広告運用者としての生き方2:広告運用者個人のキャリアと組織経営の関係性

広告運用者としての生き方2:広告運用者個人のキャリアと組織経営の関係性

アタラ 広告代理店運用強化トレーニング

『広告運用者(AdOps)としての生き方』連載の趣旨

以前(2014年11月)に「広告運用者(AdOps)としての生き方(1):雇用編」というコラムを書きました。約9ヶ月ぶりですが、前回に引き続き運用者個人のキャリアと組織経営の関係性について考えてみたいと思います。

運用型広告市場の雇用環境は好調、むしろ人手不足が続いていると言われていますが、募集しているすべての企業がマーケットで成功しているわけでは、残念ながらありません。

運用型広告を扱う企業(つまりデジタルをマーケティングに活用している大多数の企業)は、「運用」という概念や、従事する「運用者」ををどのように捉えていて、当の「運用者」は変化の激しい中で、どのようなキャリアを歩んでいけるのでしょうか。

 

運用型の伸長と、売買コストの上昇

一般的に、掲載記事に広告を掲載するパブリッシャーの収入の元は企業からの広告掲載費であり、その広告メニューを扱う広告代理店の収入は広告掲載費(媒体費)からのマージン料率で決まりますので、これまでは掲載保証型の広告メニューであれば、パブリッシャーも代理店も収益が確定していました。

一方で、インターネット広告の6割以上を占め、さらに最も成長率の高い分野の一つである運用型広告では、そのほとんどで品質と収益性を基準にしたセカンドプライスオークションモデルが採用されていますので、掲載およびクリック等の成果は基本的には保証されていません。そのため、広告費における運用型広告の利用比率が高まるにしたがって、広告の設計、制作、入稿、入札、分析、提案、最適化などが、プラットフォームの数だけ発生します。広告主の成果を引き上げながらなるべく掲載費と予算を近づけるために、(主に広告代理店に)運用の強い負荷がかかっていくことになります。

結果的に、運用が発生する組織には、人員の確保やトレーニング、ツールやシステムの整備など、売買を持続させるための管理コストが運用型以前よりも大幅に積み上がる構造になります。運用型広告の利益率は、従来の広告メニューよりどうしても構造的に低くなるようにできていると言えます。

媒体費を収益の源泉にしているビジネスモデルの場合、売買管理にかかる人件費等の費用は原価として認識されるため、これまでは、このコストを圧縮する目的として国内外への分業・オフショアや、運用に関わるいずれかの業務を専用システムで代替する対策(一般に「自動化」と表現される)が図られてきました。

例えば、サードパーティによる統合管理ツールであれば、入札やレポートの代替、近年のプログラマティック取引でも使われる「在庫予約型固定単価取引(Automated Guaranteed)」であれば、売買と入稿の代替だと理解できます。

参考:プログラマティックと自動取引 -媒体社の視点から- | プラットフォーム・ワン

 

費用ではなく投資

運用型広告は、全体設計から詳細設計、運用、分析から再調整を繰り返していくプロセスの巧拙によってキャンペーンの結果が大幅に変化するため、頻繁に金融のメタファーで語られるように、運用者/分析者のスキルやコミットメントによって成果がいかようにも変わるということは広く認知されています。

単なる売買管理として運用を捉えるのであれば、その管理コストは圧縮するに越したことはありません。しかしながら、運用者によって成果が大幅に変化するのであれば、運用に関わる費用は、単なるコストではなくむしろ投資として見なされるべき性質の支出であると捉えた方が、経営的には健全なはずです。

トレーディングデスク「Operative」の CEO である Lorne Brown が「広告代理店にとって、広告運用者は配信システムではなく、製品そのものである」という記事を書いたことに象徴されるように、運用型広告を扱う組織において運用者や運用業務そのものを強化することは、広告主の広告効果の維持向上のみならず、取引規模の増大やスイッチングの防止、それにともなった収益性の向上、媒体費に左右されない収益モデルの確立など、多くの企業にとって競争力の源泉となり得るのではないでしょうか。

参考:Agency Ad Ops is a Product, Not a Delivery System – Operative

それは、広告代理店のみならず、ここ数年収益モデルの変革を迫られているパブリッシャーでも状況は同じです。上述の Lorne が「パブリッシャーの売上責任者は、広告運用にこそ投資しなければいけない」と語っているように、広告在庫が正確に把握できていないことによる請求入金の機会損失や、IO(Insertion Order)の人為的ミス、オーディエンスデータ不足や運用ナレッジの不足による収益性の低下など、パブリッシャーが広告運用に投資しないことによる経営上のデメリットは、運用型広告の成長によって顕著に現れてきた問題だと言えます。

参考:Why CROs Should Invest In Ad Operations – Operative

また、広告収益の最適化だけでなく、著名なバーティカルメディアで取り入れられ始めているパブリッシャートレーディングデスクのように、広告運用に投資することで、パブリッシャーにとっても新たな収益機会が生まれる可能性があります。(もちろん、PL上の利益率は下がるので手を出したがらないメディアが多いのも事実ですが)セルサイドにとっても、広告運用は必要な概念であると認識されていくと思われます。

パブリッシャートレーディングデスク(PTD)のイメージ

パブリッシャートレーディングデスク(PTD)のイメージ
 

 

投資に失敗しないために、自らが学ぶ

伸びている企業ほど、広告運用をコストとして圧縮すべきものと捉えるのではなく、プロフィットセンターとして優秀な運用担当者が重用されている環境にあります。

一方で、投資には失敗がつきものです。投資すれば必ず儲かるわけではなく、資産でも「運用」という言葉が使われるように、許容できるリスクに応じて適切な投資を行い、結果を分析したり自分なりのスタイルを確立することができないと、投資が投機になり、必ずどこかで手痛いダメージを食らうことになるでしょう。

適切な投資には知識と経験が必要です。投資を判断する意思決定者の判断が狂えば、投資は失敗します。これまではキャンペーンを運用する運用者へのサラリーやトレーニングの増加というかたちの投資が一般的でしたが、組織として運用に投資する必要がある今、意思決定者である企業のリーダークラスこそ学ぶ必要があるのでは、という機運が高まっています。

IAB が2015年9月に発表した新しい研修プログラム「Digital Leadership Program」は、まさにリーダーの育成こそが健全な市場の発展に不可欠だという考え方から出てきたプログラムです。

IAB Digital Leadership Program
参考:IAB Digital Leadership Program

これまで IAB は「Digital Certification Program」という資格制度を通じて現場の育成をサポートしてきましたが、このプログラムによって運用者の客観的評価が(形式的ではあっても)可能になり、スキルの証明された運用者がよりよい職場環境を求め転職してしまう、という問題があったと語っています。

That’s the statement that certification merely increases the risk of a certified employee looking for a better opportunity somewhere else; in other words, encouraging employees to earn a credential that demonstrates professional capability actually hurts the company.

How Do I Retain My Best Employees? Empower Them with Leadership Skills – IABlog

実際、経営陣がデジタルの理解が浅く、その結果評価されなかったり、明らかに誤った意思決定が繰り返されるようであれば、運用者の需要が高まっている環境では、運用者はかんたんにもっとよい職場を求めて転職してしまうでしょう。IAB のこの研修は、現在のリーダーと次世代のリーダーをデジタルマーケティングという側面から育成することが、結果的に企業の発展に資するという考え方に基づいて発表されていると考えられます。

2013年11月に行われた AdOps Summit では、「広告運用に従事する社員の平均寿命は15ヶ月と言われており、勤続期間を伸ばし、退職を防ぐためには、広告運用がキャリアとして認められ出世の可能性があるという状況を作る必要がある」という警鐘が鳴らされていました。

Ad operations employees have an average shelf life of about 15 months per hire. Be prepared to set these hires up for career advancement and promotion opportunities in order to avoid turnover.

日本でも、業界人間ベムさんが、同じく2013年の初頭に以下のように述懐しているとおり、

最初は単にネット広告で始まったものは、デジタルマーケティングとマーケティングテクノロジーの理解という実にたいへんな勉強と実践によってでしか身につかないレベルになってしまった。

そうしたことへの理解も何もない者が経営することは全くもってナンセンスだ。

参考:世界の広告業界トップは年頭に何と言っているか。 – 業界人間ベム

経営にとってデジタルが Operation(組織運営)の成否を担うこと自体は疑いのない事実だと思います。2015年の現在では、2013年と比べてより一層、目の前に迫った経営課題となっている企業が多いのではないのでしょうか。

デジタルのマーケティング活用の最前線にいる運用者は、単なるコストとして圧縮や効率化・自動化の対象になるものではなく、むしろ最前線での実務を通じた知見によって企業の競争力の源泉になりうる存在だと思います。それが、運用型広告という分かりやすい環境が整ってきたことによって、自然と企業の経営課題になるまで前景化してきたのかもしれません。

次回は、運用者が将来担っていく役割や、求められる Job Description について考えてみたいと思います。

第1回: 広告運用者(AdOps)としての生き方(1):雇用編
第3回: 広告運用者(AdOps)としての生き方(3):スキル編

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