とにかくマーケターを進化させたい。そういう機能を追加したい。
アトリビューション・マネジメントが提唱されはじめてからほぼ10年が経ちます。アトリビューションはマーケッターにとってますます重要な課題になっていますが、取り組む上でハードルが低くはなく、すべての企業が取り組んでいる、とは言えない状況です。
そういった背景の中、よりマーケッターにとって使いやすい分析ツールの提供に取り組んでいる株式会社サイカの代表取締役社長である平尾喜昭さんに、サービスの生い立ちから特徴、強みまで伺って参りました。
話し手:
株式会社サイカ
代表取締役 平尾喜昭さん
聞き手: アタラ合同会社 杉原 剛
※このインタビューは2017年8月初旬に行われました。
まずは会社概要と、平尾さんのこれまでのご経歴を教えてください。
平尾:株式会社サイカは、2012年に立ち上げた会社です。現在はマーケティングに特化した分析ツール「XICA magellan」を開発・提供していますが、設立当初は統計分析のプロとしてデータ分析のコンサルティングを行う会社でした。
私が起業を決意したきっかけは2つあります。1つは私が中学1年生の時、父の勤めていた会社が倒産したことです。世間的には取るに足らない出来事かもしれませんが当事者家族としては大変で、父が日に日に弱っていく姿を目にし、「どうしようもない悲しみがこの世にはあるのだな」と痛感。この出来事を機に、こうした悲しみをどうにかしたいという思いが、私の人生のテーマとなりました。
「どうしようもない悲しみ」をなくす方法として、実は私はずっとミュージシャンを目指していました。活動するうちに、韓国で音楽活動を行う機会に恵まれました。ところが隣国とはいえ文化も政治も異なる韓国のお客様は、日本のお客様と温度が違うと感じることが多々ありました。異文化の方にも正しい音楽を届けるためにはそのギャップの背景をしっかりと理解する必要があると思い、当時通っていた大学で経済政策のゼミに入りました。そこで出会ったのが、統計分析でした。統計分析を学ぶ中で、数字で繋がりが見えるこんな世界があるのかと驚いたとともに、統計分析さえあれば父の勤めていた会社は倒産せずに済んだのでないかと思いました。父の勤めていた会社は、カリスマ経営者の経験や勘に大きく依存していました。統計分析の客観的な世界観を取り入れていれば、もしかしたら経営判断が変わり、父には違う人生があったのではないかと思いました。
音楽のことだけを考えて10年以上生きてきたのでとても悩んだのですが、最終的には「統計分析」を自分の人生の中心に据えようと決意し、大学卒業の2ヶ月前に株式会社サイカを立ち上げました。
杉原:とても強烈な体験が今につながっているのですね。サイカは当初、統計分析を使ってコンサルティングを行う会社だったということですが、どういう経緯で今の業態へと変わっていったのでしょうか。
平尾:当初は統計分析によるソリューションを世の中に広めたいという思いで立ち上げたのですが、コンサルティングを行っていくうちに、お客様が我々の示唆を基に実践されていないことに気付きました。我々はお客様からデータをいただき、分析して返すのですが、仮説やそれを下支えする問題意識をお客様以上に我々が持つことは難しく、結果としてお客様自身の実践に繋がらない。お客様自身が課題をもとに、仮説を作って分析できる環境こそが、実践につながる分析になると考えました。
そこで2013年からは第二創業的な形で、「XICA magellan」の前身となる誰にでも簡単に統計分析が使えるツールを開発し、販売を開始しました。当初は金融系の方や人事・経営企画等の方を中心に販売する予定でしたが、蓋を開けてみるとお客様は広告代理店や事業会社のプロモーション部の方など、皆さんマーケターの方ばかりでした。そこで「この要因が変化したら成果はどうなるのか?」といった統計分析的な繋がりを世の中で一番必要としているのは、実は広告の世界なのではないか、と気付きました。我々が目標とする「すべてのデータに示唆を届ける」を本気で達成するために、まずは広告業界の方を全力でハッピーにしようと思い、第三創業的な想いで2016年9月に繰り出したのが「XICA magellan(マゼラン)」です。
杉原:短い期間で第三創業まで走ってこられて、色々と苦労する部分も多かったのではないでしょうか。
平尾:創業した2012年から5年間という短い期間で、とても時代が移り変わってきていることを肌で感じています。創業当時は重回帰分析や統計分析の話をした際わかる方が非常に少なかったですし、BI分析と勘違いされることもよくありました。いわゆる実データを可視化や表にするという記述統計の世界と比べて、推計・推測するというシミュレーションの世界はまったく知られていない領域でしたね。
杉原:私たちもアトリビューション分析をしていて、コンバージョンデータを取ってスコアリングし、クライアントの成績表を出すことはある程度できます。ただそこで留まるわけではなく、そこからのシミュレーション、その予測を踏まえてのアクションが重要だと思います。その部分でアトリビューション分析につまずいているしている企業が多いので、そこの意識をぜひ変えていってほしいと思いますね。
平尾:そうですね。ただ、僕自身は分析について理解している方も増えてきたと思っていて、とくにここ最近は少しずつ時代が変わってきている気もしています。シミュレーションという言葉が民主化しつつあるような気がします。
杉原:それでは、「XICA magellan(以下マゼラン)」の機能や特長について教えていただけますか。
平尾:マゼランを一言で表すと、統合的なマーケティングシミュレーターです。ご提供できるアウトプットとしては、「オンライン広告・オフライン広告・外部要因を横断して、認知から成果に至るまでのマーケットのジャーニーが把握できること」、「オンオフ統合での予算配分案がわかること」の2点が挙げられます。また、それらを予実管理するためのダッシュボードも備えています。
大きな特徴として、マゼランはcookieベースの分析ではなく、それぞれの広告配信データやKPI、KGIのデータが日々トラックされている一次データ同士の相関で関係性を導く、パス分析を採用しています。そのため、オンライン・オフラインを跨いだ分析やPC・スマートフォンのクロスデバイス分析、外部要因の関係性などを分析対象として縦横無尽に分析が可能であり、cookieベースのアトリビューション分析ではかなわないオン・オフのアロケーションや戦略づくりができます。
杉原:最初から時系列データを使った重回帰分析を行うという方向性は決まっていたのですか?
平尾:最初はcookieベースでの分析も考えていたのですが、取れるデータが少なすぎる部分が大きなネックでした。そもそも自分たちがお客様から聞いてきた課題は、単一のCPAを追っていくような状態で広告を統合的に評価できないこと。。結果的に認知施策、特にオフラインの施策の評価ができないということでした。ただ、これらを評価せずにボリュームを絞ると、最終的にコンバージョンが落ちるし、逆に踏みすぎても無駄が生じるなど、わかりやすく統合的な評価ができないため収益が圧迫されるということです。
次にシングルソースパネルも検討したのですが、実際に取り入れられた会社様の声を聴くと、自分たちの想定しているお客様に比べるとN数が少なすぎて信頼できないということでした。ならば、総数で分析できる点においては時系列しかないという結論に至りました。ちなみに時系列は時系列でもより専門的な分析を行うことも考えましたが、あまりにも難しい分析ではアウトプットしたところでよくわからない、理解できないという事態に陥ります。事実、各社マーケッターの方々に直接伺ったところ、ブラックボックスでは社内を納得させられず、意思決定に繋がらないというご意見が大多数でした。これらを経て、時系列の分析かつブラックボックス化しない手法を使わなければならないと考えました。重回帰分析であれば図で説明してもわかりやすいので、分析のベースとしては重回帰分析を採用し、間接効果を加味するために多段で繋げていく方法を採択しました。もちろん、シンプルな分析手法を選んだ結果として分析精度が低ければ意味がありません。シンプルな重回帰分析でもその精度をギリギリまで高められるよう、適切な変数選択や残存効果の検出等、分析官が手で行う大量の作業はすべてシステムで自動化しました。
杉原:我々もアトリビューション分析をしていて、あまりにもブラックボックスすぎる手法をとると、受け止める側も、限界を感じる。だから、説明できるというのはとても大事なことだと思います。
平尾:それらしい分析結果が出たとしてもお客様に信頼してもらえなければダメですし、おかしな結果が出てもブラックボックスでは直しようがない。マゼランは重回帰分析を連続して行っているので、おかしなロジックを入れればおかしな結果を返してくれます。分析手法がここに至ったのは、むしろ素朴を目指した部分もあります。目指したのはBIツールで投入されるような、観測されるデータと観測されるデータの関係性を見せる、BIツールに深みを与えるような方向性を意識しました。
杉原:確かにマゼランのインターフェイスはとても扱いやすいですね。では、もうすこし使い方をお教えてください。
平尾:使い方は2つありまずはキャンペーンの、特にオフラインの振り返りです。テレビCMなどを打った後定性的に振り返る際、それをきちんと定量化していくことができます。
もう1つが、先ほど申し上げたキャンペーン前にKPIを設定したり、施策を設定してキャンペーン中に予算を配分したりといった定期的に回すやり方です。まずマーケット全体を把握する機能をもとに、直接・間接効果を加味したうえで、それぞれのゴールに対してどの施策が響いているのかを見ることができます。
キャンペーンの立案前で言うと、重要なKPIを設定したり、それを最大化するための重要な施策を直接・間接効果をもとに立案できます。さらに効果を高めるために、次に経路ランキングを使います。例えば施策としてテレビCMが良いとした場合、どういう施策が相性がいいのかが見えるので、キーとなる施策の効果を最大化するようなプランニングが可能です。
そのためKPI設定やスタート地点となる認知施策の設定終了後、効果を最大化するための相性の良い施策の選定とメディアミックスができます。さらに、それらの関係性を反映させてキャンペーン内でどの程度の予算配分が最適なのかを導きだすこともできます。
また、マーケター自身が使えるユーザビリティの良さも強みです。分析の設定を行うと新しいデータが入った際には自動で分析の精度調整が回り、わかりやすく手間がかかりませんし、UIも分析の知識を必要としない解釈がしやすいものになっています。とはいえ導入したその日から使いこなすことは難しいので、弊社が伴走できるようにパッケージ化しています。完全に手放しというよりは、お客様に回していただいてそのレビューを弊社で行うというように段階的にお客様の自走を目指していくイメージです。だいたい1.5~2ヶ月でできるようになります。
杉原:実際の事例で挙げられるものはありますか?
平尾:マゼランの事例で代表的かつ一般的なのは、とある大手金融企業様における事例です。
同社は、TVCMに代わる認知獲得施策として動画広告をアクティブに運用されていました。しかし、CPAに偏った運用ではなかなか成果につながらず、最終的にどの動画を強めれば良いのか、逆に弱めれば良いのか分からなくなり、効果性も曖昧なままに出稿費用だけが増加しているという悪循環に陥ってました。
そこでマゼランを導入されたのですが、動画をクリエイティブ毎に切り分け((ex) タレント あり/なし × ブランド訴求 / サービス訴求…etc)、それぞれの動画からLTVの高い優良CVへの直接効果、および、指名検索やその他広告を経由した間接効果の双方を数値化しました。結果として、各動画から優良CVまでの残存期間も加味した総合的な貢献値(=生み出した優良CV数)を算出することが出来ました。
次に、それらの貢献値と、実測されているCPAとを掛け合わせて、“普遍的にCV貢献が高い”かつ“短期的に効率の良い”施策を明らかにし、その両基準で予算配分の指針を策定しました。
上記の運用結果として、マゼラン利用開始から90日間でマゼランの年間利用料を超える成果を出され、我々としても誇らしい実績となりました。
現在では、動画広告以外にも、例えばアフィリエイトのようなオンラインの獲得系施策、また、TVCMのような認知系施策もマゼラン活用の対象施策となっており、上記のような取り組みをより広範囲にわたり実施し始めています。
杉原:アフィリエイトの間接効果は普通見ないですよね。
平尾:アフィリエイトは完全に直接効果で見ますから、普通間接効果は見ないですね。しかし、例えば比較サイト等で載せているからこそ後で自然検索に誘導しているようなものや、保険のようにそこで一括請求してもらった方が絶対いい、という所を閉じたり落としたりしていくと、もったいない部分が分かってきます。
杉原:今後の展望について、お話いただける範囲で教えていただけますか。
平尾:最終的に目指すものとしては、「みんなが「最高の人生」を選択できる世界をつくる」こと、そのために「とにかくマーケターを進化させたい」というところです。マーケターに求められる進化とは何かと言うと、やはり思考力だと思います。世の中に数多ある職業の中で、マーケターは日々仮説を立て、抜群に考えている、思考が停止しない人たちの集団だと思います。しかし、現在マーケターが段々作業屋と化してきている。私はマーケティングの精度を上げるのは、ツールではなくマーケターだと考えているので、マゼランには今後それを支援するような機能を付け加えていきたいと思っています。
そこで次のステップとして、まずはデータ連携を強化したいと考えています。世の中に色々なデータがある中で、それを集めてくるというのはとても大変なことなので、外部のベンダーさんなどを含めてしっかりと連携し、お客様へ負担がかからないようにしていきたいですね。また、定期的に振り返るという所に関しては、現在お客様がマゼランをうまく使って振り返っているだけにとどまっています。現在、お客様の振り返り方の想定がある程度ついてきたので、そこにフレンドリーな形で機能を追加していきたいです。
さらに次のステップアップとして踏み込みたいと思っているのは、より実践にいたる示唆を届けたいということです。我々はログ分析を諦めたわけではなくて、ログ分析で全てを分析するのは無理だと考えただけなので、ログで見える所や見た方がいい所、例えば本当にペルソナを設定するといった所は考えていきたいです。本当はマゼラン上でKPIを設定して、それに向けての分析にナビができるようにしたい。
結局、ツールでマーケターの能力を上げる支援をしたいという思いが一番強いです。だからこそ先ほど申し上げたようにブラックボックス化して難しい分析をするのは嫌でした。AIの導入なども考えなくはなかったのですが、少なくとも示唆を出すという所においてAIを使うのはやめようという結論に至りました。考えるのはあくまでマーケターで、マゼランはマーケターが思考する際のヒントであってほしい、そういう場にしていきたいという思いがあります。
杉原:平尾さんがおっしゃっていることは、とても現実的だと思うんですよね。私がいつも心がけていることですが、常に二歩先を見ていないといけないが、勝負するのは一歩半先くらいにしないと、市場がついていかない。だからこそ、現実的な所でのソリューションというのはとても大事な考え方なのではないかと思います。
平尾:人間にもっと賢くなってもらいたいという思いの中で、まず直近でやるべきはお客様の作業負担を減らすことです。今後データ連携、振り返り機能、さらには示唆を深めるという意味でペルソナ等を導入し、少しでもマーケターの業務を楽にしたいですね。
杉原:なかなか定着しきれていない、定点観測的と言いますか、定常的なアトリビューション分析による予算配分・効果の最適化、がいよいよ現実的になってきた感があります。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました!