目次
『State of AdOps』連載の趣旨
「State of AdOps」は、現在急速に伸びている運用型広告の成長を支え、実際の現場で価値をつくりだしている広告運用(AdOps)のスペシャリストたちに焦点を当てるインタビューシリーズです。広告運用の最前線にいる方々が感じていることを語って頂くことで、運用型広告の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。
※第13回〜第19回はこちら
※第1回からはこちら(admarketech.へ移動)
今回の話し手:THECOO株式会社の下川弘樹さん
第20回目は、YouTuberと企業をつなぐプラットフォームである iCON CAST や、デジタルマーケティングの企画運用を手がけるTHECOO(ザクー)株式会社の取締役COOを務めていらっしゃる下川弘樹(しもかわひろき)さんにお話を伺いました。
# インタビューは 2016年9月に行われました。
# インタビュアー: アタラ合同会社 取締役CCO 岡田吉弘
上のレイヤーに行きたい。
●まずは下川さんのお仕事内容と役割、現在のお仕事に至るまでのキャリアを教えてください。
下川:現在は、THECOO株式会社の取締役COOをしており、会社のオペレーション全体を担当しています。よく「ヒト・モノ・カネ」と言うように、実際のサービス運営のほか、総務や人事、それから経理なども見ています。
THECOOでは主に2つのビジネスを行っていまして、1つは我々がインフルエンサーマーケティングと呼んでいる、インフルエンサーと一緒に企業のプロモーションのお手伝いをしたり、インフルエンサーのキャスティングを行う事業です。iCON CAST というマッチングサービスは、これに入ります。
そしてもう1つは、運用型広告のコンサルティングや企画運用を行う事業です。弊社はグーグルの日本法人で一緒に働いていた人間が集まって起業したという背景もありますので、元々の専門性を活かして企業の集客のお手伝いをしております。私はこの2つのビジネスにおいて、インフルエンサーマーケティング事業では、事業そのもののマーケティングを担当し、運用型広告コンサルティング事業では、事業の責任者をしています。
●それは聞くだけでお忙しそうですね。。。下川さんはいわゆる AdOps という範囲を越えて AllOps とも言える立ち位置だと思いますので、どういう経緯で現在の仕事に就くようになったのか、これまでのキャリアを教えて頂ければと。
下川:学生のときは法律を学んでいたんですが、実際には法律関係への就職は考えていなくて、ちょうど大学時代とブロードバンドの普及が重なっていたこともあり、インターネットが変わってきたなという実感がある時期でした。パソコンをいじったり作ってみたり、そんなことばかりしている学生時代でしたね。
結果的に「インターネットの仕事がしたい」という思いから NTT へ就職しました。そこで光回線を売っていたんですが、しばらくすると、インターネットというのは、回線ではなく、そこに乗っているサービス部分がお金を生んでいることに気がつきました。NTTグループが頑張って土管を作るけれど、その上をヤフーやグーグルがノリノリで走っている印象を覚えたんです(笑)。それで、いつしかウェブサービスの会社に行きたい、インターネットでは上のレイヤーに行けば行くほど楽しい世界があるんじゃないかと感じて、前職のグーグルに縁があって入社しました。
グーグルではAdWordsのチームに所属したのですが、それまでは知識としてリスティング広告を知ってはいたものの、実質は何も知らないままで入って、そこから今に至るキャリアを積み始めたという感じですね。
●非常に共感できるストーリーです。私も最初エンジニアとして企業の内部システムのプログラムを書いていて、ずっと黒い画面を見ている世界でしたが、もっとたくさんの人が使うサービスに関わった方がフィードバックがあっていいんじゃないかと思っていたところ、出たばかりの検索連動型広告にたどり着いて、やればやるほどグーグルって超すごいと感動してそのまま入社しました。データの胴元ですから、レイヤーを上げると楽しいというのは実感として分かります。
下川:当時は、レイヤーの下にいるのが悔しかったですね。
好きこそものの上手なれ。
●下川さんがグーグルに入られた当時から、リスティング広告は設計やオペレーションが重要視されていました。最初は未経験で入社して、どのように業務キャッチアップされたのでしょうか。
下川:私が入社した2008年当時は、今より圧倒的に検索がメインだったんですよね。ディスプレイ広告もGDNのようなかっこいい名称もなく、ターゲティングも2016年の今から見れば精度も高いとは言えず、プロダクトの幅も狭かったなぁと思います。
●当時は当時で今よりもある意味大変だったはずですが、プロダクトの幅や深さで捉えれば、まだ牧歌的な時代でしたよね。
下川:そうですよね。今から運用型広告の世界に入る人は、それをゼロベースで一つ一つ習得していかなければならないので非常に大変だろうなと思います。私はまだ比較的シンプルな時代に始められたので、今の若い方と比べたら楽をしているなと思います。
幸いにしてプラットフォームの中にいたので、様々な一次資料や、過去の先人達が作った大量のドキュメントにアクセスしやすい環境にありました。当時のグーグルはその辺りがかなりオープンで、世界中の提案書やプランニングシートを読むことができたので、とにかくそういうものに一から当たって勉強していきました。岡田さんの資料も参考にさせてもらいました(笑)。
●ありがとうございます(笑)。ただ、たくさんのドキュメントや事例に当たれるという意味では、広告代理店も環境としては近いと思います。でも現実には、下川さんのように積み重ねていく人もいれば、途中で辞めていく人達もいて、更に言えば途中で辞めていく人の方が圧倒的に多いのが事実だと思います。環境として整っていることと、習熟していくことの間にはかなり個人差があるので、その個人差を生み出す要因は何なんだろうというのが気になっています。
下川:私の例で言えば結構シンプルで、単純に、今でもすごく AdWords が好きなんです。そのおかげかなと思っています。初めに AdWords のことをよく知らずにグーグルに入りましたが、最初の研修で感動したんですね。プロダクトに流れる哲学とか、考え方みたいなものにすごく共感しました。元々グーグルが持っている哲学に共感して入ったわけなんですが、それがプロダクトにも流れているんだと。オープンだったりフェアネスだったり、とにかく非常に論理的で公平で、そういうプロダクトに取り憑かれたというか、一言でいえば好きになってしまったんですよ。
それで、決して英語が得意だったわけじゃなかったんですが、一次資料を読みたいと思いました。大事なことは大体ヘルプページに書いてあるんです。基本的にはすべて公開されていて、グーグル社内でないとアクセスできないものというのはそれほどなく、一つ一つ読んでいけば理解できることばかりなので、当時は土日も趣味の読み物のようにヘルプページを読んでいました。なんとなく好きでそういうことをやっているうちに覚えたということだと思います。
●素晴らしいですね。運用者の鑑のようなエピソードです。
下川:おそらく、こういうアプローチだと、プロダクトや機能が存在している理由や意味のようなものが体系的に頭に入ってくるので、新しいリリースがあった際にも「こういう仕組みで動いているんだろうな」「こういう理屈で実装されたんだろうな」というのが何となく分かり、AdWords の思想であればこう動くだろうという視点で新しい機能を捉えることができるようになったので、色々なものが出てきても慌てずに自分なりに対応できたというのがありますね。
●うまくいく人の典型例ですよね。運用型広告ができる人は、ほとんど同じことを仰る気がします。好きになった結果、反復を楽しんで繰り返していくことで、類推の精度が上がっていくんでしょうね。筋肉みたいなもので、瞬発力が上がると可動域が広がり、できることも増えていく、ということなんだと思います。
下川:まさに仰る通りですね。付け加えるとすると、個人的な嗜好性が合っていたというのもあると思います。私自身は営業のような対人業務も決して嫌いではないのですが、広告の管理画面やエクセルのようなスプレッドシートと向き合って悩んでいる時間って、グーグルにいる頃からアドレナリンが出るんですよね。
●分かります。コックピット萌えみたいなものがあるんですかね(笑)。ガンダムとか攻殻機動隊的な世界観もあるような気がします。
下川:どちらも大好物です(笑)。まさに攻殻機動隊の世界ですよね。ガチャッとモニターを出して、何か見つけたぞ!と。アカウントのボトルネックになっているようなキーワードや検索クエリをぱっと見つけて、それに手を入れてアカウントが生き返ったりする経験は皆さん多々あると思うのですが、そういう瞬間が快感だったりしますよね。
●そういう快感物質みたいなものが出たことがあるかどうかが、うまくいくかどうかの分水嶺だったりするんでしょうね。「管理画面ばかり覗いてないで顧客を見ろ」と揶揄する人もいますが、私は「管理画面というファインダーから世界を覗いている」と考えた方が建設的だなと思ったりもします。管理画面に触れないと現実に対して作用できないですし、数字の先に人の営みを想像できるのが優秀なマーケターだと思いますから。
事業に、運用型広告の経験が活きている。
●話は変わりますが、下川さんはグーグル時代、ずっと中小企業向けチーム(SMB)にいらっしゃいましたよね。
下川:はい、SMBにずっと籍を置いていて、岡田さんが辞められた2011年に大型企業向けチームに異動し、その後(現THECOOの)CEOである平良がいたチームに引っ張ってもらったのが切っ掛けです。それからの腐れ縁ですね。
●2013年末までグーグルにいらっしゃって、その後平良さんと共に起業されます。創業時はEコマースを行う企業向けにデジタルマーケティングのコンサルティングを提供するお仕事が多かったような印象です。
下川:THECOO は、既成の価値観や既存の権威に食ってかかる、クエスチョンマークを提示してやっていきたいというミッションがあります。一部の人達がブラックボックスにして囲っているような価値とかノウハウをつまびらかにして、たくさんの人に共有していった方が世の中が良くなるんじゃないかと。その一つが運用型広告のナレッジではないかと思い、当初はそれにフォーカスしていました。
●その時の社名はルビー・マーケティングですよね。そこから事業内容や社名を変えたのはどういう経緯があったんでしょうか?
下川:やっていくうちに、運用型広告のお手伝いをしているクライアントから動画を活用してマーケティングしたいという打診を受け、メンバーがインフルエンサーをキャスティングする仕事をしたんです。その時は、日本の広告主のアプリを海外展開する時に、海外の YouTuber を起用してプロモーションをかけました。結果的にそれが非常に高い評価いただいて、実際に成果が良かったこともあり、もっと事業として落とし込めないかという話になり、現在の iCON CAST に繋がっています。
社名を変えたのは、運用型広告は事業としてもちろん継続しつつ、iCON CAST の成長とともに、インフルエンサー・マーケティングにしっかりコミットしていくという意味を込めています。
●それぞれの事業にシナジーはありますか。
下川:インフルエンサーのキャスティングというと、一般的には派手な印象があると思いますが、我々は数字や根拠を持ってアプローチしていく方法を採用していて、そのベースには運用型広告で成果をきちんと測って ROI を見ながら投資していくという考え方があります。例えば、インフルエンサーが作ったクリエイティブをバナー広告のような形で回してみたりすることもありますので、規模の大小はありますが、ある程度の補完関係が成立していますね。
●広告運用のバックグラウンドがあると強いですよね。補完関係というか、相乗効果になるのではないかと思います。
下川:動画広告が流行ると言われ続けてなかなか来ないという話がよく挙がりますが、動画のアドネットワークがたくさん出てきても、広告主が一般的にそれを利用するところまではいってないですよね。やはり運用の概念は大事です。
●もちろん商材次第ではありますが、大多数の企業にとっては「まずはYouTubeとFacebookをちゃんとやってから他をやりましょう」と言いたくなる話が多いですよね。運用できないと花火しか上がらないですし。
下川:その話題はキリがないのですが(笑)、広告主や広告代理店は利用するプラットフォームや媒体を横に増やしたがる傾向にあります。同じような DSP をいくつも使って、結局配信先のインベントリーが被っていたりしますので、マッチポンプなことも多いです。
広告主は YouTube に広告を出したいけれど、そもそも動画を作るのに費用がかかったり、社内で作るリソースもなく、ABテストや PDCA を回すほど色々なバリエーションの動画を作れるわけでもありません。YouTuber に企業のプロモーションのクリエイティブを作ってもらうことで、YouTuber自身のチャンネルに公開するだけでなく、それを TrueView なども利用して展開してみると、一般的な動画やバナーよりもリーチが広がりますし、いいクリエイティブであれば圧倒的に効果がいいんです。単に CTR がいいとかだけではなく、しっかりサービスの LTV にも貢献している。
例えばフリーミアムのサービスなどでは、サービスの内容をクリエイティブであらかじめ伝えられているのでユーザーが理解した上でコンバートしていますので、通常の広告よりも継続率が高い、といった事例が出てきています。YouTuber に作ってもらった動画クリエイティブをうまく広告に転用できているのかなと思います。
●YouTuber自身に動画に出てもらうだけではなくて、その商品を理解した上で作ってもらった表現やクリエイティブをYouTube の外で再利用するということなんですね。
下川:媒体ごとのユーザーの特徴が全然違っていて、YouTube でヒットするクリエイティブが例えば Twitter でヒットするかというとそうでもなくて、電車に乗っているときに見たり、ベッドで寝転んでいるときに見たりと、それぞれ利用シーンが違うんですよね。スマートフォンなのかタブレットなのか、音を出しているどうかも違います。作ったクリエイティブを色々な媒体で上げてみると効果にかなり差があることも多いので、PDCA の二回転目では媒体ごとに最適化したクリエイティブを作ろうという話に発展することもあります。
●企画としても連続性が出てくるということですね。
下川:プラットフォームにいた頃は、クリエイティブの部分はどうしても関与できないことが多かったじゃないですか。数字だけでは語れないところが非常に多い領域でもあるので、今まではそれが怖くて避けてきたところがあります。でも、今の立場だとそこに数字というか、根拠を紐付けられるようになってきたかなという実感はありますね。
●なるほど。Facebook のキャンバス広告などが象徴的ですが、マーケターが関与できるクリエイティブの幅はどんどん広がっていて、デザイナーとの垣根がどんどん曖昧になってきていますよね。つまりクリエイティブの主体がマーケター側に近づいていくことで、どんどんサイエンスできる要素が増えていくということなのかなと思います。
下川:そう思います。
●運用型広告では、ターゲットが100通りあれば100種類以上の訴求があるというのは当たり前の話だと思うのですが、その実績をちゃんと科学しないと PDCA は回らないということですね。そして THECOO ではその対象として動画があるということなのかなと思いました。
下川:ちょっと宣伝っぽくなってしまうのですが、最近リリースした iCON Suite というインフルエンサーのキャスティングツールがあります。これもサイエンスの一環といいますか、インフルエンサーのデモグラフィックを推定で全部出して、企業とマッチングすることができます。API は出ていないので投稿している写真などから機械学習をさせて、推計の精度を高めていきます。データドリブンなキャスティングツールですね。
iCON Suite ~ インフルエンサーキャスティングツール
?https://icon-suite.com/
運用者が活きる企業カルチャー
●あれ、平良さん(笑)
平良:面白そうな話をしているのが聞こえたので、来ちゃいました(笑)。
●では、せっかくなので聞いてもいいですか(笑)。なぜ下川さんと一緒に会社を始められたのですか?
平良:下川は僕と真逆なんですよね。例えると僕はブルドーザーで、下川はきちっと道路を整備する人です。僕は何があろうととにかく道を拓いていくという感じで、ただ拓いたときに人が通れるようにするにはきちんと舗装しなければならない。それは下川が得意だと思っています。ないものをお互い補っている感じですね。
●そこも補完関係であり、相乗効果があるんですね。
平良:すごいなと思うのは、僕がここに道路を敷くぞと言っていないのに、下川が後から勝手に道路を敷いてくれるんです。まさに本当に阿吽の呼吸なんだなと感謝をしています。
●僭越というか失礼な話ですが、平良さんが起業されたと聞いたとき、「取締役COO 下川弘樹」という文字列を見て、勝手に安心したのを憶えています(笑)。あれから数年経って、メンバーもどんどん増えていますよね。
下川:セールスならセールス、運用なら運用の専門性を持っている人材が結果的には集まってくれているのですが、我々が採用する基準と言いますか、現在の会社のステージもあるかもしれませんが、割と何をやらせてもできるような人が来てくれていると思います。
平良:僕がよく言うのは、「自由を差し上げます、その代わり責任持ってやってください」ということです。マイクロマネージメントは全くしないので、それを楽しんでくださいと。そういう人材ですかね。
●なるほど。一方で、そのような標榜をされるスタートアップやベンチャーはたくさんありますよね。今集まってきてくれているメンバーは、その中でなぜ THECOO を選んでくれたんだと思いますか。
下川:あるメンバーが、平良ができることとできないことがあって、自分が得意なこと、できることが平良はできないことだから自分がいる価値があると言っていたんですよね。結果的には個人のエクスパティーズを活かしてくれているという側面はあると思います。
平良:「自分は何でもできる」という人っているじゃないですか。僕は「できない」と思っているから。AdWords の運用ができますかと言ったらできないし、ブルトーザーの比喩で言えば、ショベルカーも運転できないし、ドリルで穴を開けるのもできません。僕はちゃんとできないことを理解しているというのはあります。だからできる人を集めなきゃいけないとすごく感じていますね。
下川:圧倒的なカリスマがトップダウンで物事を決めている会社ではないことは確かです。本当にボトムアップで、iCON CAST も、平良が発案したというよりはメンバーの一人が「こういうことができそうです、やります?」と言い出して、決めて動いたのが平良という感じですね。
平良:カリスマ性は欲しいけどね!(笑)
●(笑)。いわゆる民主的なリーダーシップでありながら、民主的に決めたあとはブルトーザーが発動するということですね。そのハイブリッドな感じに、下川さんのような優秀な運用者が活きるカルチャーがあるのかなと思いました。本日はありがとうございました!