしょうし、パブリッシャーもリーチされたいセグメントが明確になれば自ずとCPMもあげられ双方にとってもいい影響がでるのではないかと思います。我々が提供しているサービスとうまく重なって流れだしたら、マーケットとしては健全になっていくでしょう。
高瀬:使えるデータの質が高くなっていけば自ずと成果も良くなり、CPMが多少高くても見合うようになりますね。広告在庫とデータの質が両輪となってトラフィックの質があると思うので、この2つが向上していけば、この先のDSP・SSPの立ち位置も変わってくるかもしれませんね。本日はどうもありがとうございました!