2020年以降のバブル崩壊が『テレビCM崩壊』につながる
ということは、次のバブル崩壊、そして、その後に続く不況が起こると、テレビ局にとってかなりの痛手になるのではないか。
先ほども書いたが、「アベノミクスと東京オリンピックで、景気の上昇傾向が2020年までは続くだろう。そう考えると、テレビCMが崩れるようなことは考えにくい」という話がある。これは、裏を返せば、景気の上昇傾向が続かなければ、テレビCMは危ういということだ。
たとえば、世界的に著名な投資家、ジム・ロジャーズは「2016年、あるいは、17年に、リーマンショック以上の悲劇が起こりうる」とアベノミクスに警鐘を鳴らしている。
ジム・ロジャーズのような発言をする専門家は多い。世界的な金融緩和が続いている限り、いつか国債が暴落し金利上昇を招き、日本株のバブル崩壊、そして、不況に陥るという訳だ。
ただし、2020年の東京オリンピック前に、バブル崩壊が発生するなら、それはテレビ局にとっては、ある意味で、ラッキーだと思う。
テレビCMは一時的に落ち込んだとしても、また、2020年に向けて徐々に復活すると考えられるからだ。
東京オリンピックがある限り2020年までは、金融経済はバブル崩壊しても、実体経済の宣伝意欲は落ちないだろう。
さて、私の読みはこうだ。
2020年以前にバブルが崩壊しても、それはテレビCMにとっては大したことはない。問題は2020年以降だ。
2020年以降に、スマートテレビが普及して結線率が50%を超えるような状況になったとして、その状況で、日本経済が不況になると、テレビCMに対して大打撃になる。しかも、博報堂生活総合研究所のいうように、世代交代が2023年には起こる。
世代交代とは、再確認しておくが、
1:2023年以降、いまの30代以下の「テレビが周辺メディアになった世代」が人口の過半数を占めるようになる。これは、携帯電話やスマホに思春期あるいは青春期以前から触れている世代で、かつ、テレビが情報接触行動の中心ではない人たちだ。
2:いまの30代が2023年には40代になり、大企業の経営層に加わってくる。そうすると、広告やマーケティング手法に大きな変化がある。おそらく、テレビを中心とした大企業の広告費の使い方が変わる。
この?「世代交代」?「スマートテレビの普及」そして、?「東京オリンピック以降の不況」の3つが『テレビCM崩壊』の必要条件ではないだろうか。
2020年に東京オリンピックがあって、その後、2021年から22年ごろにかけて、東京オリンピックバブルが崩壊する。それに伴って、広告費の見直しがおこなわれる。その頃には、大企業の経営層も「テレビが周辺メディアになった世代」に代わっている。テレビCM予算は削られることになってしまい、そして、そのまま復活してこない。
その結果、2023年の電通が発表する「日本の広告費」で統計的にもその数字が露わになる。
正直、とても寂しい
私自身はインターネット広告業界でキャリアを積んできたので、インターネット側の人間だと思われることが多い(実際、インターネット広告の仕事をしてきた)。
が、しかしながら、自分の発想の中心にはテレビがあった。
たとえば、テレビCMに検索キーワードを入れることを日本で最初に提案したのは自分だが(この話はこちらのコラムにも書いている →「テレビCMに検索キーワードが入るまで、そして、そこから学んだこと」)、
この提案の裏には、テレビの絶大な力を借りてネットに生活者を誘導しようという魂胆があったのは明らかだ。
つまり、私はテレビの力を信じていて、疑うことなどなかった。
また、学生のころは、早稲田大学アナウンス研究会というサークルで委員長という職についていた。
委員長というのは、サークルの部長みたいなもので、学生のまとめ役だ。
アナウンス研究会というサークルは、テレビやラジオのプロのアナウンサーを目指す学生が多数(当時は200名ほど)所属していて、実際に、NHKや民放キー局、全国の地方局のアナウンサーやプロデューサーなどを歴史的にたくさん輩出してきた。
自分の同期でも、たしか、5人のプロのアナウンサー、それに、プロデューサーなどを輩出したし、先輩・後輩にテレビ局の人間が何人もいる。
自分も、学園祭ではサークルOBの逸見政孝さん(故人)をゲストに呼んで、大隈講堂前で ”放送する” 番組を作ったりしていた。
逸見政孝さんについては、若い人はご存じないかもしれないが、元フジテレビアナウンサーで、その後、フリーになり、フジテレビ系列『たけし・逸見の平成教育委員会』など多数の人気番組を抱える、文字通り、当時のナンバーワン司会者だった。
何が言いたいのかというと、私の心の中には、テレビ業界への畏敬の念やリスペクトがあるのだ。
おそらく、自分がテレビで育った世代だからだろうか。テレビが時代を作ってきたという意識が強いのだ。
しかしながら、大きく発想転換を求められる時代になってしまった。
テレビで育った私には、正直、少々寂しい現実だ。
このような状況で、広告やマーケティング業界で仕事をしていく以上、この変化に対応しなければ生き残れないだろう、と心の中で自分に言い聞かせているのもたしかだ。
2023年というのは、象徴的な年に過ぎない。テレビCMの崩壊は、それより早いのかもしれないし遅いのかもしれない。
いずれにしても、時代の大きな流れは止められないだろう。時代の流れに竿をさし、この激流で転覆しないように気を引き締めながら仕事をしていくしかない、と思っている。
テレビも運用型広告へ
さて、それでは、2023年以降、テレビCM、あるいは、テレビはどうなっていくのだろうか?
スマートテレビが普及しインターネット接続が当たり前の状況になると、インターネット技術を活用したテレビCMが出現してくることになるだろう。私が知るだけでも、いくつかの新しい技術が業界内で胎動しつつある。
たとえば、グレースノート(http://www.gracenote.com/)という会社がある。音声認識技術で有名な会社だが、ここが「インターネット広告の世界では既に常識となっているターゲティング広告をテレビCMにも応用すること」を目論んでいる。
グレースノート社の日本オフィスで私は、実際にターゲティングテレビCMのデモを見せてもらったが、かなりよくできていると感じた。
4台のテレビが並べて置いてあって、それぞれ視聴世帯のデモグラフィックな属性が異なっている。
たとえば、1台目のテレビは20代女性、2台目は20代男性、3台目は40代夫婦と子供1人の世帯、4台目は特に設定なし、という感じだ。
そして、4台のテレビで同じ番組が放送されていたとしても、そこに差し込まれるCMは、それぞれのデモグラフィック属性に適した素材に切り替わるのだ。たとえば、同じ自動車メーカーのCMであっても、20代女性のテレビで放送される素材と、40代夫婦と子供1人の世帯に向けて放送されるCMは別物になる。
また、インターネット広告で主流となりつつあるDSP、あるいは、Programmatic Buying がテレビCMにも応用されつつある。
先日のアメリカのSuper Bowl では、OreoのCMが Programmatic Buyingによって取引されたようである(詳細はこちらの記事)。
そのほかにも、プライベートマーケットプレイスの潮流やネイティブアド、短尺の動画広告などの流れも、2023年以降のテレビCMの発展に影響すると推測されている。
今回はこれ以上は論じないが、デモグラフィック属性のターゲティングの次は、もちろん、サイコグラフィック属性のターゲティング、エリアターゲティングなどが技術的に可能になるだろうし、Programmatic TV での取引が実施されることで、DMPとの連携などが出現してくると予想されている。
広告業界、あるいは、マーケティング業界で働く人間であれば、テレビCMも運用型広告になることを見据えて心の準備をしておいた方がいいだろう。
つまり、テレビCMも効果を見ながら、PDCAを回したり、ABテストをおこなったりする時代が、そう遠くない将来に、訪れる。
テレビ局や総合広告代理店は守備を固めつつ、攻める刃を研がなければなるまい。アドテクベンダーやネット専業代理店は、新たなビジネスチャンスの到来だと思って準備を始めている。今後の展開が楽しみな領域だと思う。